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カーテンの向こうに立つひとり
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保健室の扉が、二度だけ控えめにノックされた。
その音が室内の空気を揺らしたような気がして、悠翔は反射的に息を止めた。布団の中にうずくまり、カーテンの向こうを見ようともしない。ただ、心臓の音がひとつ、ふたつと数を重ねていく。鼓動がやけに耳に響く。
扉を開ける音。そのあとに、聞き慣れた足音が、ほんの数歩分だけ近づいた。
「先生、悠翔くんの具合はどうですか?」
穏やかな、けれどどこか緊張を含んだ声が届く。
鶴見の声が軽やかに応じる。
「どーぞ。お熱はなさそうだけど、きっと恋の余熱ね」
笑い交じりのその言葉に、悠翔は布団の中で顔を赤くする。鶴見先生のそういうところが、時にありがたくて、時に逃げ出したくなるほど鋭い。
足音が数歩、近づいて、カーテンのすぐ向こうで止まる。
でも、それ以上は来ない。
間を置いて、カーテン越しに、低く、優しい声が届いた。
「…悠翔くんが描いた絵、すごく好きだったよ」
その瞬間、胸が、ぐっと締めつけられた。呼吸が浅くなる。吸い込もうとした空気が喉元でつかえて、うまく流れない。
「まっすぐで、ちょっとだけ悲しくて。でも、あったかくて…なんていうか、見てると、安心するっていうか」
カーテン一枚を隔てた距離。そこに立っているのは、かつて自分が全力で“推していた”誰かにあまりにも似ている人間だった。でも今話しているのは、あの理想の存在ではない。目の前の現実で、声を持ち、気持ちを持って、まっすぐに言葉を向けてくれる、ひとりの“高校生の京橋蒼真”だった。
悠翔は布団の中で、ぎゅっと胸に手を当てた。
冷たい指先が、鼓動の熱に触れる。
速すぎる。まるで、何かに追われるように心臓が暴れている。
「どうして…そんなふうに言えるんだよ」
心の中だけで呟く。
声にはならない。ならないけれど、きっとその震えは、カーテンの向こうにも伝わってしまっている気がした。
京橋の声は、続けようとして、少しだけ間が空いた。
「…あの絵の騎士、俺に似てるって、言われてた」
悠翔は目を見開いた。
それは聞かれたくなかった言葉だった。
でも、もう後戻りはできない。
展示を見た人々の視線。あの空気。あれは、もう自分だけの創作ではなかった。
「俺ね、あのとき、自分を見てるみたいで…でも、同時に、俺じゃない誰かみたいでもあって」
京橋の声が、ふと笑いを含んだ。
「不思議だった。けど、それが、すごく…いいなって思ったんだ」
その言葉は、決して軽いものではなかった。
ただの感想ではない。何かを探している人間が、ようやく見つけた答えのような、静かで深い響きがあった。
悠翔は布団の端をゆっくりとめくった。
湿ったまつ毛が視界の端に滲む。
光が差すわけでも、何かが変わったわけでもない。
けれど、今だけは、この声に耳を傾けることが、何よりも大事なことのように思えた。
胸に当てた手のひらが、ようやくゆっくりと力を緩める。
「ありがとうって…言わなきゃいけないのは、俺の方なのに」
その声は、まだ自分の中にある。
でも、きっともうすぐ、外に出せる気がした。
鶴見先生の足音がそっと離れていく。
気を利かせたのだろう。ふたりきりの空間を作るために。
カーテンは揺れていない。
でも、その向こうには確かに誰かが立っていて、悠翔の“今”を見てくれていた。
声も顔も仕草も、あの人と重なるところはある。
けれど、違う。違うからこそ、意味がある。
この声は、“あの人”のものじゃない。
だけど、今、自分の心が震えているのは…この“君”の声なんだ。
その音が室内の空気を揺らしたような気がして、悠翔は反射的に息を止めた。布団の中にうずくまり、カーテンの向こうを見ようともしない。ただ、心臓の音がひとつ、ふたつと数を重ねていく。鼓動がやけに耳に響く。
扉を開ける音。そのあとに、聞き慣れた足音が、ほんの数歩分だけ近づいた。
「先生、悠翔くんの具合はどうですか?」
穏やかな、けれどどこか緊張を含んだ声が届く。
鶴見の声が軽やかに応じる。
「どーぞ。お熱はなさそうだけど、きっと恋の余熱ね」
笑い交じりのその言葉に、悠翔は布団の中で顔を赤くする。鶴見先生のそういうところが、時にありがたくて、時に逃げ出したくなるほど鋭い。
足音が数歩、近づいて、カーテンのすぐ向こうで止まる。
でも、それ以上は来ない。
間を置いて、カーテン越しに、低く、優しい声が届いた。
「…悠翔くんが描いた絵、すごく好きだったよ」
その瞬間、胸が、ぐっと締めつけられた。呼吸が浅くなる。吸い込もうとした空気が喉元でつかえて、うまく流れない。
「まっすぐで、ちょっとだけ悲しくて。でも、あったかくて…なんていうか、見てると、安心するっていうか」
カーテン一枚を隔てた距離。そこに立っているのは、かつて自分が全力で“推していた”誰かにあまりにも似ている人間だった。でも今話しているのは、あの理想の存在ではない。目の前の現実で、声を持ち、気持ちを持って、まっすぐに言葉を向けてくれる、ひとりの“高校生の京橋蒼真”だった。
悠翔は布団の中で、ぎゅっと胸に手を当てた。
冷たい指先が、鼓動の熱に触れる。
速すぎる。まるで、何かに追われるように心臓が暴れている。
「どうして…そんなふうに言えるんだよ」
心の中だけで呟く。
声にはならない。ならないけれど、きっとその震えは、カーテンの向こうにも伝わってしまっている気がした。
京橋の声は、続けようとして、少しだけ間が空いた。
「…あの絵の騎士、俺に似てるって、言われてた」
悠翔は目を見開いた。
それは聞かれたくなかった言葉だった。
でも、もう後戻りはできない。
展示を見た人々の視線。あの空気。あれは、もう自分だけの創作ではなかった。
「俺ね、あのとき、自分を見てるみたいで…でも、同時に、俺じゃない誰かみたいでもあって」
京橋の声が、ふと笑いを含んだ。
「不思議だった。けど、それが、すごく…いいなって思ったんだ」
その言葉は、決して軽いものではなかった。
ただの感想ではない。何かを探している人間が、ようやく見つけた答えのような、静かで深い響きがあった。
悠翔は布団の端をゆっくりとめくった。
湿ったまつ毛が視界の端に滲む。
光が差すわけでも、何かが変わったわけでもない。
けれど、今だけは、この声に耳を傾けることが、何よりも大事なことのように思えた。
胸に当てた手のひらが、ようやくゆっくりと力を緩める。
「ありがとうって…言わなきゃいけないのは、俺の方なのに」
その声は、まだ自分の中にある。
でも、きっともうすぐ、外に出せる気がした。
鶴見先生の足音がそっと離れていく。
気を利かせたのだろう。ふたりきりの空間を作るために。
カーテンは揺れていない。
でも、その向こうには確かに誰かが立っていて、悠翔の“今”を見てくれていた。
声も顔も仕草も、あの人と重なるところはある。
けれど、違う。違うからこそ、意味がある。
この声は、“あの人”のものじゃない。
だけど、今、自分の心が震えているのは…この“君”の声なんだ。
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