レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
1,081 / 1,557
第33章 作られた平和

経済を握るもの

しおりを挟む
「あのーアメリアさん?」

 本部裏手の射撃訓練用のレンジで射撃訓練中のアメリアの背後から、誠はそう言いながら声をかけた。

「なにーって……深刻な顔してるわね」

 三マガジン目を撃ち終えたアメリアは振り向くといつもの糸目で誠を見つめた。いつものように長い紺色の髪と糸目が特徴のアメリアに見つめられて誠の鼓動は少し高鳴った。

「昨日、クバルカ中佐に寿司を奢ってもらいまして……」

「聞いてるわよ……よかったじゃないの。それだけ期待されてるってことよ」

 アメリアはそう言うと射撃レンジの脇に部隊指定の銃であるHK33Eを置いた。

「それはおいしかったんですが……」

 誠は照れながらも困惑した顔で話を続けた。

「僕は人を殺すかもしれないんですね」

 少しうつむきながら誠はそうつぶやいた。

「そうね……東和宇宙軍に所属してたらたぶん実戦なんてしばらくは経験しないだろうしね……あそこはあくまで停戦宙域の監視業務しかないから……まあ誠ちゃんの腕じゃああそこの虎の子の『電子戦戦闘機』なんて乗せてもらえないでしょうし」

 アメリアはそう言うと誠の手からHK33のカービンタイプであるHK53を受取ってそのストックを収納した。

「なんでですか?東和共和国は電子戦が強いと言いますけど……戦争を止めるほどなんですか?その強さって」

 以前、アメリアに言われた『東和共和国は建国以来一人の戦死者も出していない』と言う話を思い出して誠はそう言った。

「今のところはね……もし、東和共和国に戦争を仕掛けようと準備を始めた段階でその国は『終わる』から」

「国が終わる?」

 誠はアメリアの言葉の意味が分からずに聞き返した。

「戦争をするにも、平和に暮らすにも一番大事なのは『経済』……つまり『兵站』なのよ。ああ、誠ちゃんは経済の知識はほとんど無いんだっけ?『兵站』の意味も分からないわよね?」

「そんなこと無いです!人並みには……人並みより少し足りないくらいです」

 明らかにさげすむようなアメリアの口調に反発したもののぼろが出るのは分かっているので誠は言いよどんだ。

「まず、秘密の閣議でもなんでもいいわ。そこで東和共和国に軍事的な圧力をかけるという合意がなされたとしましょう」

「偉い人が決めるんですね」

「『偉い人』って……まあいいわ。その情報が秘匿回線にでも漏れ出した数時間後……その国にある異変が起きるの」

「異変?」

 アメリアの言葉の意味が分からず誠は首をひねる。

「そう、異変が起きる。それも経済的な……これまで何度かあった手としてはその国の国債の価格が三時間後には十分の一に暴落する……」

「そうなるとどうなんです?」

 明らかに自分の言葉の重要性を理解していない誠のとぼけた顔を見てアメリアはため息をついた。

「国債って言うのは国の借金なの!その値段がその国の価値と言ってもいいわね。それが数時間で十分の一になるのよ。他にも時間が経つにつれて、株、社債、その他もろもろの有価証券の価格も急変して市場は大混乱……そうなればその国の指導者の首が飛ぶわ」

「はあ……」

 理系脳の持ち主の誠には国の価値がなぜ国債や有価証券の価格で決まるのか今一つ理解できなかった。

「じゃあ、誠ちゃんでも知ってる歴史的事実を話しましょう!第二次世界大戦!これならわかるでしょ?」

 珍しくイライラしながらアメリアは誠にそう言った。

「それくらいは知ってます!日本とドイツがアメリカと戦争したって話でしょ?」

「まあ……半分正解ぐらいにおまけしとくわ。その原因はその十数年前の世界的経済崩壊。それが経済のブロック化を招き、極端な思想に凝り固まった政権を生んで暴走したのが第二次世界大戦の原因よ」

 誠はまた『経済崩壊』や『経済のブロック化』とか言う専門用語が理解できずに呆然と立ち尽くした。

「あー!嫌だ!本当に社会常識ゼロね!ともかく、東和共和国の兵士一人を殺すと殺した国の国民がほとんど失業して生活できなくなるの!そしたら、その国の政府は持たないでしょ?税金を払う人が居なくなるんだから!」

 半分自棄になったようにアメリアはそう叫んだ。

「それは……大変だ」

 さすがに失業したら税金を払えなくなることくらいの常識は誠にもあった。納得してうなづく誠をアメリアは冷ややかな目で見つめていた。

「東和共和国のアナログ量子コンピュータのシステムを牛耳っている『ビッグブラザー』はすべての通信が届く範囲の情報を常にため込んでその様子をうかがっているのよ……そして、その最大の武器は『経済の掌握』にあったってわけ。『形而上の存在は常に形而下の存在に規定される』……カール・マルクスとか言う経済学者の言葉なんだけど、まあ、こんなこと言っても誠ちゃんにはわからないでしょうけどね」

