4 / 36
リア垢は今日も、恋を語る
しおりを挟む
夕暮れが静かに街を包み込む時間帯、星遥学園の生徒たちもそれぞれの帰路に就いていた。
春の風はまだ少し肌寒くて、吹き抜けるたびに首元をすくめたくなる。けれど空の色は優しく、雲は柔らかく千切れながら西へと流れていく。そんな風景を、神城凪は自室の机の前から眺めていた。
制服のまま、肘をついてスマホを手に持つ。その手には、今日一日の余韻がまだ残っていた。朝の始業式。体育館のざわめき。あの壇上で交わされなかった視線。そして放課後の、生徒会室での沈黙。すべてが頭の中で、何度も再生されている。
机の上には、生徒会の年間スケジュールが入った資料が広げられていた。隣には先ほど提出されたばかりの企画案。何か書き込むふりをして、実際にはほとんど手が動いていない。
スマホの画面に視線を戻し、凪はふと写真フォルダを開いた。そこに保存されていたのは、生徒会室の窓辺から撮った一枚の写真。ブラインド越しの光が差し込むその写真には、向かい側の椅子が半分だけ写っている。誰かが座っていたかのような、ただそれだけの構図。
「……」
凪は、写真を選び、キャプションを考えた。
いくつかの言葉が頭の中を巡る。「静けさ」「同じ風景」「目の前の存在」「変わらない場所」…どれも、嘘ではない。けれど真実をそのまま書く勇気はない。
最終的に、画面に打ち込んだ言葉はこうだった。
「今年も変わらず、この席から見える景色」
指先で投稿ボタンを押す。その瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
言葉に意味を持たせすぎるつもりはなかった。ただ、誰かに向けたことだけは、はっきりしていた。
数分後、通知が鳴った。何件かの「いいね」がつく。クラスメイトからの反応。女子生徒たちからの「センスいい」「この窓ほんと好き」というコメント。
それらの中に、彼が待っている反応はない。けれど、ないことが逆に予感を連れてきた。
スマホを机に置き、しばらくじっとしていた凪の指が、ふたたび画面をなぞる。
結翔のアカウントを開いた。最終更新、五分前。
そこに投稿されていたのは、凪のものと同じように淡々とした一枚の風景写真と、短い言葉。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
その瞬間、凪はまぶたの裏で何かが熱くなるのを感じた。
それが怒りでもなく、哀しみでもなく、ましてや喜びでもないということだけは、わかっていた。
投稿は、返事だった。彼なりの、言葉のない会話。
でもそれは、返事であると同時に、拒絶にも近かった。まるで「ここからは一歩も進まない」という、結翔なりの防衛線のように思えた。
けれど、それでもいいと凪は思った。投稿を見てくれている。意味を受け取ってくれている。たったそれだけでも、心の奥で何かが満たされる。
一方その頃、別の場所でも同じ投稿を目にして興奮している者たちがいた。
星遥学園のLINEグループ──通称「観察班」のチャットが、ざわめきと共に動き出す。
「これ見た!?凪くんの投稿、やばない?」
心斎橋まゆが、スマホを握りしめながら打ち込む。
「ていうか秒で会長が返してるし、しかも返信文が『戦場』って」
御堂筋理々が淡々と返す。
「今年度も供給過多の予感。もう無理、尊死する」
「ていうか、この投稿間隔…五分。これはもう付き合ってるのでは?」
「逆に潔いね。これで“付き合ってない”って言われたら、世界観崩壊する」
ふたりの会話はどこか冷静で、どこか壊れそうなほど熱かった。
彼女たちは知っている。ふたりがリア垢で交わすこの“公開の私信”が、誰よりも本音に近いということを。
そしてその一方で、投稿をしたふたりは、そのことをまるで知らないかのように、また別の場所で、それぞれに静かな夜を過ごしている。
凪はスマホを伏せ、カーテンを開けた。
窓の向こうに、夜が降り始めていた。昼の喧騒はすでに消え、街灯の明かりがかすかに差していた。
その光の中に、今日一日を並走した誰かの存在を思い出す。
いつもの距離。いつもの声。いつもの沈黙。
けれど、そのすべてがもう“ただのいつも”ではないことに、彼自身も気づいていた。
それでも、きっと明日も何も変わらない顔で会うのだろう。
だからこそ、言葉はSNSにしか残せない。声にならない想いを、誰かの目に触れるかもしれない場所に置いておく。
まるで、誰かが気づいてくれるのを待っているように。
あるいは、気づいてほしくないふりをして、誰より気づかれたがっているように。
リア垢は、今日も恋を語る。
けれど、当のふたりは、その恋がまだ“始まっていない”ふりをしている。
それが今の、すべてだった。
春の風はまだ少し肌寒くて、吹き抜けるたびに首元をすくめたくなる。けれど空の色は優しく、雲は柔らかく千切れながら西へと流れていく。そんな風景を、神城凪は自室の机の前から眺めていた。
制服のまま、肘をついてスマホを手に持つ。その手には、今日一日の余韻がまだ残っていた。朝の始業式。体育館のざわめき。あの壇上で交わされなかった視線。そして放課後の、生徒会室での沈黙。すべてが頭の中で、何度も再生されている。
机の上には、生徒会の年間スケジュールが入った資料が広げられていた。隣には先ほど提出されたばかりの企画案。何か書き込むふりをして、実際にはほとんど手が動いていない。
