恋は、やさしく

美凪ましろ

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act40. ホテルにて *

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「大丈夫? 蒔田さん……」


 昨夜、父と、午前二時まで語り明かしたそうだ。


 なにをそんなに話すことがあるのか。と思いきや、野球や競馬……とりとめのない話題だったらしい。

 彼女は、隣に座る蒔田にペットボトルを差し出した。「ああ。サンキュ」と蒔田が受け取る。まだお昼前。だが、男たちは二日酔いでグロッキーだったので、そそくさと実家をあとにしたのだった。

「お昼、どうします、蒔田さん。どっかで軽く食べてきます」

「……どこかですこし休めば気分が良くなると思う。途中で降りて構わないか」

「あたしはどこでも構わないですけど。新宿とかにしますか」

 そのとき、次の駅のアナウンスが流れた。

「……上野」額を抑えていた蒔田が顔をあげる。「上野で降りよう」

「はい。そうしましょう」顔色の優れない蒔田を心配し、彼女は頷いたのだった。


 * * *


 男は、大嘘つきだ。


 彼女は本当に蒔田を心配していた。飲み過ぎて、気分が悪くなって、家につくまで持たない。だから休憩が必要なのだと。


 大嘘つきだ。


 そういう場所を訪れるのは初めてではない。平松啓太のときにも、経験した。だから。


 ドアを閉めた途端に抱きつかれる事態を決して想像しなかったわけでもないのだが。


 それにしても性急だ。彼女は、蒔田の重いからだを受け止めつつ、困惑もしただった。「あの蒔田さん。……気分が悪いんじゃなかったんですか」

「だから、癒してくれ」抱きしめる手を蒔田が強める。

 そういう意味だったとは。

 応じられないほど鈍感でもないのだから、ただ、受け入れればいいだけの話。それでも裏切られたような思いが、彼女のなかに残った。

「……シャワー浴びてきていいですか」

「駄目だ。待てない」と蒔田が首を振る。だだをこねる子どもみたいに。

「……分かりました」渋々、といった感じで彼女は先ずはコートから脱ぎ始めた、のだが。


 いまの彼女といったら。


 背後から蒔田を受け入れ、どうしようもなく感じすぎて、あえいでいる状態。

 噛み締めていたはずの奥歯に力が入らず、蒔田に腰を押さえられ、だらしなく両腕を前に投げ出している。それなのに蒔田の動きが止むはずもなく。

 彼女の、感覚が停止するはずもなく。

 いままでに出したことのないような大声は、虚しくシーツに飲み込まれていく。苦しくなり、左耳を下にした。するとなんと、耳に息が吹き込まれる。

 生暖かい舌が彼女の皮膚に刺激を与える。彼女は吐息をこぼす。背中を揺らし耐える。


「我慢するな」


「あっ」あられもないところを、蒔田の指が潰すようにする。悲鳴めいた声を彼女はあげた。それなのにどんどん彼女の感覚が鋭敏になるばかりで。

 いじめられるのが好きなのかも。と浅い意識のなかで思う。からだじゅうどこも感じない部分など、残されていない。

 男のために演技をしたことは一度や二度ではない。しかしそれにしても、自分に酔っているかのような、うわずった声を自分があげ続けることの不思議。蒔田が、うまいのだ。

 彼女の感覚を限界まで引き出させる。

 見つけたところはしつこいくらいに追い求める。涙が出そうなくらいに、彼女は感じてしまっている。震えながらますます蒔田を受け入れる。受け入れるだけの器になってしまった気さえする。

