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第2章 取材開始
北兼州
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視界の中の光が次第に強さを増し、次の瞬間には緑色の跳ね返る森の中に車は入り込んでいた。
「まるで別世界だな。さっきまでが地獄ならこちらは天国だ 」
再びカメラを外の風景に向けるハワード。確かにトンネルまでのあちこちに放棄された戦闘車両や輸送用ホバーの群れを見てきた彼らにとって森の緑と涼しい風は天国を思わせるものだった。
遼南中部から広がる湿地帯を北上してきた湿った空気が北兼の山々にぶつかりこの緑の森を潤す。自然の恵みがどこまでも続く針葉樹の森とはるか山々に見える万年雪を作り上げた。その事実にクリスは言葉を失っていた。
心地よい風に酔うこともできないタイミングで車内のスピーカーから無線連絡を信号音が流れる。伊藤はすぐさま受信に切り替えた。
『12号車、12号車応答せよ 』
無線機の声にインカムに手を伸ばす伊藤。
「こちら12号車 」
伊藤は静かに答えた。クリスは後部座席でシャッターを切り続けているハワードを無視して伊藤の言葉に集中した。
『第125混成連隊は現在、夷泉にて待機中! 繰り返す夷泉にて待機中 』
「了解 」
無線が切れたのを確認すると伊藤は車のスピードを落とす。インカムなのだから当然その音声が二人に聞こえないようにすることも出来た。だが伊藤はわざと人民軍の勢力圏から抜けた時点でそれが車内に流れるように設定していた。
「嵯峨中佐は現在夷泉に駐留しています。ここからですともうすぐのところですよ 」
そう言ってクリスを見つめる伊藤の表情が穏やかになる。クリスはそれまでの緊張しきった彼の顔の印象が強いだけに、このような表情も浮かべられる伊藤に少しばかり彼の中での評価を上げた。
「まるで我々を待っていたみたいじゃないですか 」
ハワードがそう言いながら、森の中に点々と見える焼畑の跡を写真に収める。そんな彼を無視してハンドルを切る伊藤。そのまま車は側道へと入り込み、激しい揺れが三人を襲う。
「ハワードさんの言うことは間違いないかもしれませんね。まああの人はそう言う人ですよ。いい意味でも悪い意味でも 」
そう言うと伊藤はまた少しスピードを落とした。針葉樹の森が続いている。その根元には先の大戦時の胡州の軍服に赤い腕章をつけた北兼軍の兵士がちらほらと見えていた。
「軍服の支給はまだのようですね 」
「ご存知でしょう? 北兼軍には胡州浪人達が多く参加していますから。どうせ支給しても着替えたりはしませんよ 」
再び伊藤は運転に集中した。森が急に終わりを告げて目の前に現れた検問所のバリケード。牛を載せたトラックと水の入ったボトルを背中に三つもくくりつけた女性が兵士に身分証を提示していた。
ハワードはその光景にカメラを向ける。しかし、兵士は気にする様子も無く、女性から身分証を受け取って確認を済ませると笑顔でその後ろに続くクリスの車に歩み寄ってくる。
兵士はその運転手が伊藤であることを確認すると一度敬礼した。
「良いから続きを頼む 」
フリーパスでもいいというような表情の兵士に伊藤が身分証を手渡した。
「伊藤大尉。別にこれを見せられなくても…… 」
そう言ったクリスに向ける伊藤の目は鋭かった。
「それが軍規と言うものですよ。お二人とも取材許可証を出してください 」
伊藤の言葉に従って、クリスとハワードはそれぞれの首にかけられた取材許可証を手渡した。兵士達はそれを手持ちの端末にかざして確認した後、にこやかに笑いながら手を振った。
「取材の成功。お祈りしています 」
兵士の言葉に愛想笑いを浮かべたクリス。車はそのまま細い砂利道を走り続けクリスがたどり着いた夷泉は村とでも言うべき集落だった。藁葺きの粗末な農家が続き、畑には年代モノの耕運機がうなりを上げ、小道には羊を追う少年が犬と戯れていた。ハワードは彼を気遣って車を徐行させる伊藤の心を読み取って、三回シャッターを押すとフィルムの交換を始めた。
「まるで四百年前の光景ですね 」
クリスはそう漏らした。彼が見てきた戦闘はこのような村々で行われていた。貧困が心をすさませ人々に武器を取らせる。そしてさらに貧困が国中に広がる。貧困の再生産。貧しいがゆえに人は傷つけあう。はじめに従軍記者として提出した記事にそんな感想を書いて検閲を受けたことを思い出していた。
「見えてきました 」
それは遼南では珍しいものではない仏教寺院だった。大きな門を通り過ぎ、隣の空き地に車を乗り入れる。フィルムの交換を終えたハワードは彼の乗った車を追いかける少年達をカメラに収めることに集中していた。寺の隣の鉄条網の張られた駐留部隊基地の門の前、クリスはそこで子供達が一人の青年士官の周りに集まっている光景を目にした。
