虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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41 レクオンの過去3

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 八歳になったレクオンは剣の講師を簡単に打ち負かすようになったので、騎士の訓練場に忍びこむこともあった。剣というのは腕力だけの勝負ではないのだ。素早い動きで相手を翻弄すれば、大人が相手だろうと勝てる。

 騎士たちはあまりいい顔をしなかったが、レクオンが本気で剣術を磨きたいのだと知ると次第に相手をしてくれるようになり、レクオンの強さは王宮内に広まっていった。

『レクオン殿下はとにかく向上心が素晴らしい。大人相手でも諦めずに向かって行くし、騎士の厳しい訓練でもへこたれない体力をお持ちだ』

『見た目など大した問題ではないんじゃないか? むしろ英雄王の血が濃いのだから、レクオン殿下こそ王太子になるべきだ』

 ダゥゼン公爵の勢力はレクオンの体に流れる血を疑う。しかし騎士たちはレクオンの外見より能力を重要視する。相反する評価を受けながら日々は過ぎたが、ある日の訓練でレクオンはようやく成長した弟に出会った。

 レクオンより二つ下だから、六歳のはずだ。しかし体が小さい上に細くて頼りない。へろへろと力のない剣を振るい、騎士のかるい斬撃を受けただけで剣を落としたりする。父そっくりの少年はまるで気弱な少女のようだった。

(こいつ本当に男なのか?)

 マシュウの訓練を見ていたレクオンは信じられない気分になり、徐々に自分が怒りを感じていることに気づいた。こんな弱っちい弟を王太子にしようだなんて冗談だろう――いや、分かったぞ。

(サントスはマシュウを傀儡にする気なんだ。マシュウをお飾りの王にして、実権は自分が握ろうとしてるんだな)

 そんなことを許してたまるものか。レクオンはマシュウの訓練が終わるのを見届け、そのままひと気のない庭の隅に弟を連れ出した。

『おい、マシュウ。おまえ今のままじゃ、ダゥゼン公爵の操り人形になるぞ。俺が鍛えてやる!』

『えっ? え、なに……』

 マシュウは慌てて剣を構えたが、ほんの少しレクオンが力を込めただけで弟の剣は吹っ飛んでしまった。マシュウは手がびりびりして痛いと泣いている。

『ひっ、ひい……痛いよぉ』

『泣くな! おまえは王子だろうが! そうやって弱い姿を見せるから、悪い奴に利用されるんだ!』

『もうやだ、王子なんかやめたい。ぼくなんか生まれなきゃ良かったんだ……母上だって、ぼくを産まなきゃ生きてたかも知れないのに……』

 号泣するマシュウの言葉をレクオンは呆然と聞いた。マシュウの母は亡くなっていたのだ。レクオンたちには何の知らせも来ておらず、それがさらにレクオンの怒りをあおる。

『泣くなって言ってんだろ! おまえみたいな父上に似てる奴が、生まれなきゃ良かったなんて……冗談でも口にするな』

 レクオンがしぼり出すように苦しい声を出すと、マシュウはぴたりと泣き止んだ。そしてごめんなさいと謝る。

『ぼくより兄上のほうがつらかったよね……。ごめんなさい』

『もういい。なぁ、コルティニー妃はどうして亡くなったんだ?』

『ぼくの母上は、体が弱いのに無理してぼくを産んだから……。もっともっと弱くなって、風邪をひいて死んじゃったの。お医者さんは“はいえん”って言ってた』

 マシュウの目に見る間に涙がもりあがり、ぽろぽろと白い頬を伝った。レクオンはポケットからハンカチを取り出し、弟の涙を拭いてやる。

 サントスはコルティニー妃の体が弱いことなど知っていたはずだ。野望のためなら実の妹さえ道具のように使い捨てる、冷酷さと執念――なんておぞましいのだろう。

『サントスめ。そこまでして権力が欲しいのか……!』

『サントスって、伯父上の名前でしょ。ぼくあの人、大きらい。伯父上に見られると、自分がゴミになったみたいな気持ちになる……。いつもぼくのこと馬鹿とかナンジャク者とか言うし』

『だったら見返してやればいいだけだ。明日から特訓だぞ。あとおまえ、しっかり食えよ。痩せすぎだろ』

『うん……』

 母親を失ったマシュウは、自分の存在意義さえ分からなくなったらしい。それで食事も喉を通らなくなったのだろう。

 サントスはマシュウを真面目に育てる気は全くないらしく、レクオンと同様にやる気のない教師ばかり宛がっていた。王子たちが賢くなっては自分に不都合だから、愚かで弱い状態を保ちたいわけだ。

 マシュウは王子として小奇麗な服は着ているものの、授業以外の時間はほとんど放置されており、愛情をかけてもらっているとは言いがたい。

 必然的にレクオンは弟の面倒を見る時間が増え、二人で勉強することも多くなった。兄弟で王宮内を探検したり、秘密の抜け道を見つけたり。子供らしく無邪気に過ごすのは楽しく、レクオンは夢中で弟と遊んだ。

 楽しかったから、自分が王宮でどんな存在になっているかも気づかなかった。ダゥゼン公爵にとって目障りとなっていたことも。
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