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48 恐れ

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「――そのあとは知っての通りだ。俺はきみを連れ帰り、妻にして……この古城で公爵として暮らしている」

 シーナはひと言も喋らず、レクオンの呟くような長い告白を聞いていた。なんと声を掛ければいいのか分からない。
 呆然と立ち尽くすシーナの隣で、レクオンは自嘲するようにふっと笑った。

「俺が王宮にしがみ付いていたのは、ただの意地みたいなものだ。父に見捨てられたのが悔しくて、母を死なせてしまったのが悲しくて……。いつか見返してやると意地を張ってただけなんだ。こんな人間は、王太子に相応しくない……。俺が公爵になったのは必然だったんだ」

「そんな……」

 そんな事ない。悔しい目に会えば、見返してやると思うのは当然のことです――シーナは言いかけたが、いま口を開いたら泣いてしまうような気がした。泣きたいのはレクオンの方だろうに。

 ぎゅっと口を閉ざした妻を見てなにを思ったのか、レクオンはすまなそうな表情になる。

「俺たちはまだ本当の夫婦になっていないが……その理由も分かっただろう?」

「…………」

(分かったわ。だからもう、何も言わないで……)

 シーナの願いに気づかず、レクオンは続ける。

「きみのことは愛しく思っているんだ。街で目にした仲のいい家族のように、子供を持ちたいとも思う。でも……生まれた子が、俺にもきみにも似ていなかったらと考えると…………」

 シーナにとって、生まれた子が親に似ているのは当然のことだ。でもレクオンにとってはそうじゃない。彼の長い告白を聞き終えた今では、そんな心配は杞憂だと言ってやれる勇気はなかった。

 シーナに謝るなと呟いたレクオン。グレッグを憎んでもいいはずだと激昂したレクオン。すべてが繋がり、こらえきれなくなったシーナは涙を流す。

「すまない……泣かせるつもりじゃなかった。さあ、もう寝室へ戻ろう」

「ちが……」

(違うの。あなたを責めてるわけじゃないの……)

 シーナの肩を抱くレクオンの手から悲しみが伝わってくる。どれだけつらくても悲しくても、レクオンには誰かに泣きつく事はできなかったのだ。子供のように泣いて縮こまっていても、サントス達を喜ばせるだけ。
 だからレクオンは早く大人になる必要があり、弱みを見せないために感情を隠すようになったのだろう。

 寝室に戻ってからも、シーナはレクオンの代わりのように涙を流した。それでレクオンの悲しみが薄まるわけではないと分かっていても、泣くことしかできなかった。 
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