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やっと会えた。……ね、凛さん
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オフィス街のビル群が、夜の静けさの中に沈み込んでいく。
春とはいえ、風はまだ少し冷たい。
帰宅を急ぐ人々が駅へと足を早める中、谷町光は一人、会社から少し離れた歩道をゆっくりと歩いていた。
街灯の下、足を止める。
まばらな人の流れの隙間を縫って、彼は胸ポケットからスマホを取り出した。
画面を開き、数回スライドすると、とあるメモアプリが現れる。
タイトルは、誰にも見せられない名前だった。
『凛さん攻略メモ』
何ページにも渡って書かれているその内容は、初めて会った日から今日に至るまでの、小さな作戦と観察記録の積み重ねだった。
その一ページ目を、光はゆっくりと読み返す。
“第一目標:顔を覚えてもらうこと”
その下には、手書きで添えられた小さなメモがある。
“笑顔は最小限。真面目な時の方が凛さんの反応が見やすい”
“初回はあえて軽めに攻める。凛さんは逃げ足が早そう”
自分でも苦笑するしかないほど、綿密でちょっと必死な内容だった。
指先でスクロールしながら、ふと脳裏に浮かんだのは、大学四年の春。
就活で参加した企業説明会。
会場はありふれた貸しホールだったが、光にとっては特別な場所だった。
その日、壇上に立っていたのが、経理部の若手代表として登壇していた阿波座凛だった。
言葉は簡潔で、表情はほとんど変わらず。
スライドに合わせて話す姿は無駄がなく、聞き取りやすく、それでいて感情の揺れが一切なかった。
他の社員が和やかな雰囲気を醸し出す中、彼だけが際立って静かで、冷たかった。
でも、だからこそ目を奪われた。
誰にも寄りかからず、誰にも期待せずに立っているように見えた。
そのくせ、資料の構成や話す順序は聞き手への配慮に満ちていて…
整っているのに、人間味があった。
初めて見たとき、凛さんは全部“整ってる”人だった。
言葉も仕草も完璧で、誰にも頼らないように見えた。
でも、そのとき思ったんだ。
――そんな人が、俺にだけ困った顔してくれたら、最高に嬉しいって。
スマホの中には、その時にもらった会社のパンフレットの画像が保存されている。
当時の自分が、説明会の帰りにこっそりスキャンして残したもの。
表紙ではなく、ページの端に小さく載っていた“若手社員インタビュー”のコーナーに、阿波座凛の名前と顔写真があった。
まだ眼鏡をかけていない、少し若い凛。
その顔を見て、光は今と変わらない冷たい表情に、当時と同じように胸がざわつく。
俺、この人に会うために、ここに入ったんだよな。
誰にも言っていない。
もちろん同期にも、先輩にも、家族にも。
面接のときですら、それはただの「経理と営業の連携を大切にしたいと思って」の一文で隠した。
本当は――この人のそばに行きたかった。
どんな風に仕事してるのか、どんな風に誰かと接するのか、見てみたかった。
でもそれだけじゃない。
誰にも頼らないで立ってるその背中を、俺が支えられたらいいって、思ってしまった。
画面を閉じて、スマホをポケットに戻す。
視線を上げると、街灯の光が少し眩しかった。
自分の影が、まっすぐ前に伸びている。
その先に、未来があるのだとしたら。
俺はきっと、そこに凛さんを連れて行きたいと思ってる。
口元に、自然と笑みが浮かんだ。
誰にも見られていない場所で、ほんの少しだけ本音をこぼすように、光はぽつりと呟く。
「やっと、会えたんだよな…凛さん」
遠回りしたわけじゃない。
これは最初から決めてたルートだった。
ただ、思ったよりも心臓がバクバクしてるのが誤算だ。
作戦は順調。
でも、それ以上に心が勝手に動いてる。
それだけが、想定外。
風が吹いて、上着の袖が揺れた。
