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これは、まだ恋じゃない。“勝ち負け”だ
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夜の帳が下り、星遥学園の生徒たちがそれぞれの夜を迎えている頃、神城凪の部屋にも静かな時間が流れていた。
机の上に置いたスマートフォンの画面は、最後に開いていたSNSアプリのまま眠っている。つい先ほど投稿された自分のポストと、それに重なるように更新された一ノ瀬結翔のポスト。
どちらも何気ない風景と、短い言葉。見方によっては、ただの感傷的な投稿にすぎない。けれど、読もうとする者には明らかに意味があった。
凪はその画面を、数分間眺めたまま動かなかった。手に持ったスマホがじんわりと温もりを帯びている。画面から漏れる微かな明かりが、布団の中の静けさを染めていた。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
結翔のその言葉が、耳の奥に繰り返し響く。心に、澱のように沈んでいく。
戦場。まさに、そうだった。
凪は視線を天井へ移し、布団に顔半分を埋めながら息をついた。
頭の中で、今日一日の出来事が何度も再生される。
壇上でのあの瞬間。
名前が呼ばれて隣に立ったときの緊張。
視線を合わせそうになって、すぐに逸らされたこと。
それでも呼吸の合った挨拶。
あの沈黙。
生徒会室の静かな空気。
ふたりきりの会話のなさ。
それでも、手渡す書類のタイミングがぴたりと重なる。
紙越しの手。触れそうで、触れられない指先。
一つひとつを思い返すたび、胸の奥がじわりと熱くなる。
何度となく考えてしまう。
――どうして、こんなに呼吸が合うんだろう。
――どうして、目が合わないんだろう。
ふたりの間には、確かに何かがある。でも、それを“何か”と呼ぶことにためらいがある。呼んでしまえば、それはもう戻れない領域に触れてしまう気がして。
「…あいつが俺に恋してるなんて、ありえない」
ぽつりと呟いた自分の声が、布団の中でかすかに響いた。
その否定に込めたのは、疑いではなく、恐れだった。
結翔が誰に対しても平等に振る舞う姿を、凪は知っている。特別扱いをしない。むしろ近しい相手ほど、少し距離を取るように振る舞う。それが彼のスタイルであり、彼の矜持でもある。
そんな結翔が、もし本当に自分に対してだけ、感情を持っていたとしたら。
それは、自分にとっても、彼にとっても、きっと脆い。
「だいたい俺が、あいつに“負ける”とか、そんなこと…」
そう呟いた瞬間、またひとつ、思い出が脳裏をかすめる。
文化祭準備のとき。
結翔が指示を出す姿に、なぜか胸がざわついた。
それを見つめていた自分の目線に、彼が気づいた瞬間。
ふたりとも、何も言わずに視線を逸らした。
「勝ち負け…だよな。俺たちの関係って、最初からそうだった」
思えば最初に顔を合わせたのは、一年の生徒会選挙のときだった。互いに推薦されて、面談で並んだ日。目が合った瞬間、凪は直感的に思った。
――この人には、勝ちたい。
けれど、その“勝ちたい”が、いつの間にか変質していった。
言葉を交わすうちに、視線を向けられるたびに、胸の奥で何かがひっそりと波立つようになった。
その波は、気づかぬうちに心の岸辺を何度も打ちつけていた。
でも、それに名前をつけた瞬間、関係が壊れるような気がして、ずっと見て見ぬふりをしていた。
「……まだ、恋じゃない。そういうことにしておこう」
凪は目を閉じた。
言葉にすれば、終わってしまう。
想いに気づいてしまえば、戻れない。
だから、これはまだ恋じゃない。
勝ち負けの話なんだ。いつだって、そうだった。
誰が先に気持ちを表に出すか。
誰が先に目をそらすか。
誰が先に名前を呼ぶか。
それが全部、“ゲーム”であるうちは、まだ大丈夫だ。
本音を口に出す前なら、きっと何度でもやり直せる。
そう信じていたい。
けれど、どこかで凪は、うすうす気づいてもいた。
このままじゃ、きっと負けるのは自分だ。
心のどこかで、結翔の言葉ひとつで、全部が崩れてしまいそうな自分を、誰よりも知っていた。
それでも、そうなったときにどうするかが、まだ決められない。
だから、こうして夜の静寂に隠れて、言葉にしない独り言を繰り返す。
その姿は、誰の目にも触れない。
ただ、部屋の隅に置かれたスマホの通知だけが、小さく光を灯していた。
それは結翔の投稿についた、新たな「いいね」だった。
誰かが気づき、何かを感じ取ったその証が、画面の向こうでまた一つ、物語を進めようとしていた。
けれど、凪はその通知を見なかった。
彼はもう目を閉じていた。
表情は穏やかだった。けれど、心の中では嵐が吹いていた。