スマホの画面に視線を戻し、凪はふと写真フォルダを開いた。そこに保存されていたのは、生徒会室の窓辺から撮った一枚の写真。ブラインド越しの光が差し込むその写真には、向かい側の椅子が半分だけ写っている。誰かが座っていたかのような、ただそれだけの構図。
「……」
凪は、写真を選び、キャプションを考えた。
いくつかの言葉が頭の中を巡る。「静けさ」「同じ風景」「目の前の存在」「変わらない場所」…どれも、嘘ではない。けれど真実をそのまま書く勇気はない。
最終的に、画面に打ち込んだ言葉はこうだった。
「今年も変わらず、この席から見える景色」
指先で投稿ボタンを押す。その瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
言葉に意味を持たせすぎるつもりはなかった。ただ、誰かに向けたことだけは、はっきりしていた。
数分後、通知が鳴った。何件かの「いいね」がつく。クラスメイトからの反応。女子生徒たちからの「センスいい」「この窓ほんと好き」というコメント。
それらの中に、彼が待っている反応はない。けれど、ないことが逆に予感を連れてきた。
スマホを机に置き、しばらくじっとしていた凪の指が、ふたたび画面をなぞる。
結翔のアカウントを開いた。最終更新、五分前。
そこに投稿されていたのは、凪のものと同じように淡々とした一枚の風景写真と、短い言葉。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
その瞬間、凪はまぶたの裏で何かが熱くなるのを感じた。
それが怒りでもなく、哀しみでもなく、ましてや喜びでもないということだけは、わかっていた。
投稿は、返事だった。彼なりの、言葉のない会話。
でもそれは、返事であると同時に、拒絶にも近かった。まるで「ここからは一歩も進まない」という、結翔なりの防衛線のように思えた。
けれど、それでもいいと凪は思った。投稿を見てくれている。意味を受け取ってくれている。たったそれだけでも、心の奥で何かが満たされる。
一方その頃、別の場所でも同じ投稿を目にして興奮している者たちがいた。
星遥学園のLINEグループ──通称「観察班」のチャットが、ざわめきと共に動き出す。
「これ見た!?凪くんの投稿、やばない?」
心斎橋まゆが、スマホを握りしめながら打ち込む。
「ていうか秒で会長が返してるし、しかも返信文が『戦場』って」
御堂筋理々が淡々と返す。
「今年度も供給過多の予感。もう無理、尊死する」
「ていうか、この投稿間隔…五分。これはもう付き合ってるのでは?」
「逆に潔いね。これで“付き合ってない”って言われたら、世界観崩壊する」
ふたりの会話はどこか冷静で、どこか壊れそうなほど熱かった。
彼女たちは知っている。ふたりがリア垢で交わすこの“公開の私信”が、誰よりも本音に近いということを。
そしてその一方で、投稿をしたふたりは、そのことをまるで知らないかのように、また別の場所で、それぞれに静かな夜を過ごしている。
凪はスマホを伏せ、カーテンを開けた。
窓の向こうに、夜が降り始めていた。昼の喧騒はすでに消え、街灯の明かりがかすかに差していた。
その光の中に、今日一日を並走した誰かの存在を思い出す。
いつもの距離。いつもの声。いつもの沈黙。
けれど、そのすべてがもう“ただのいつも”ではないことに、彼自身も気づいていた。
それでも、きっと明日も何も変わらない顔で会うのだろう。
だからこそ、言葉はSNSにしか残せない。声にならない想いを、誰かの目に触れるかもしれない場所に置いておく。
まるで、誰かが気づいてくれるのを待っているように。
あるいは、気づいてほしくないふりをして、誰より気づかれたがっているように。
リア垢は、今日も恋を語る。
けれど、当のふたりは、その恋がまだ“始まっていない”ふりをしている。
それが今の、すべてだった。
0
あなたにおすすめの小説
不幸の手紙に“男に告白される”って書いてあったんだが?
すもも
BL
磯城亮輔のもとに、毎日「不幸の手紙」が届く。
書かれた内容はなぜか必ず当たるが、だいたいが地味に嫌なだけの不幸。
亮輔はすっかり慣れきっていた。
しかしある日、こう書かれていた。
「男に告白されるだろう」
いや、ちょっと待て。
その翌日から手紙は呪詛じみていき、命の危機すら感じ始める。
犯人を探し始めた亮輔だが、周囲は頼りにならず——。
これは、少し性格に難ありな主人公が、不幸と告白に振り回される青春BL。
他のサイトにも掲載していますが、こちらは修正したものとなっています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったら引くほど執着されてた
時
BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。
けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。
もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。
ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。
「俺と二人組にならない?」
その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。
執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる