虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
47 / 71

47 レクオンの過去9

しおりを挟む
 ルターナの死は否応なしにレクオンの心を蝕み、悪夢を見ることが増えた。元気に笑っていたルターナが、次の瞬間には変わり果てた姿でレクオンの前に現れる。夢を見るたびに飛び起きる日々で、レクオンは次第に弱っていった。

 ルターナが死んでからのレクオンは、気力だけで自分を奮い立たせていたのだ。でなければ、無念に死んだ母や、王になれと励ましてくれたアンドレ、兄に信頼を寄せるマシュウに応えられない。やつれた兄を見てマシュウはひどく心配したが、レクオンには止まることは許されないのである。

『レクオン殿下は本当に運がないな。天に見放されたんじゃないか?』

 議場から聞こえてきた声に、レクオンはぴたりと足を止めた。この声――サントスだろう。サントスの側近たちはいつも議場を我がもの顔で使う。

『ひとつも陛下の特徴を受け継がなかったばかりか、最愛の婚約者まで失うとは……。運に見捨てられた王子など、王太子に相応しくない』

『来年マシュウ殿下は17になる。陛下はきっと、マシュウ殿下を王太子にするだろうよ』

 ははは、と笑う声が聞こえても、レクオンは子供の頃のように飛び込む気にはなれなかった。確かにその通りだ。俺が欲しいと思ったものは次々と手からすり抜けていく。父親と同じ色も、母親との穏やかな日々も、愛しく思っていた婚約者も――。

 今レクオンを支えているのは、王太子への執着だけだった。でもそれさえも、最近では強く望めなくなっている。王太子になってルターナを妻に迎えることが夢だったのに……。たった一人で王太子になるのか。その先に何が待っているというんだ。

 レクオンはただ疲れていたのだ。なんども立ち上がろうとするたびに、あざ笑うように邪魔する何かが現れる。心は擦り切れて磨耗し、すでにボロボロだ。

 翌年にマシュウは17歳になり、父王イザイアスは謁見の間に二人の息子を呼び出した。玉座の横には、にやにやと薄気味わるい顔で笑うサントス。そして父は申し訳なさそうな視線をレクオンに向けている。その瞬間、何もかも悟ってしまった。

 ああ、父はマシュウを王太子に選んだのだ。レクオンの長年の努力は何もかも無駄だった。

『――父上。俺に爵位を授けてください』

 気づいたときにはそう呟いていた。目をみはるマシュウを見ぬふりして、逃げるように王宮を去った。

(ルターナに会いたい……)

 公爵になったレクオンは、すがるようにルターナとの思い出を探すようになった。彼女と訪れた薔薇園。釣りをした森の中の小川。

 ケルホーン伯爵家に形見の品をほしいと頼んだこともあったが、感染を防ぐためにすべて燃やしたと言われて愕然とした。いくらなんでも、ひとつも娘の形見がないというのはおかしい。伯爵は娘を愛しく思っていたのではなかったのか。

 不審に思って調べていくと、ルターナが死んだ直後に解雇された侍女がいると知った。マリベルというらしい。レクオンは暇を見つけては王都をうろつき、マリベルという名の女がいないか探した。マリベルは食堂で働いていたが、レクオンの姿を見ると凍りつき、かたい声で言った。

『なにもお話する事はございません!』

『マリベル、頼む。どうしてもルターナの死が納得できないんだ。ルターナはどうして死んだんだ? 何か知ってるんじゃないのか?』

『お引取りください』

 マリベルの口は異常に硬く、情報を引き出すのは容易ではなかった。力任せでは絶対に話してくれなかっただろう。レクオンはなんども食堂へ通い、マリベルに頼み込み、何日もかかってようやく真相を知った。

『なに? ルターナには妹がいたのか?』

『ええ……。シーナという名で、ルターナ様とは瓜二つの顔をしてるんです。旦那様から脅されて、シーナはルターナ様の代わりを演じていました。ルターナ様が亡くなる直前に屋敷から逃がしたんですが、今はどこで何をしているか……隣町まで無事に行けたのかしら』

 シーナ――やっぱり星の名だ。ルターナが双子星の片割れだから、ずっと不思議に思っていた。姉妹は双子のように寄りそって生きてきたのだろう。
 シーナはケルホーン伯爵家でメイドのように働かされていたらしい。レクオンの前で妙な歌を口ずさんでいたのは妹のシーナだったのだ。

『シーナの捜索は任せてくれ。必ず探し出して、保護しておこう』

『悪いのはすべて旦那様なんです。シーナを見つけても、絶対にひどい事はなさらないでくださいよ』

『誓ってそんなことはしない』

 マリベルから情報を得たレクオンは、王都内の娼館をしらみつぶしに当たった。家出した美少女なんて、男たちの格好の餌食だ。シーナはあまり金を持っていなかったようだし、給金の高い仕事だと騙されて娼館に連れて行かれたかもしれない。

 しかしどの娼館にもシーナはいなかった。レクオンは安堵し、次に王都から近い町を調べ始めた。自分がシーナの立場だった場合、王都から離れると予想したのだ。

 考えは的中し、隣の町で白金ブロンドの髪を売った少女がいると分かった。髪を切った少女は町を離れたという。レクオンは配下の者に命じてルターナに似た少女を探させたが、シーナは町を転々としているらしく、捜査は難航した。

 半年たってもシーナの行方は依然として分からず、すでに国を出たのかと考えかけた頃、騎士の一人が有力な情報を得て戻ってきた。グラーダまで行っていたようだが、リヴァイ家の当主から妙な話を聞いたらしい。

『深い事情を抱えた侍女がいる?』

『はい。まるで人形みたいに綺麗な顔で、立ち振る舞いも貴族の令嬢のように物静かなのだそうです。先代夫人の別荘で侍女として働いているそうなんですが、いきなり面会しても会えないかもしれないと思ったので、バージル卿に晩餐会へ侍女を連れて来てほしいと頼みました』

『侍女の顔を確認したのか?』

『俺も晩餐会に出たのですが、本当にルターナ様と同じ顔でした。瞳も翡翠色でしたし……ただ、髪は染めている感じでしたね。かなり薄い褐色ブラウンだったから、本来の色は白金ブロンドで間違いないと思います』

 ディレイムでは濃緑の瞳は多いものの、ルターナやシーナのような翡翠色の瞳をもつ娘は少ない。それにシーナなら、ルターナとして演じるために令嬢らしい振る舞いを身につけたはずだ。オスカーはルターナの顔をなんども見ているのだから、その侍女はシーナと考えて間違いないだろう。

 レクオンはリヴァイ家の先代夫人あてに手紙を書き、翡翠の目をした侍女に合わせて欲しいと頼んだ。婚約者の妹が失踪したのでずっと探していること、彼女の事情を知った上で保護したいのだと打ち明けた。

 オクタビアは手紙の相手が王子だと知り、この人ならばと安心したようだ。何か事情があって家から逃げ出した娘を保護するには、彼女の生活や身分を保障してやれる人物が必要である。並の貴族では無理だが、レクオンなら可能だった。

『念のため、瞳が緑色のメイドを全員呼びました。お探しの娘はいますか?』

『そうだな…………』

 メイド服を着ておずおずとレクオンの前に現れたのは、ルターナと瓜二つの顔をした娘だった。

 ――シーナだ。ようやく見つけた……!
 不当に奪われたものが返ってきたようで、レクオンは歓喜にふるえた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...