「まるで別世界だな。さっきまでが地獄ならこちらは天国だ 」
再びカメラを外の風景に向けるハワード。確かにトンネルまでのあちこちに放棄された戦闘車両や輸送用ホバーの群れを見てきた彼らにとって森の緑と涼しい風は天国を思わせるものだった。
遼南中部から広がる湿地帯を北上してきた湿った空気が北兼の山々にぶつかりこの緑の森を潤す。自然の恵みがどこまでも続く針葉樹の森とはるか山々に見える万年雪を作り上げた。その事実にクリスは言葉を失っていた。
心地よい風に酔うこともできないタイミングで車内のスピーカーから無線連絡を信号音が流れる。伊藤はすぐさま受信に切り替えた。
『12号車、12号車応答せよ 』
無線機の声にインカムに手を伸ばす伊藤。
「こちら12号車 」
伊藤は静かに答えた。クリスは後部座席でシャッターを切り続けているハワードを無視して伊藤の言葉に集中した。
『第125混成連隊は現在、夷泉にて待機中! 繰り返す夷泉にて待機中 』
「了解 」
無線が切れたのを確認すると伊藤は車のスピードを落とす。インカムなのだから当然その音声が二人に聞こえないようにすることも出来た。だが伊藤はわざと人民軍の勢力圏から抜けた時点でそれが車内に流れるように設定していた。
「嵯峨中佐は現在夷泉に駐留しています。ここからですともうすぐのところですよ 」
そう言ってクリスを見つめる伊藤の表情が穏やかになる。クリスはそれまでの緊張しきった彼の顔の印象が強いだけに、このような表情も浮かべられる伊藤に少しばかり彼の中での評価を上げた。
「まるで我々を待っていたみたいじゃないですか 」
ハワードがそう言いながら、森の中に点々と見える焼畑の跡を写真に収める。そんな彼を無視してハンドルを切る伊藤。そのまま車は側道へと入り込み、激しい揺れが三人を襲う。
「ハワードさんの言うことは間違いないかもしれませんね。まああの人はそう言う人ですよ。いい意味でも悪い意味でも 」
そう言うと伊藤はまた少しスピードを落とした。針葉樹の森が続いている。その根元には先の大戦時の胡州の軍服に赤い腕章をつけた北兼軍の兵士がちらほらと見えていた。
「軍服の支給はまだのようですね 」
「ご存知でしょう? 北兼軍には胡州浪人達が多く参加していますから。どうせ支給しても着替えたりはしませんよ 」
再び伊藤は運転に集中した。森が急に終わりを告げて目の前に現れた検問所のバリケード。牛を載せたトラックと水の入ったボトルを背中に三つもくくりつけた女性が兵士に身分証を提示していた。
ハワードはその光景にカメラを向ける。しかし、兵士は気にする様子も無く、女性から身分証を受け取って確認を済ませると笑顔でその後ろに続くクリスの車に歩み寄ってくる。
兵士はその運転手が伊藤であることを確認すると一度敬礼した。
「良いから続きを頼む 」
フリーパスでもいいというような表情の兵士に伊藤が身分証を手渡した。
「伊藤大尉。別にこれを見せられなくても…… 」
そう言ったクリスに向ける伊藤の目は鋭かった。
「それが軍規と言うものですよ。お二人とも取材許可証を出してください 」
伊藤の言葉に従って、クリスとハワードはそれぞれの首にかけられた取材許可証を手渡した。兵士達はそれを手持ちの端末にかざして確認した後、にこやかに笑いながら手を振った。
「取材の成功。お祈りしています 」
兵士の言葉に愛想笑いを浮かべたクリス。車はそのまま細い砂利道を走り続けクリスがたどり着いた夷泉は村とでも言うべき集落だった。藁葺きの粗末な農家が続き、畑には年代モノの耕運機がうなりを上げ、小道には羊を追う少年が犬と戯れていた。ハワードは彼を気遣って車を徐行させる伊藤の心を読み取って、三回シャッターを押すとフィルムの交換を始めた。
「まるで四百年前の光景ですね 」
クリスはそう漏らした。彼が見てきた戦闘はこのような村々で行われていた。貧困が心をすさませ人々に武器を取らせる。そしてさらに貧困が国中に広がる。貧困の再生産。貧しいがゆえに人は傷つけあう。はじめに従軍記者として提出した記事にそんな感想を書いて検閲を受けたことを思い出していた。
「見えてきました 」
それは遼南では珍しいものではない仏教寺院だった。大きな門を通り過ぎ、隣の空き地に車を乗り入れる。フィルムの交換を終えたハワードは彼の乗った車を追いかける少年達をカメラに収めることに集中していた。寺の隣の鉄条網の張られた駐留部隊基地の門の前、クリスはそこで子供達が一人の青年士官の周りに集まっている光景を目にした。
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