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シーナはオクタビアの侍女を辞め、別荘を出ることになった。レクオンはシーナを探し出すという目的を果たしたので、明日にでもグラーダを発つらしい。
それを聞いたオクタビアはシーナに荷物をまとめるように言い、「幸せになるんだよ」と送り出してくれた。シーナも素直に彼女の好意を受け取り、お世話になった礼を告げて別荘を出た。
レクオンはシーナとルターナの秘密を明かさなかったから、オクタビアはレクオンに対して『義理の妹を迎えにきた王子』だと認識している。王子の婚約者は亡くなってしまったが、せめて忘れ形見の妹は幸せにしてやりたいのだろう――オクタビアはそう信じているのだ。
だからシーナはレクオンの本当の目的に気づいても、黙って彼に従うしかなかった。
シーナが少ない荷物をまとめて屋敷に戻って来たときも、レクオンは応接間ではなくエントランスで腕を組んだまま待ち構えていた。まるでシーナが逃げないかどうか、怪しんでいるかのようである。
馬車に乗る前にバージルにも世話になったお礼を伝えたが、後ろから様子をうかがうメイド達は皆こちらを睨んでいた。シーナはふと、彼女たちの視線で思い出してしまう。
そういえばレクオンの婚約者を演じていた頃も、王都で出会う令嬢たちから似たような眼差しを感じることがあった。あの頃は自分の演技が下手だから睨まれているのかと思ったが、違ったのだ。令嬢たちはレクオンの隣にいる婚約者に嫉妬していたのだ。
自分の令嬢らしい演技に問題はなかったのだと安心する一方で、レクオンの人気をまざまざと思い知る心地である。王子の婚約者というのは本当に特別なのだ。しかもレクオンは見目麗しい王子だから、なお更のこと。
偽りの婚約者を演じていた自分が恥ずかしく、馬車に彼と向かい合って座っている間も顔を上げられない。前に座るレクオンもひと言も喋らないので、空気が重たくて息苦しかった。
しばらくして馬車がとまり、先に降りたレクオンが手を差し出してくる。シーナは逆らうこともせず、大人しく彼の手を取った。
大きな手はそのままシーナの手をギュッと握り、無言で先へ進んでいく。まるで「逃がさない」とでも言われているかのようだった。ルターナの婚約者だった頃のレクオンとは別人みたいだ。
顔を上げたシーナの視界に巨大なホテルが映る。王都からグラーダはかなり離れているので、レクオンはホテルに宿泊しているのだろう。城のような門をくぐって館内に入ると、数え切れないほどのロウソクの明かりで目がくらくらした。
「おかえりなさいませ、殿下。お食事はいかがしましょう」
「一人分でいい。あとで部屋へ持ってきてくれ」
「畏まりました」
レクオンがホテルの者に命じる声。よく磨かれた大理石の床にメイド服を着たシーナが映っている。公爵となってもやはりレクオンが着ている衣服は上質なもので、彼がメイド服の女の手をにぎって歩く姿はひどく違和感があった。
手をつかまれたまま廊下を進み、階段をのぼり、また少し進むとようやくレクオンの足はとまる。
「この部屋だ。さあ、入るんだ」
黒光りする両開きのドアを開けると、応接間のように広い部屋があった。右にも左にも部屋が繋がり、いくつあるのか見当もつかない。この部屋に泊まったらすぐにお金がなくなりそうだ。何となく居心地がわるく、シーナはドアの横で所在なく立ち尽くした。
「なにをしてるんだ、早く来なさい。アンネはいるか!」
「はい、御用でしょうか」
レクオンが部屋の奥にあるドアへ呼びかけると、一人の女性が出てきた。お仕着せを身につけているからメイドなのだろう。
「シーナの体を洗ってやってくれ。特に、髪をしっかり洗うように」
「畏まりました」
アンネと呼ばれた女性はシーナを浴室へ案内した。裸を見られるのが恥ずかしくて縮こまっている間に、シャボンを泡立ててなんども髪を洗われる。お湯で泡を流すたびに染めた髪の色が抜け落ち、本来の白金ブロンドの色に近づいていった。
