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40 レクオンの過去2
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『母上と父上を悪く言うな!!』
突然とび出してきた小さな王子に、大人たちは目を丸くしている。その中のひとりにレクオンは見覚えがあった。あの鷲鼻の男は、王妃の兄だ。名はサントスだったか――。
サントスはレクオンを静かに見ているだけだったが、冷めた表情からはレクオンを王子として敬う様子は感じられなかった。子供だと侮り、卑しい子だと蔑む色さえ浮かんでいる。サントスは口元をにやりと歪めて言った。
『おやおや、レクオン殿下。離宮を出てよろしいのですか?』
『ぼくが離宮を出るのに、誰かの許しは必要ない! ぼくは王子だ!』
『王子、ね……。どうやら殿下はなにもご存知ないらしい』
『おまえ達が悪口をいってたのを、この耳でちゃんと聞いたぞ! あとで父上に報告して――』
『なにを聞いたというんです? おい、誰か悪口をきいたか?』
『存じ上げませんなぁ』
『殿下の勘違いでは? 子供は聞きまちがうことも多いですからな』
レクオンは絶句し、議場に残った大人たちの顔を見た。全部で六人もいるというのに、誰ひとり自分の非を認めない。悪いことが悪いと認められないなんて、そんな馬鹿なことがあるものか。レクオンは真っ赤な顔で叫んだ。
『ぼくはちゃんと聞いたんだ!』
『そうですか。さぁ、もう離宮へ戻った方がいいですよ』
サントスはレクオンの背中を押し、無理やり議場から追い出した。ドアの向こうからあざけるような笑い声が聞こえ、レクオンはその声から逃げるように走り出す。
(ちくしょう! これじゃぼくが負けたみたいじゃないか。 悪いのはあいつらの方なのに……! ぼくは王子なのに!)
母と侍女はレクオンに、いつも人として正しくあれと言う。正しい行為を続けてこそ尊敬は得られるのだと。だから王族は偉いのだと。でも現実はどうだ。王子なんて身分は、なんの役にも立たなかったじゃないか。
(偉いのは王族じゃない……)
聡い子供だったレクオンは、誰に教えられずとも理解していた。偉いのは王族ではなく、その場でもっとも権力を持つ者である。だったら僕はその偉い存在になってやる。そしてあいつらを見返してやるんだ。
翌年にレクオンは六歳になり、教師の授業を受けるようになった。だが教師はどれもダゥゼン公爵が選らんだ人物のようで、レクオンに対して真面目に教える気はなさそうだ。何年も前に編纂された古い情報ばかりの教本を使って教えようとする。
レクオンはたびたび授業を抜け出し、王宮内の図書館で本を読みふけるようになった。そしてあの日に聞いた嫌な話の意味も理解してしまった。
(ぼくは本当に父の子なんだろうか……。でもあの優しい母が嘘をつくとは思えないし)
母が本当にラトヴィア人と通じたのだとしたら、レクオンのような色彩を持つ子が生まれると分かっていたはずである。レクオンに「ごめんね」と謝るのも矛盾を感じるし、気弱な母が大胆なことをするとは思えない。
一年ほど悩む日が続いたが、そんな頃に出会ったのがアンドレという男だ。彼はいつも飄々としていて、ぼさぼさの頭のまま図書館で熱心に本を読んでいたりする。
着ている服もおかしい。いつどこで買ったのか分からない変なデザインの服だ。一見すると学者のようだが、腰には帯剣していたりと、とにかく一貫性がない。
変な奴だけど、王宮にいるのだから有能なのは間違いないはずだ。どうしても気になって、いつの間にか変な男に話しかけていた。
『おまえ、何者だ? 貴族には見えない』
『……ん? おお! もしかして、レクオン殿下でいらっしゃいますか?』
