虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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46 レクオンの過去8

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 その年の冬はひどく寒かった。大雪のせいで交通が乱れ、古い家屋は雪の重みでつぶれたりする。必然的にレクオンは公務で忙しくなり、ルターナへ会いにいける余裕はなかった。
 でも手紙でのやりとりは続けており、忙しい合間をぬってルターナの手紙を読むのはレクオンにとって癒しだった。

――『レクオン様へ。厳しい寒さが続きますが、お体は大丈夫ですか。あなたは働きすぎて自分の体を大切にしない時があるからとても心配です。きっと今も公務に追われているのでしょう。でも無理せず、疲れたときには休んでください。
 追伸:あなたがくださった本を読みました。古代の文化も私たちの暮らしに役立っているのですね。興味深いことです。また面白い本があったら教えてください。 ルターナ』

 ルターナは知識に対して貪欲で、レクオンが贈った本はすぐに読み終えてしまうらしい。そのあたりもシェリアンヌのような女とは違って好ましく思った。

 あれだけの美しさを持ちながら周囲にひけらかす事もないし、王子の婚約者だからと威張ったりもしない。心根の優しい娘だ。ルターナと婚約できたのは幸運だった。

 婚約者の手紙を読み終えたレクオンは、大切そうに机の引き出しに仕舞った。今は余裕がないが、時間が出来たら返事を書こう。いや、出来ればすぐにでも会いたい。雪が落ち着いたら、ルターナへ会いに行こう――。

 ようやく雪がふり止んだ日の朝、レクオンは従者によって起こされた。いつも起床する時間よりもかなり早く、何があったのか尋ねると従者は青い顔で答えた。

『婚約者のルターナ様が亡くなられたそうです』

『……なんだと? 誰の話だ?』

『殿下の婚約者の、ルターナ様が……今朝はやく、亡くなられたと』

『馬鹿な! 先月に会ったときは元気だったんだぞ! そんなに簡単に死ぬはずが……』

『とにかく確認してみてはいかがでしょう。私もルターナ様が元気だったのはこの目で見たので、まだ信じられないのです』

 レクオンは急いで出掛ける用意をし、馬に乗ってケルホーン伯爵家を訪ねた。大雪で道が埋まっており、立ち往生する馬車がある。何とかすき間をぬって屋敷にたどり着くと、応対した執事は蒼白な顔をしていた。

『ルターナが亡くなったというのは本当か!?』

『ほ、本当でございます。今朝がた、肺炎のためにお亡くなりに――』

『ルターナに会わせてくれ!』

『か、畏まりました』

 レクオンと執事はほとんど走るようにしてルターナの部屋へ向かった。屋敷の中は騒然としており、ルターナの部屋のまえも使用人たちでごった返している。

『ルターナ!』

 叫んで部屋へ飛び込むと、ベッドを囲む医師や父親、彼女の侍女の姿があった。そして、ベッドに寝ているのは――

『……ルターナ?』

 レクオンは震える声でつぶやきながら、骨が見えるほど痩せた婚約者の手を取った。それは陶器のように冷たく、くたりと垂れ、レクオンの手にすっぽり収まるほど小さかった。こんなに小さな手だったのか。たったひと月の間に、何があったというんだ。

『娘は……先月から、ひどい風邪を引いておりました。一向に回復へ向かわず、つい先ほど息を引き取ったのです……!』

 真っ赤な顔でつぶやくケルホーン伯爵は心底悔しそうで、嘘をついているようには見えない。周囲からはすすり泣く声が響き、屋敷のなかは悲壮な雰囲気だ。

(本当に死んだのか……。別人じゃないのか?)

 レクオンの記憶に残る最後のルターナは、血色のいい頬で笑っていたはずだ。いくら厳しい寒さだろうと、風邪ぐらいで死ぬとは思えないのに。

 レクオンはルターナの顔をよく見ようとしたが、伯爵が鋭い声で叫んだ。

『殿下、お気をつけください! 病気がうつるかもしれません! ルターナには近づかない方がいいです』

『あ、ああ……』

 レクオンは呆然としたままルターナを見つめた。げっそりとこけた頬、へこんだ目蓋、かさかさに乾いた唇。本当にルターナなのか? 俺は悪い夢でも見ているのではないのか。

 医師と伯爵はルターナを他の部屋へ移し、部屋を消毒するという。レクオンは促されるままに屋敷を出て、王宮へ戻った。でもまだ頭がぼんやりしている。

 数日後にルターナの葬儀が行われたが、レクオンはまだ半信半疑だった。棺のなかに横たわるのは確かにルターナだ。でも、何かが違うと直感が告げている。

(違和感があるのは確かなのに、それが何故なのかは分からない……)

 レクオンはルターナの棺に花を入れながら、彼女に祈りを捧げた。幸せにすると誓ったのに、守ってやれなくて本当にすまなかった。きみの死の真相は必ず暴いてみせよう。どうか安らかに眠ってくれ――。
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