浴室からでるとアンネはリネンの布でシーナの体を拭き、髪に椿油をたらして丁寧に櫛でとかした。用意してあった薄緑のドレスを身に付ける。胸の下でゆるくリボンを結ぶデザインになっており、コルセットが苦手なシーナはホッとした。
「シーナ様のご準備が整いました」
アンネは命じられたことが終わると、また奥のドアを開けてさがってしまった。別人のように怖くなったレクオンと二人きりになったシーナは心細くて、アンネが消えたドアばかり見てしまう。窓の外を眺めていたレクオンはシーナのほうへ近づいてきて、まだ湿っぽい髪の毛をひとふさ手に取った。
「……やっと本来の色に戻ってきたな。まだ元通りとは言いがたいが……。どうしてあんな色に染めたんだ?」
「白金ブロンドのままだと、父に見つかると思ったので……」
「あの男は、きみの本当の父親じゃないだろう」
「そ……そう、ですけど」
レクオンがシーナの生い立ちまで知っていることに、改めてショックを受ける。グレッグやイザベルと同じように、卑しい血の娘だと思っているのだろうか。
早くここから出たい。きれいな場所も素敵なドレスも、自分には相応しくないものだ。ぎゅっと目を閉じると、レクオンの声だけがやけに響いた。
「よく三年も逃げのびたものだな……。どこでなにをしていた?」
「あの……王都を出てから、すぐに髪を切りました。肩のあたりまで……。切った髪はお金に換えて、お針子や皿洗いの仕事をしながら町を移りました」
「それから?」
指先でシーナの髪をくるくると弄びながら、レクオンが先を促す。シーナは必死で過去を思い出した。
「とにかく王都とケルホーンから離れたかったので、北に向かうしかないと思ったんです。グラーダには港があるから、お金を貯めたらディレイムから出られるかもしれないと……。殿下を騙していたのに逃げたりして、本当にごめんなさい」
「逃げろとルターナがいったのか?」
「は、はい……。お姉さまがお金を用意してくださったので……」
「――そうだろうな。きみ達はお互いに人質だったわけだから」
(どうして何もかも知っているのかしら。一体だれに……)
誰に事情をきいたのか教えてもらいたいが、自分にその資格はない。シーナは目を開けてレクオンの端正な顔を見つめた。
それを聞いたオクタビアはシーナに荷物をまとめるように言い、「幸せになるんだよ」と送り出してくれた。シーナも素直に彼女の好意を受け取り、お世話になった礼を告げて別荘を出た。
レクオンはシーナとルターナの秘密を明かさなかったから、オクタビアはレクオンに対して『義理の妹を迎えにきた王子』だと認識している。王子の婚約者は亡くなってしまったが、せめて忘れ形見の妹は幸せにしてやりたいのだろう――オクタビアはそう信じているのだ。
だからシーナはレクオンの本当の目的に気づいても、黙って彼に従うしかなかった。
シーナが少ない荷物をまとめて屋敷に戻って来たときも、レクオンは応接間ではなくエントランスで腕を組んだまま待ち構えていた。まるでシーナが逃げないかどうか、怪しんでいるかのようである。
馬車に乗る前にバージルにも世話になったお礼を伝えたが、後ろから様子をうかがうメイド達は皆こちらを睨んでいた。シーナはふと、彼女たちの視線で思い出してしまう。
そういえばレクオンの婚約者を演じていた頃も、王都で出会う令嬢たちから似たような眼差しを感じることがあった。あの頃は自分の演技が下手だから睨まれているのかと思ったが、違ったのだ。令嬢たちはレクオンの隣にいる婚約者に嫉妬していたのだ。
自分の令嬢らしい演技に問題はなかったのだと安心する一方で、レクオンの人気をまざまざと思い知る心地である。王子の婚約者というのは本当に特別なのだ。しかもレクオンは見目麗しい王子だから、なお更のこと。
偽りの婚約者を演じていた自分が恥ずかしく、馬車に彼と向かい合って座っている間も顔を上げられない。前に座るレクオンもひと言も喋らないので、空気が重たくて息苦しかった。
しばらくして馬車がとまり、先に降りたレクオンが手を差し出してくる。シーナは逆らうこともせず、大人しく彼の手を取った。
大きな手はそのままシーナの手をギュッと握り、無言で先へ進んでいく。まるで「逃がさない」とでも言われているかのようだった。ルターナの婚約者だった頃のレクオンとは別人みたいだ。