 この部屋に入って達したのは一度や二度ではない。叫び続けた喉は疲れ癒やしを求めている。

 なのに蒔田をあくなく求め続けるこの本能。応えるように忠実に、辛辣に蒔田が動く。

 彼女は、自分の手のうえに頬を乗せた。自分の肌の感覚を確かめておかないと、自分がどこかとおいところに行ってしまいそうな気がした。

 蒔田は、放棄することを許さない。極限まで引き出させ、それで満足する男だ。そのことはたぶん一緒に仕事をしたときから分かっていた。

 躊躇しない。

 妥協しない。そのことはなにも仕事に限らず、生きるスタンスなのだから、恋愛においても同じで。

 いまさらながらに、彼女は、そのことを悟ったのだった。

「駄目蒔田さん。また、あたし、い――」

 最後まで口にすることはならなかった。言葉を待たず、蒔田が動いたのだから。二の腕のうしろからやわやわと電流が流れだす。背骨の下方になにか引っかかった感じ。意識が遠くなる気配。強まる感覚。

 涙を流しながら、彼女はそれらの現実を受け入れたのだった。

 はあ、と息をつく。いじめられてるみたいに、愛されている。そしてどうやら自分は、


(こういうセックスが、好きみたいだ……)


 その事実を意識のなかで彼女は確認する。手のひらを伝う自分の涙の感触に気づいた頃。


「すまん。が、おれも」

「え、――え?」

 蒔田の動きが、自分のことを追い求める動きに変化する。受け入れる余地も、彼女には残されていない。ただの機械に化した気がする。なのに細胞は忠実に喜んでいる。

 からだの変化に、徐々にこころがついていく。自分を使って気持ちよくなって欲しい。

 気がつけば自分からも腰を振っていた。気づいた蒔田が唇を重ねる。離した口から、激しい息がこぼれる。

 愛しあうという現実。

 どうしようもないほどに、孤独で、とてつもなく尊い行為。

 荒い息を背中にめいっぱい受けたときに、彼女はまたも涙したのだった。


 * * *


「起きてる? 蒔田さん……」

「ん」気のない声。けだるそうな雰囲気。片手で顔を覆った蒔田の胸板が上下する。

 体調は良くなったのだろうか。

 訊こうとしたときに、愚問だ、と彼女は悟った。

 血中のアルコール濃度を下げるには、深呼吸が効果的だそうだ。

 彼女は、蒔田を盗み見た。目をつぶり、いまにも寝そう。

 ちょっとした、いたずらごころが働いた。

 思ったままに手を動かす。「おい。こら」と蒔田が反応する。

 知るものか。

 からだは正直だ。本能は、言葉では消せない。それに。

 してもらってばかりだから、すこしはお返しがしたかった。

 表面上は、唯我独尊。思うがままに生きていそうな蒔田。その内側は驚くほどのフェミニスト。相手に合わせすぎるがゆえに他人を近づけないのではと穿ったほどだ。

 彼女は、布団に、潜り込んだ。もう行為を止めるつもりなどない。

 布団のなかは熱い。それにまだ互いの生々しい匂いが、充満している。彼女はその空気をめいっぱい吸い込んだ。

 手と口と頭とを駆使する。性行為は頭を使う。

 これと思った方向があれば、迷わず突き進む大胆さと。

 微妙で繊細な変化を見逃さない、知略を常に要求する。彼女は蒔田を攻略したかった。どうやらその努力は実り蒔田が、うわずった声をあげ始める。

 押さえつけていた手に、力が入る。掴まれてもいい、と彼女は思った。

 どんどん膨れ上がるこの想い。好きなように生きて、と彼女は思った。

「……おい、こら」彼女は、それを、やめなかった。「飲まなくていい、飲むな」

 彼女は、吐き出すつもりは、なかった。豪快に飲み干してから、のそのそと布団から顔を出す。

 目が合った。呆然とした蒔田。すこし困ったような表情。「あのね蒔田さん」

「なんだ」

「おいしかった」

「馬鹿。AVじゃないんだぞ」布団を巻き込み、寝ようとする蒔田。彼女はその広い背中にしがみついた。

 そして、告白した。「あたし蒔田さんのこと、大好き」

「知ってる」背中越しに聞く声。「おれも」

 耳が赤い。そむけた顔から感情は読み取れないけど雰囲気で、察した。


 蒔田は、照れている。


 彼女は、嬉しくなり、敢えて同じ言葉で返したのだった。


「知ってる」


 *
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