『そ、そうだが……』
『おぉお……! これが隔世遺伝か。目にするのは初めてだ……!』
アンドレはまじまじとレクオンの顔を見つめ、肩を遠慮なしにばんばん叩いてくる。王子という身分でこんな無礼なことをされたのは初めてだ。でも嫌ではない。表向きは王子あつかいされても、影で何か言われるよりずっとマシだ。
アンドレは世界各地を回る学者で、今はディレイムに滞在中なのだという。レクオンは先ほどアンドレが口走った言葉が気になり、尋ねることにした。
『先ほど隔世遺伝といっていたな。詳しく教えてくれないか?』
『ふむふむ。殿下は探究心旺盛な方なのですね。大いに結構! 隔世遺伝というのはですね――』
アンドレはレクオンを王子というより生徒のように捉えたようで、なにもかも詳しく教えてくれた。レクオンの祖先のことも、ラトヴィア人のことも。
『じゃあラトヴィア人とディレイム人の子は、肌の色が黒くなる場合があるのか?』
『父親がラトヴィア人の場合、浅黒くなりやすいみたいですね。絶対じゃないですけど。遺伝にも色々あるんですよ』
ということは、自分はやはり父と母の子なのだ。レクオンは心底ほっとした。
『殿下はその見た目でかなり苦労されてるんでしょう。肌の色についてはまだ周知が甘いですからね。もっとラトヴィア人と結婚する人が増えたら分かるんだろうけどなぁ』
『運河を挟んでいるせいで、ラトヴィア人はあまりこちら側に来ないからな。知り合う機会も少ないし……。だがおまえの話を聞いて安心した。ありがとう、アンドレ』
『いえいえ。殿下は確かに覇王の血を受け継いでらっしゃいますよ。かつてこの地を統一した英雄の血がね……』
アンドレは得体の知れない男だが、身のこなしには隙が無く、レクオンは剣の講師よりもアンドレのほうが強いと直感的に悟った。暇を見つけてはアンドレを探し、彼の知識を吸収し、剣の稽古もつけてもらう。やる気のない教師の授業を受けるよりよほど充実した日々だった。
アンドレとは二年ともに過ごしたが、彼が残した『王におなりなさい』という言葉はレクオンに勇気を与え、ますます勉学にも剣術にも打ち込むようになった。
突然とび出してきた小さな王子に、大人たちは目を丸くしている。その中のひとりにレクオンは見覚えがあった。あの鷲鼻の男は、王妃の兄だ。名はサントスだったか――。
サントスはレクオンを静かに見ているだけだったが、冷めた表情からはレクオンを王子として敬う様子は感じられなかった。子供だと侮り、卑しい子だと蔑む色さえ浮かんでいる。サントスは口元をにやりと歪めて言った。
『おやおや、レクオン殿下。離宮を出てよろしいのですか?』
『ぼくが離宮を出るのに、誰かの許しは必要ない! ぼくは王子だ!』
『王子、ね……。どうやら殿下はなにもご存知ないらしい』
『おまえ達が悪口をいってたのを、この耳でちゃんと聞いたぞ! あとで父上に報告して――』
『なにを聞いたというんです? おい、誰か悪口をきいたか?』
『存じ上げませんなぁ』
『殿下の勘違いでは? 子供は聞きまちがうことも多いですからな』
レクオンは絶句し、議場に残った大人たちの顔を見た。全部で六人もいるというのに、誰ひとり自分の非を認めない。悪いことが悪いと認められないなんて、そんな馬鹿なことがあるものか。レクオンは真っ赤な顔で叫んだ。
『ぼくはちゃんと聞いたんだ!』
『そうですか。さぁ、もう離宮へ戻った方がいいですよ』
サントスはレクオンの背中を押し、無理やり議場から追い出した。ドアの向こうからあざけるような笑い声が聞こえ、レクオンはその声から逃げるように走り出す。
(ちくしょう! これじゃぼくが負けたみたいじゃないか。 悪いのはあいつらの方なのに……! ぼくは王子なのに!)