そして読者だけが知っている。
この恋はもう、始まっているということを。
けれど、まだ誰も、それを口に出せないだけなのだと。
机の上に置いたスマートフォンの画面は、最後に開いていたSNSアプリのまま眠っている。つい先ほど投稿された自分のポストと、それに重なるように更新された一ノ瀬結翔のポスト。
どちらも何気ない風景と、短い言葉。見方によっては、ただの感傷的な投稿にすぎない。けれど、読もうとする者には明らかに意味があった。
凪はその画面を、数分間眺めたまま動かなかった。手に持ったスマホがじんわりと温もりを帯びている。画面から漏れる微かな明かりが、布団の中の静けさを染めていた。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
結翔のその言葉が、耳の奥に繰り返し響く。心に、澱のように沈んでいく。
戦場。まさに、そうだった。
凪は視線を天井へ移し、布団に顔半分を埋めながら息をついた。
頭の中で、今日一日の出来事が何度も再生される。
壇上でのあの瞬間。
名前が呼ばれて隣に立ったときの緊張。
視線を合わせそうになって、すぐに逸らされたこと。
それでも呼吸の合った挨拶。
あの沈黙。
生徒会室の静かな空気。
ふたりきりの会話のなさ。
それでも、手渡す書類のタイミングがぴたりと重なる。
紙越しの手。触れそうで、触れられない指先。
一つひとつを思い返すたび、胸の奥がじわりと熱くなる。
何度となく考えてしまう。
――どうして、こんなに呼吸が合うんだろう。
――どうして、目が合わないんだろう。
ふたりの間には、確かに何かがある。でも、それを“何か”と呼ぶことにためらいがある。呼んでしまえば、それはもう戻れない領域に触れてしまう気がして。
「…あいつが俺に恋してるなんて、ありえない」
ぽつりと呟いた自分の声が、布団の中でかすかに響いた。
その否定に込めたのは、疑いではなく、恐れだった。
結翔が誰に対しても平等に振る舞う姿を、凪は知っている。特別扱いをしない。むしろ近しい相手ほど、少し距離を取るように振る舞う。それが彼のスタイルであり、彼の矜持でもある。
そんな結翔が、もし本当に自分に対してだけ、感情を持っていたとしたら。
それは、自分にとっても、彼にとっても、きっと脆い。
「だいたい俺が、あいつに“負ける”とか、そんなこと…」
そう呟いた瞬間、またひとつ、思い出が脳裏をかすめる。
文化祭準備のとき。
結翔が指示を出す姿に、なぜか胸がざわついた。
それを見つめていた自分の目線に、彼が気づいた瞬間。
ふたりとも、何も言わずに視線を逸らした。
「勝ち負け…だよな。俺たちの関係って、最初からそうだった」
思えば最初に顔を合わせたのは、一年の生徒会選挙のときだった。互いに推薦されて、面談で並んだ日。目が合った瞬間、凪は直感的に思った。
――この人には、勝ちたい。
けれど、その“勝ちたい”が、いつの間にか変質していった。
言葉を交わすうちに、視線を向けられるたびに、胸の奥で何かがひっそりと波立つようになった。
その波は、気づかぬうちに心の岸辺を何度も打ちつけていた。
でも、それに名前をつけた瞬間、関係が壊れるような気がして、ずっと見て見ぬふりをしていた。
「……まだ、恋じゃない。そういうことにしておこう」
凪は目を閉じた。
言葉にすれば、終わってしまう。
想いに気づいてしまえば、戻れない。
だから、これはまだ恋じゃない。
勝ち負けの話なんだ。いつだって、そうだった。
誰が先に気持ちを表に出すか。
誰が先に目をそらすか。
誰が先に名前を呼ぶか。
それが全部、“ゲーム”であるうちは、まだ大丈夫だ。
本音を口に出す前なら、きっと何度でもやり直せる。
そう信じていたい。
けれど、どこかで凪は、うすうす気づいてもいた。
このままじゃ、きっと負けるのは自分だ。
心のどこかで、結翔の言葉ひとつで、全部が崩れてしまいそうな自分を、誰よりも知っていた。
それでも、そうなったときにどうするかが、まだ決められない。
だから、こうして夜の静寂に隠れて、言葉にしない独り言を繰り返す。
その姿は、誰の目にも触れない。
ただ、部屋の隅に置かれたスマホの通知だけが、小さく光を灯していた。
それは結翔の投稿についた、新たな「いいね」だった。
誰かが気づき、何かを感じ取ったその証が、画面の向こうでまた一つ、物語を進めようとしていた。
けれど、凪はその通知を見なかった。
彼はもう目を閉じていた。
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けれど、まだ誰も、それを口に出せないだけなのだと。
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