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57話・可愛い嫉妬
しおりを挟むタバクさんがダンジョン探索から帰ってくるまでの間、ずっと宿屋でダラダラしているわけにもいかないので、日帰りで薬草採集に行くことにした。
マージさんによると、ゼルドさんの弟さんと僕の友だちがオクトに到着するのは明日、タバクさんの帰還予定日は明後日。自由に動けるのは今日だけだ。
「私としては、一日中部屋で君と過ごしていても構わないんだが」
「もう!身体がなまっちゃいますよ!」
隣の部屋の宿泊客はまだ帰ってきていない。だからって、昼間からあんなことをしていたら身が保たないので即座に断った。
昨夜は同じベッドで寝た。心地良い疲労感とゼルドさんの匂いや体温に包まれて寝入りかけるたびに身体を触られ、とても眠るどころではなかった。「次に触ったら別々に寝ます」と宣言した後は大人しくなったので朝までぐっすり眠ることができた。
採集用の瓶を多めに用意してダンジョンに潜り、薬草が多く生えている第二階層の奥まで一気に走り抜けた。モンスターの足を斬って足止めしながら何組かのパーティーを追い抜き、数時間ほどで目的地に到達する。
岩壁から地下水が滲み出ているからか、この区画だけ他より植物が多い。一見ただの茂みなんだけど、生えているのはどれもダンジョン特有の薬草だ。
根ごと引き抜き、小瓶に詰めていく。ゼルドさんも試しに引き抜いてみたけれど、力が強過ぎて茎から折れてしまうので、採集中は見張りに徹してもらうことにした。
「最近薬草の常設依頼を全然受けてなかったから薬屋さんからギルドに催促があったみたいで」
「そうだったのか」
「最近は大穴越えばかりで薬草採集を後回しにしてましたからね。薬草入りのパンの材料にしちゃったりとか」
材料がなければ薬は作れない。薬は冒険者だけではなく町の住人も使う。品不足になればみんなが困る。
薬草はオクト周辺の森にも自生しているが、ダンジョン産に比べると効能がやや落ちるし苦味も強い。塗り薬ならともかく、飲み薬が不味いと売れ行きが悪くなる。ダンジョン産の薬草の需要が高くなるのは当然だ。
持参した小瓶全てに摘んだ薬草を詰め、しっかりと蓋をしてリュックにしまい込む。今回の目的はこれで達成した。
すぐに帰っても時間を持て余してしまうので、ここで少し休憩していく。
地面に防水シートを敷き、並んで腰を下ろしてお弁当代わりのパンを食べる。日帰り探索のため、いつもの木の実ぎっしり堅パンではなく、ごく普通の惣菜パンだ。やわらかな丸型パンを横半分に切り、こんがり焼いたベーコンやオムレツを挟んだもの。日持ちがしないから普段の探索には向かないけれど、すっごく美味しい。
「なんだかピクニックみたいですね」
「ああ、本当に」
光る苔に照らされた洞窟内。この辺りは特に植物が多いから眺めも良い。
美味しいものを食べ、恋人と語らい、ゆったりとした時間を過ごしていると、ここがダンジョンの中だということを忘れそうになる。
「ウワアアアア助けてくれぇえええ!」
「モンスターの群れだぁああああ!!」
のんびりとした雰囲気は絶叫によって一気に掻き消されてしまった。
目の前の通路を二人の若い冒険者がものすごい勢いで横切っていき、その後を数匹の狼型モンスターが駆けていく。群れというほどの数ではない。逃げまどう彼らはかなり気が動転しているようだ。
「ゼルドさん」
「ああ」
最初の雄叫びが聞こえた時点でゼルドさんは既に立ち上がり、背中の大剣を抜いている。モンスターが僕たちの目の前を通過しようとした瞬間、ゼルドさんが大剣を一閃。キャン、と小さな鳴き声を上げ、数匹のモンスターはその場に崩れ落ちた。
「すんません、助かりましたァ!」
「死ぬかと思ったァ!」
先ほど追い掛けられていた二人がわざわざ戻ってきて頭を下げた。モンスターに追い回されて怖かったのか、それともゼルドさんが怖いのか、めちゃくちゃ涙目で腰が低い。どうやら駆け出しの冒険者らしく、僕と同じか少し年下くらいに見えた。
「あ、怪我してますね」
二人とも顔や腕に幾つも擦り傷があった。どうやら足場が悪くて転んだところをモンスターに遭遇し、剣を抜く隙もなく追い回されたらしい。本来なら難なく倒せるはずなのに、間が悪かったとしか言いようがない。
「じっとしていてくださいね」
「へ?あ、ハイッ!」
飲用の水で手拭いを湿らせ、傷口に付着した砂埃を拭き取る。その後、その辺に生えている薬草を摘み、少し揉んでから傷口にぺたりと張り付けた。
「しばらくこのままで。傷の化膿止めです」
「あ、あざっす!」
僕が説明すると、若い冒険者二人は互いに顔を見合わせて何度も目を瞬かせた。
薬草に興味があるのかもしれない。先ほどと同じ薬草を新たに引き抜き、彼らの手のひらに乗せてやる。
「この薬草、怪我によく効くんですよ。覚えておいて損はないです」
「へえ、そうだったんだ」
「知らなかった~」
二人は何度も礼を言いながら探索へと戻っていった。怪我も大したことはなかったし、この先油断さえしなければ問題ないだろう。
彼らを見送った後に振り返ってみれば、何故かゼルドさんがムスッとしていた。
「私は君から手当をされたことがない」
「ゼルドさん、怪我しないじゃないですか」
今まで多少苦戦することはあっても、モンスターに後れを取ることは一度もなかった。一応血止めの軟膏や包帯を用意しているのに未使用のままだ。
「……ライルくんが他人に世話を焼いているところを見るのはあまり良い気分ではない」
「ゼルドさん駄々っ子みたい」
「君がそうさせているんだが」
開き直ったゼルドさんは、ダンジョン内だというのに正面から抱きついてきた。
本当に妬いていたんだ。
ちょっと可愛い。
日が暮れる前に探索を終え、ギルドに寄って帰還報告と依頼品の引き渡しを行う。
「なんか慌ただしいですね」
「明日の準備をしてるのよ」
「あ、貴族様の視察ですか」
明日オクトにやってくる貴族はゼルドさんの弟さんだ。冒険者ギルドの視察という名目なのでギルド内で応対せねばならず、部屋を用意するために町から人手を借りているらしい。何人かの女性が掃除道具や飾りに使う花瓶などを抱えて忙しなく奥の廊下を行き来している。
「ライルくんがいれば客室の準備をお願いできたんだけど」
「僕で良かったらお手伝い……」
そこまで言い掛けたところで、僕の肩をゼルドさんが掴んだ。振り返ると、真顔で首を横に振っている。
「……ダメみたいです」
「ふふ、そうみたいね」
マージさんに笑われてしまった。
嫉妬もここまでくるとちょっと怖い。
この日も隣の宿泊客が留守という理由でゼルドさんから色々触られてしまった。日帰りとはいえ探索してきたというのに疲れてないんだろうか。
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