顔を上げたシーナの視界に巨大なホテルが映る。王都からグラーダはかなり離れているので、レクオンはホテルに宿泊しているのだろう。城のような門をくぐって館内に入ると、数え切れないほどのロウソクの明かりで目がくらくらした。
「おかえりなさいませ、殿下。お食事はいかがしましょう」
「一人分でいい。あとで部屋へ持ってきてくれ」
「畏まりました」
レクオンがホテルの者に命じる声。よく磨かれた大理石の床にメイド服を着たシーナが映っている。公爵となってもやはりレクオンが着ている衣服は上質なもので、彼がメイド服の女の手をにぎって歩く姿はひどく違和感があった。
手をつかまれたまま廊下を進み、階段をのぼり、また少し進むとようやくレクオンの足はとまる。
「この部屋だ。さあ、入るんだ」
黒光りする両開きのドアを開けると、応接間のように広い部屋があった。右にも左にも部屋が繋がり、いくつあるのか見当もつかない。この部屋に泊まったらすぐにお金がなくなりそうだ。何となく居心地がわるく、シーナはドアの横で所在なく立ち尽くした。
「なにをしてるんだ、早く来なさい。アンネはいるか!」
「はい、御用でしょうか」
レクオンが部屋の奥にあるドアへ呼びかけると、一人の女性が出てきた。お仕着せを身につけているからメイドなのだろう。
「シーナの体を洗ってやってくれ。特に、髪をしっかり洗うように」
「畏まりました」
アンネと呼ばれた女性はシーナを浴室へ案内した。裸を見られるのが恥ずかしくて縮こまっている間に、シャボンを泡立ててなんども髪を洗われる。お湯で泡を流すたびに染めた髪の色が抜け落ち、本来の白金ブロンドの色に近づいていった。
浴室からでるとアンネはリネンの布でシーナの体を拭き、髪に椿油をたらして丁寧に櫛でとかした。用意してあった薄緑のドレスを身に付ける。胸の下でゆるくリボンを結ぶデザインになっており、コルセットが苦手なシーナはホッとした。
「シーナ様のご準備が整いました」
アンネは命じられたことが終わると、また奥のドアを開けてさがってしまった。別人のように怖くなったレクオンと二人きりになったシーナは心細くて、アンネが消えたドアばかり見てしまう。窓の外を眺めていたレクオンはシーナのほうへ近づいてきて、まだ湿っぽい髪の毛をひとふさ手に取った。
「……やっと本来の色に戻ってきたな。まだ元通りとは言いがたいが……。どうしてあんな色に染めたんだ?」
「白金ブロンドのままだと、父に見つかると思ったので……」
「あの男は、きみの本当の父親じゃないだろう」
「そ……そう、ですけど」
レクオンがシーナの生い立ちまで知っていることに、改めてショックを受ける。グレッグやイザベルと同じように、卑しい血の娘だと思っているのだろうか。
早くここから出たい。きれいな場所も素敵なドレスも、自分には相応しくないものだ。ぎゅっと目を閉じると、レクオンの声だけがやけに響いた。
「よく三年も逃げのびたものだな……。どこでなにをしていた?」
「あの……王都を出てから、すぐに髪を切りました。肩のあたりまで……。切った髪はお金に換えて、お針子や皿洗いの仕事をしながら町を移りました」
「それから?」
指先でシーナの髪をくるくると弄びながら、レクオンが先を促す。シーナは必死で過去を思い出した。
「とにかく王都とケルホーンから離れたかったので、北に向かうしかないと思ったんです。グラーダには港があるから、お金を貯めたらディレイムから出られるかもしれないと……。殿下を騙していたのに逃げたりして、本当にごめんなさい」
「逃げろとルターナがいったのか?」
「は、はい……。お姉さまがお金を用意してくださったので……」
「――そうだろうな。きみ達はお互いに人質だったわけだから」
(どうして何もかも知っているのかしら。一体だれに……)
誰に事情をきいたのか教えてもらいたいが、自分にその資格はない。シーナは目を開けてレクオンの端正な顔を見つめた。
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