母と侍女はレクオンに、いつも人として正しくあれと言う。正しい行為を続けてこそ尊敬は得られるのだと。だから王族は偉いのだと。でも現実はどうだ。王子なんて身分は、なんの役にも立たなかったじゃないか。
(偉いのは王族じゃない……)
聡い子供だったレクオンは、誰に教えられずとも理解していた。偉いのは王族ではなく、その場でもっとも権力を持つ者である。だったら僕はその偉い存在になってやる。そしてあいつらを見返してやるんだ。
翌年にレクオンは六歳になり、教師の授業を受けるようになった。だが教師はどれもダゥゼン公爵が選らんだ人物のようで、レクオンに対して真面目に教える気はなさそうだ。何年も前に編纂された古い情報ばかりの教本を使って教えようとする。
レクオンはたびたび授業を抜け出し、王宮内の図書館で本を読みふけるようになった。そしてあの日に聞いた嫌な話の意味も理解してしまった。
(ぼくは本当に父の子なんだろうか……。でもあの優しい母が嘘をつくとは思えないし)
母が本当にラトヴィア人と通じたのだとしたら、レクオンのような色彩を持つ子が生まれると分かっていたはずである。レクオンに「ごめんね」と謝るのも矛盾を感じるし、気弱な母が大胆なことをするとは思えない。
一年ほど悩む日が続いたが、そんな頃に出会ったのがアンドレという男だ。彼はいつも飄々としていて、ぼさぼさの頭のまま図書館で熱心に本を読んでいたりする。
着ている服もおかしい。いつどこで買ったのか分からない変なデザインの服だ。一見すると学者のようだが、腰には帯剣していたりと、とにかく一貫性がない。
変な奴だけど、王宮にいるのだから有能なのは間違いないはずだ。どうしても気になって、いつの間にか変な男に話しかけていた。
『おまえ、何者だ? 貴族には見えない』
『……ん? おお! もしかして、レクオン殿下でいらっしゃいますか?』
『そ、そうだが……』
『おぉお……! これが隔世遺伝か。目にするのは初めてだ……!』
アンドレはまじまじとレクオンの顔を見つめ、肩を遠慮なしにばんばん叩いてくる。王子という身分でこんな無礼なことをされたのは初めてだ。でも嫌ではない。表向きは王子あつかいされても、影で何か言われるよりずっとマシだ。
アンドレは世界各地を回る学者で、今はディレイムに滞在中なのだという。レクオンは先ほどアンドレが口走った言葉が気になり、尋ねることにした。
『先ほど隔世遺伝といっていたな。詳しく教えてくれないか?』
『ふむふむ。殿下は探究心旺盛な方なのですね。大いに結構! 隔世遺伝というのはですね――』
アンドレはレクオンを王子というより生徒のように捉えたようで、なにもかも詳しく教えてくれた。レクオンの祖先のことも、ラトヴィア人のことも。
『じゃあラトヴィア人とディレイム人の子は、肌の色が黒くなる場合があるのか?』
『父親がラトヴィア人の場合、浅黒くなりやすいみたいですね。絶対じゃないですけど。遺伝にも色々あるんですよ』
ということは、自分はやはり父と母の子なのだ。レクオンは心底ほっとした。
『殿下はその見た目でかなり苦労されてるんでしょう。肌の色についてはまだ周知が甘いですからね。もっとラトヴィア人と結婚する人が増えたら分かるんだろうけどなぁ』
『運河を挟んでいるせいで、ラトヴィア人はあまりこちら側に来ないからな。知り合う機会も少ないし……。だがおまえの話を聞いて安心した。ありがとう、アンドレ』
『いえいえ。殿下は確かに覇王の血を受け継いでらっしゃいますよ。かつてこの地を統一した英雄の血がね……』
アンドレは得体の知れない男だが、身のこなしには隙が無く、レクオンは剣の講師よりもアンドレのほうが強いと直感的に悟った。暇を見つけてはアンドレを探し、彼の知識を吸収し、剣の稽古もつけてもらう。やる気のない教師の授業を受けるよりよほど充実した日々だった。
アンドレとは二年ともに過ごしたが、彼が残した『王におなりなさい』という言葉はレクオンに勇気を与え、ますます勉学にも剣術にも打ち込むようになった。
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