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58話・十年ぶりの再会
しおりを挟む四頭引きの大きな馬車が数台、ゆっくりとオクトの通りを進んでいく。町の住人や冒険者はみな道の端に寄ってポカンとした顔で眺めている。
小さな田舎町に不釣り合いなほどに立派な拵えの馬車が冒険者ギルドの建物の前に止まった。すぐさま後方の馬車から従者らしき男性が降り、前方の馬車の扉を開き、足元に置かれた踏み台の位置を整える。
「ご苦労」
涼やかな男性の声が通りに響いた。
扉から顔を出したのは質の良さそうな旅装姿の男性。彼は風に舞う赤い長髪を片手で搔きあげ、下で控えていた従者さんの手を借りて地面に降り立った。
その光景を、僕たちは宿屋の二階の窓から眺めていた。下に聞こえないよう小さな声で囁き合う。
「あの方が弟さんですか」
「ああ。姿を見たのは三年ぶりだ」
つまり、ゼルドさんが実家を出て冒険者となったのは三年前ということか。
貴族様の後に馬車から降りてきたのは若い冒険者だった。真っ白な長い髪を後頭部でひとつにくくっている。彼は地面に降りて伸びをしてから、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回し始めた。貴族様のそばにいるというのに気負いは感じられない。
その視線が上を向き、僕たちを捉えた。
「あ」
彼は目を見開き、すぐに貴族様の袖を引いた。こちらを指差し、何か必死に捲し立てている。他の人から何事だと視線が集まり始めたので、僕たちは窓を閉めて部屋の中に引っ込んだ。
「もしや彼は君の友人では?」
「え、でも髪の色が違う……」
友だちは僕と同じ黒髪だった。あんなに真っ白な髪色ではなかったはずだ。
しばらく思い悩んでいたら部屋の扉がノックされた。宿屋の女将さんだ。ゼルドさんにお客さんが訪ねてきたという。顔を見合わせてから、僕たちは階下に降りた。
宿屋の出入り口に立っていたのは先ほど馬車で補助をしていた従者さんだった。彼はゼルドさんの姿を見つけ、恭しく頭を下げる。
「フォルクス様がお呼びです」
「…………わかった」
「そちらの青年もご一緒に」
「え、僕もですか?」
手短に用件だけを伝えると、従者さんは宿屋から出て行ってしまった。冒険者ギルドまで来いということなのだろう。
まさか、あちらから呼び出されるとは思ってもいなかった。簡単に身支度を整えてからギルドに向かう。
大きな馬車は往来の邪魔になるため、ギルドの裏手に移動されていた。先ほどまでの緊迫した空気はなく、通りは普段通りの賑わいを見せている。
「ゼルドさん、ライルくん、いらっしゃい」
「こんにちはマージさん」
受付カウンターで出迎えてくれたマージさんは何故か複雑そうな顔をしていた。スルトの踏破者の友人である僕はともかく、ゼルドさんまで呼ばれた理由が分からないからだろう。
いつもならフロアに何人かの冒険者がいるが、今日は誰もいなかった。貴族様が訪ねてきているのだ。流石に近寄り難いらしい。
「ギルド長の部屋に案内するわね」
部屋の場所は当然知っているけど、今は来客中だ。取り次ぎをしてくれるという意味だと理解して案内を頼む。
階段を登った所に先ほどの従者さんが控えていた。彼はピシッとした所作で扉の前から数歩横にずれて道を譲った。ゼルドさんをちらりと見て、気まずそうに視線をそらしている。なんだか妙な態度だ。
マージさんがノックをすると、扉越しにメーゲンさんの「入れ」という返事が聞こえた。中に入ると、いつもは雑然としている室内が綺麗に整理整頓されていた。四隅に花が飾られ、絨毯も新しいものに変えられている。昨日大慌てで準備していたおかげで、ギリギリ高貴な客人を迎えられる状態になっていた。
メーゲンさんに促され、僕たちは二人掛けのソファーに並んで腰を下ろした。向かいには先ほどの貴族様と白髪の冒険者が座っている。一介の冒険者との同席を許すなんて、よほど寛大なのか。特にこだわりがないだけか。
「ギルド側の話は済んだ。場所は貸すから好きに使うといい」
「えっ」
メーゲンさんは貴族様に一礼してから、マージさんと共に執務室から出て行ってしまった。
どういうことだろう。
僕はここにいていいんだろうか。
戸惑う僕の手を、隣に座るゼルドさんがそっと握った。あたたかな感触に安堵し、肩の力を抜く。
そして、改めて正面に座る二人を見た。
貴族様はすらりとした三十代手前くらいの男性。顔立ちはあまり似ていないけれど、燃えるような鮮やかな赤い髪の色はゼルドさんと同じだ。膝の上に置かれた手指は細くしなやかで、一度も剣を握ったことがなさそう。表情はやや険しく、ムスッとしている。
その隣に座る白髪の冒険者は革製の装備で身を固めていた。左右の腰に剣を佩いているところを見ると、恐らく双剣使いなのだろう。ダンジョンを踏破したほどだから物凄く強いはず。白髪のポニーテールがよく似合う青年は、何故か目を輝かせてこちらを見ている。
さっき宿屋の二階の窓から見た時には分からなかったけれど、彼の顔立ちや瞳の色は記憶の中の友だちによく似ていた。
「私が何故こんなところまで来たのかお分かりで──」
「おまえ、ライルだよな!!」
重い沈黙の後、貴族様が口を開いて話し始めた瞬間、白髪の冒険者が身を乗り出した。目の前のテーブルに手を付き、真っ直ぐな瞳で僕に笑顔を向けている。
僕の名前を知っているということは。
「ダール……?ほんとにダールなの?」
「そう、オレだよ!ひさしぶりだなライル!」
恐る恐る名前を呼べば、彼は目を細めて無邪気な笑みを浮かべた。
その笑い方が記憶と一致した。間違いなく彼が本人であると理解した途端、胸がいっぱいになった。目頭が熱くなり、涙で視界がにじむ。言いたいことは色々あるというのに、開いた口からは何も言葉が出てこない。もどかしさで服の胸元をぎゅっと掴む。抑えきれなかった感情が溢れ、ああ、と小さな声がもれた。
十年前のあの時、離れ離れになったことをずっと後悔していた。一緒に木の上に避難していれば助かったのに、僕だけが生き残ってしまった。無理やりにでも引き留めていればと思わぬ日はなかった。
もうほとんど諦めかけていたのに、まさか本当に生きていてくれたなんて。
話したいことは幾らでもある。
とにかく今は彼との再会を祝いたい。
しかし。
「バッ、馬鹿者ぉ!これから三年ぶりに兄上と話すところだったのだぞ!邪魔をするな!」
「たった三年で威張るんじゃねーよ!こちとら十年ぶりだっつーの!」
話を邪魔された貴族様がダールを押し退けて文句を言い、ダールは好戦的な顔で貴族様に向かって舌を出している。
子どものケンカのような二人の言い合いを眺めていたら、感動の涙が引っ込んでしまった。
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