光は背筋を伸ばし、もう一度だけ深呼吸すると、歩き出した。
まっすぐ、また“あの場所”に戻っていくために。
春とはいえ、風はまだ少し冷たい。
帰宅を急ぐ人々が駅へと足を早める中、谷町光は一人、会社から少し離れた歩道をゆっくりと歩いていた。
街灯の下、足を止める。
まばらな人の流れの隙間を縫って、彼は胸ポケットからスマホを取り出した。
画面を開き、数回スライドすると、とあるメモアプリが現れる。
タイトルは、誰にも見せられない名前だった。
『凛さん攻略メモ』
何ページにも渡って書かれているその内容は、初めて会った日から今日に至るまでの、小さな作戦と観察記録の積み重ねだった。
その一ページ目を、光はゆっくりと読み返す。
“第一目標:顔を覚えてもらうこと”
その下には、手書きで添えられた小さなメモがある。
“笑顔は最小限。真面目な時の方が凛さんの反応が見やすい”
“初回はあえて軽めに攻める。凛さんは逃げ足が早そう”
自分でも苦笑するしかないほど、綿密でちょっと必死な内容だった。
指先でスクロールしながら、ふと脳裏に浮かんだのは、大学四年の春。
就活で参加した企業説明会。
会場はありふれた貸しホールだったが、光にとっては特別な場所だった。
その日、壇上に立っていたのが、経理部の若手代表として登壇していた阿波座凛だった。
言葉は簡潔で、表情はほとんど変わらず。
スライドに合わせて話す姿は無駄がなく、聞き取りやすく、それでいて感情の揺れが一切なかった。
他の社員が和やかな雰囲気を醸し出す中、彼だけが際立って静かで、冷たかった。
でも、だからこそ目を奪われた。
誰にも寄りかからず、誰にも期待せずに立っているように見えた。
そのくせ、資料の構成や話す順序は聞き手への配慮に満ちていて…
整っているのに、人間味があった。
初めて見たとき、凛さんは全部“整ってる”人だった。
言葉も仕草も完璧で、誰にも頼らないように見えた。
でも、そのとき思ったんだ。
――そんな人が、俺にだけ困った顔してくれたら、最高に嬉しいって。
スマホの中には、その時にもらった会社のパンフレットの画像が保存されている。
当時の自分が、説明会の帰りにこっそりスキャンして残したもの。
表紙ではなく、ページの端に小さく載っていた“若手社員インタビュー”のコーナーに、阿波座凛の名前と顔写真があった。
まだ眼鏡をかけていない、少し若い凛。
その顔を見て、光は今と変わらない冷たい表情に、当時と同じように胸がざわつく。
俺、この人に会うために、ここに入ったんだよな。
誰にも言っていない。
もちろん同期にも、先輩にも、家族にも。
面接のときですら、それはただの「経理と営業の連携を大切にしたいと思って」の一文で隠した。
本当は――この人のそばに行きたかった。
どんな風に仕事してるのか、どんな風に誰かと接するのか、見てみたかった。
でもそれだけじゃない。
誰にも頼らないで立ってるその背中を、俺が支えられたらいいって、思ってしまった。
画面を閉じて、スマホをポケットに戻す。
視線を上げると、街灯の光が少し眩しかった。
自分の影が、まっすぐ前に伸びている。
その先に、未来があるのだとしたら。
俺はきっと、そこに凛さんを連れて行きたいと思ってる。
口元に、自然と笑みが浮かんだ。
誰にも見られていない場所で、ほんの少しだけ本音をこぼすように、光はぽつりと呟く。
「やっと、会えたんだよな…凛さん」
遠回りしたわけじゃない。
これは最初から決めてたルートだった。
ただ、思ったよりも心臓がバクバクしてるのが誤算だ。
作戦は順調。
でも、それ以上に心が勝手に動いてる。
それだけが、想定外。
風が吹いて、上着の袖が揺れた。
光は背筋を伸ばし、もう一度だけ深呼吸すると、歩き出した。
まっすぐ、また“あの場所”に戻っていくために。
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