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act46. 眠り狼 *
しおりを挟む「うわあ。美味しそう……」
テーブルのうえに乗り切らないくらいお皿が並んでいる。乗っているのはこちらの食欲を誘う料理。季節の野菜を使った前菜。お刺身。土瓶蒸し。豚肉ときのこのホイル蒸し。自分では決して作らない類の料理ばかりだ。
彼女の場合は『作らない』というより『作れない』というべきだが。目の前の蒔田は。
(あんまり、美味しそう、って顔しないんだよね……)
ちょっと残念に思う。表情筋をあまり動かさないタイプらしく、感情表現が欠落しているというか、美味しそうなものを見ても美味しそうな顔をしないし、ものすごく嬉しい! なんて顔つきもしない。
それでも彼女を味わうときは妖艶な表情へと変わる。さきほどの痴態まで浮かびそうになり、慌てて彼女は首を振った。
二人の宿泊する部屋から移動して、食事用の部屋にて、浴衣姿の男女が向かい合う。
彼女は彼に微笑みかける。「美味しそうですね、蒔田さん」
「ああ」ドライで、感情のこもらない、くぐもった声。
「ほんとうにそう思って、言ってます?」と彼女は問いただす。
「気の乗らないときは、おれは、返事をしない」
「そうでしたね」クールでポーカーフェイス。眉一つ動かすのもレアな職場での『蒔田さん』を知っている。
そのとき、部屋に仲居がやってきて、飲み物の有無を尋ねた。
「日本酒で、いいか」と彼は彼女に訊く。
「あ、冷やが飲みたいです」喉が乾いた。
「冷酒ですね、すぐにお持ちします」にこにこと仲居は答え、部屋を出ていった。
「蒔田さん。日本酒なんか行っちゃって、大丈夫です?」と彼女は声を潜める。
「多少酔っ払っても、帰る部屋が同じ建物内にあるんだから、いいだろう」
「でも――」
「旅行のときくらい、気にせず、飲め」
聞きようによっては、まるでパワハラ上司なのだが、恋人が言っているのだから仕方ない。それに彼女は、久々に、思い切り飲んでみたくなった。
例の一件以来飲むのをセーブしている。
酔いつぶれても蒔田にお持ち帰りされればいいだけの話だ。
覚悟を決めて、彼女は頷いた。
「わかりました。限界まで飲みます」
蒔田が、部屋に入って初めて笑った。「そこまでは言っておらん」
* * *
――さて。
ここで、非常に残念なお知らせがあります。
目の前の蒔田はあくびを繰り返している。眠たいのが明らかだ。
部屋に戻れば寝るのは瞭然。
彼女の頬が、すこし膨らむ。
(あたし、このあと蒔田さんともっと部屋でべたべたするはずだったのに……)
ともあれ。すべての料理を食べ終えると、早めに仲居に声をかけ、その場を引き上げたのだった。
* * *
「歯磨き。したほうがいいですよ、蒔田さん……」
「んー……」呻きながら歯磨きを受け取り、なんとか磨き始める。
部屋に連れてくるまでが一苦労だった。
図体がでかい。長身ということはそれだけ、重いということ。彼の腕を肩にかけて、引きずりながら、どうにか部屋まで連れてきたのだった。
蒔田は、眠たげというよりもはや目が半開き。そんな形相、できれば彼女はあまり見たくなかった……。
洗面台に、酔っぱらいが吐くときのように、もたれかかり、やっとのことで口をゆすぐ有り様。そして這いずりながら布団へ直行。
掛け布団にまるまり。
「やべえ、気持ちわり……」
と一言言い、寝息を立てて、寝始めた。……蒔田一臣恐るべし。
恐るべし、酒の弱さ。今度旅行に来るときは、あまり飲ませないようにしよう。と彼女は肝に銘じたのだった。
* * *
暗闇をまさぐる手がある。
胸をやわらかく揉む、骨ばった手を感じ、彼女は目を覚ました。
「やだ。蒔田さん……」小さな声を彼女は出す。「起きてるの?」
よく見れば浴衣なんかあってないようなものだ。
前が、開いている。
そこに埋まる蒔田の顔。
両の乳房を揉まれ、敏感な反応を彼女は示していた。中心が、熱い。
とその顔が、胸のほうへと移動する。「駄目。やだ、蒔田さん。あっ……」
胸だけでいきそう。
蒔田と一緒に飲んだお酒の勢いも手伝って、彼女はすぐ至りそうになる。「やめて。やめて、あたし、あっ……」
いつも同じことしか言えないのが悔しい。
いつも、自分ばかりいってるのが悔しい。
しかも、今回は、『胸だけ』でと来た。蒔田との相性が良すぎて、恐ろしいくらいだ。
行動は、シンプル。他の男とやり方が特に違う、というわけでもない。なのに触れられただけで、電気が走ったようになる。
彼女は、それでも、胸を貪り続けられながら、余波に耐えていた。と、彼の指が。
彼女の、中心をさぐりあてる。男を柔らかく受け入れる女の一部。
「駄目。あ、……」またも、彼女は、あえぎ始める。同じような声ばかり出している、でも止められない。
止めるつもりもない。すると今度は。唇と唇が重なる。
彼女の快楽を縦横無尽に彼は操る。歯列をなぞる動きに、鳥肌が立つ。涙がにじみ、彼の浴衣を掴む手に力が入る。と彼の腕が。彼女の足を、邪魔と言わんばかりに大きく開く。
口のなかは舌で攻められ。
陰部を指で攻められる。二重に愛され、もはや、彼女の感情は行き場がなかった。舌を絡ませることでしか、返せない。
にちにちと水音が響くたびに、彼女は、やってくる波に耐えながら、さらに深く舌を絡ませるのだった。
(息が――できない)
眉間に皺が寄る頃。
ふ、と舌が離れた。
瞳と瞳とで見つめ合う。同じ意識の共有。
愛する人間を、確かめる、瞳。
すると、火がついたように、欲望が表出した。
(欲しい。このまま――)
彼女は、彼を、引き寄せ、足を開き、彼の腰に引っ掛けた。そして彼に手を伸ばす。邪魔な下着を下げると、自ら、当てた。
蒔田の目は、一瞬、暗闇のなかで、見開いたが、『分かった』という意志を見せた。
く、く、と彼が入ってくる。(――あ)
彼と繋がるたび、悦びを知る。
生きていることの喜び。
認めてもらえることの幸せ。
正直に言うと付けないほうが、気持ちが良かった。彼女は自ら腰を振る。痴女にでもなったみたいだ。こんな自分を、蒔田は、どう思うだろうか。
そっと彼女の腰に手を回す蒔田の行動に、彼の意志を感じる。彼も求めている。
受け入れている。
気がつけば、彼女がうえになっていた。
追い求めるものの動きは、いつも、性急だ。そんな荒っぽさが、即座に『気持ちよさ』へ変質する。性行為とは、分かりやすい。
分かりやすい愛の行為に、二人、貪るように、没頭する。と。
胸元を舐められ、彼女は、上体を、蒔田に重ねた。すると、蒔田が動き出す。
(ああ。気持ちい……)彼が動くだけで電流が走る。そのうち、目が合うだけでいってしまうのではないかと、彼女は、心配だ。
急速に膨れあがる蒔田の意志。彼女は、それを、感じ、……
「……そのまま、ちょうだい」
互いが同じ意志を持っていた。受け入れる器となったとき、彼女は、史上の幸せが細胞のすみずみにまで行き渡るのを感じていた。
*
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