 あからさまな蔑みの言葉だが、事実わからなかったので誠は愛想笑いを浮かべて頭を掻いた。

「なんです?その『形而上』とか……」

「いいわよ、誠ちゃんは知らなくても生きてこれたんでしょ?まあ、誠ちゃんには永遠に『形而上』の存在とは縁がなさそうだけど」

 アメリアはそう言って誠に背を向けて射場を後にした。

「僕の死を『ビッグブラザー』は認めない……僕を殺せば僕を殺した国は終わる……だから死なないのか」

 誠は東和共和国の軍事力によらない恒久平和がこうして実現している事実を理解しようとするが、『形而上』の話題であるそのようなことを理解できる脳を誠は持っていなかった。

「まあそれでも強引に東和共和国進攻を考えた国があるの。具体的に言うと私の作られた国の『ゲルパルト』。当時はゲルパルト帝国って名乗ってたわね。そこが実際に前の大戦の時に軍事的行動に出るべく準備を始めた……」

「でも前の大戦って東和は中立だったじゃないですか」

 前の戦争の最中に生まれた誠にはその時の記憶は無いが、東和は戦争に参加していないという事実は知っていた。

「そうよ……それも前の戦争で『ゲルパルト帝国』が負けた原因の一つなんだけどね。戦時経済で何とかごまかしごまかししていたんだけど、実際に部隊を動かす段階で突然『兵站機能』に麻痺が生じたわけよ」

「兵站機能の麻痺?」

 誠は意味が分からずそう聞き返した。

「補給部隊にめちゃくちゃな偽の命令が出たり、生産工場の電力施設が機能停止したりしたわけ」

「それは大変だ……」

分かったような分からないような話ではあるが、電気が無ければ工場が止まるということは誠にも分かった。

「それでもあの国は戦争を続けようとしたわけ。最終的には前線の兵器のシステムがクラッシュ!生命維持装置すら停まって全員窒息死!……どんなエースが乗ってようが動かない機動兵器はただの鉄の塊でしょ?それも宇宙じゃ死ぬしかないわね」

「訳も分からず窒息死って……そんな死に方、嫌ですね……」

 誠も先の大戦の帰趨がそんなところでついたのかと驚きつつ、上層部の無茶な要求で死んだ兵士達に同情した。

「そんなところを完全に敗色濃厚だった外惑星連邦と遼北人民国がお得意の物量戦を仕掛けられて終了……ってわけよ」

「はあ……」

 明らかに馬鹿にされていると分かるアメリアの口調だが、そこまで言われれば誠でも東和共和国に戦争を仕掛けることがいかに危険なことなのかはよく分かった。

「でも……アナログ式量子コンピュータでしたっけ?そんなの他の国でも作れそうじゃないですか……量子コンピュータの理論自体は地球のものなんでしょ?地球から来たゲルパルトや外惑星の国にも作れそうじゃないですか」

 隣で響く射撃音に思わず大声を出しながら誠はそう尋ねた。

「そうよ……でも、そのプランが練り上げられる前に電子戦でおしまい……先手必勝って訳ね」

 アメリアはそう言うとレンジに置かれた銃弾の箱を片付け始めた。

「つまり戦争とは経済戦争であり情報戦なの。そんな圧倒的優位を維持するためには諜報機関を使っての綿密な情報収集活動が必要になるわけ。東和共和国の場合は噂では国防費の十倍の諜報予算を組んでるって話……」

「十倍?」

「そう、十倍。まあ、予算として組んでるのはその数パーセントだけど……さっき言ったように銀河の『経済』を牛耳っている東和共和国にとってそのくらいの裏金を安全保障のためにねん出するくらい訳ないわね……いろいろあるのよ、東和共和国が裏金を作る方法……まあ経済知識ゼロの誠ちゃんにはいうだけ無駄ね」

 アメリアはそう言うと置いていた銃を手に本部に向けて歩き始めた。

「そんな……馬鹿にしないでくださいよ……」

「だって『投資ファンド』とか『資源採掘権売買』とか……理解できる?この星に眠る潤沢な資源の採掘権を地球圏なんかの金持ちに売りつけて、その後まるで何事も無かったかのように採掘権の増資が必要になったからって雪だるま式にファンドの金額がデカくなっていく仕組みとか……って分かる?誠ちゃん」

「たぶん分からないです」

 振り向きもせず経済用語を話し出すアメリアに誠はそう言って黙るしかなかった。

「ともかく、誠ちゃんは撃つことができるけれど、撃たれることは無いわけ。良いじゃないの、安全なんだから」

「そうなんですけど……」

 誠はとりあえず自分が簡単に死ぬことは無いことが分かった。

「ランちゃんじゃないけど、少しは経済を勉強した方が良いかもね、誠ちゃんは。給料貯金してるんでしょ?隊にも結構投資ファンドで稼いでる人もいるみたいよ……最低、新聞やネットニュースの裏を取るくらいのことはしても罰は当たらないでしょ」

 明らかに馬鹿にした口調でそう言うとアメリアは二挺の銃を手に射場を後にした。

「経済か……社会科学って苦手なんだよな……」

誠は苦笑いを浮かべながら自分が死なないらしいことだけは理解してアメリアに続いて射場を去った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...