「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始

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視線は、呼吸よりも雄弁に

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放課後の生徒会室は、普段の喧騒とは対照的な静けさに包まれていた。  

まだ春の陽が傾きかけた時間。窓の外から差し込む西日が、部屋の壁をやわらかく染めていた。時間の流れがゆっくりと解けていくような空気のなか、神城凪は黙々と書類の整理を進めていた。  

机の上には印刷された企画書や議事録の束がいくつも並んでいる。綴じ込み用のファイルを一冊ずつ開きながら、紙の端を揃え、丁寧に重ねていく。そういう作業は嫌いではなかった。規則正しい反復動作には、思考を整理する時間がついてくる。  

ただその日は、どうにも心が落ち着かなかった。  

不意に、視線を感じた。  

背筋のあたりに、じんわりと刺さるような、でも温度のある視線。言葉にはならないが、たしかに“見られている”とわかる。  

凪は手を止めた。顔は上げずに、一枚の紙の角をなぞりながら、一度ゆっくりと息を吐く。  

それから、何でもないような仕草で椅子の背にもたれ、視線を斜め上に送った。  

視線の先にいたのは、一ノ瀬結翔だった。  

生徒会室の本棚の前、壁際の少し離れた場所に立ったまま、結翔は無言でこちらを見ていた。  

まっすぐに、迷いなく。けれど、どこか柔らかく。  

その目に射抜かれるような感覚を覚えた凪は、無意識のうちに唇を少しだけ結び直す。  

「……なに?」  

短く問いかけた声は、いつもより少し低く響いた。  

結翔は驚いたふうでも、動揺するでもなく、ただ静かに首を傾ける。  

「いや、ちょっと眺めてただけ」  

本当に、ただそれだけのように。  

けれど、その“ただ”に凪は妙な重みを感じてしまう。  

自分を見ているはずなのに、どこか遠くを見ているようなその目。  
けれど、決して“無関心”ではない。むしろ逆で、何かを探るような、確かめるような視線だった。  

言葉の意味よりも、目線の温度のほうがずっとリアルだった。  

凪は目を逸らし、また机に向き直る。けれど、動きがぎこちなくなっているのを自覚していた。  

「……そう」

乾いた返事を残して、再び書類の整理に戻る。指先が微かに震えていることには気づかないふりをした。  

机に置いた指が、紙の角に触れたまま止まっている。頭の中では、さっきの視線の意味を巡る問いがぐるぐると回っていた。  

あれは、なんだったんだろう。  

見つめていたのは、何の意図だったのか。好意?興味?それとも、ただの確認?

「……確認」

凪は自分の内心に、そう呟いてみる。  

きっとあれは、探るような目だった。相手の出方をうかがうような、そういう目。  
つまり、優位に立ちたいときの視線。相手より先に動いたら負けだとわかっている人間の、計算された目。  

そんなふうに結論づければ、心は少しだけ落ち着いた。  

“恋”なんかじゃない。  

あれはきっと、駆け引きの延長。生徒会という組織で、上下関係を測るような――そう、自分が思っているよりもずっと戦略的な目線。  

そう思い込もうとすれば、楽だった。  

けれど、本当に楽だったのかと問われれば、答えに詰まる。  
なぜなら、凪の胸の奥では、まったく別の感情がくすぶっていたからだ。  

あの目が、自分だけに向けられていた気がした。  
誰にも見せない、彼の一部を覗いてしまったような、そんな気がしていた。  

――その目、俺だけが知ってる気がして、ずるい。  

ふいに浮かんだ言葉に、凪は自分で戸惑う。  

ずるい、とは。  
何が、ずるいのか。  
その視線を独占したいとでも、思っているのか。  

そんなはずはない。  

凪は小さく頭を振り、プリントの山を整え直す。気を取り直すように指を動かし、紙の角を揃える音に集中した。  

けれど、視線の余韻はまだ残っていた。まるで肌に触れた温度が記憶の中で続いているように、頭から消えなかった。

ふと、壁際の気配が消えたことに気づく。  

顔を上げると、結翔は本棚から資料を一冊手に取り、自分の机に向かっていた。何事もなかったような歩調で、無表情に近い顔つき。  

それなのに、その無表情が一番厄介だった。  
読めない。感じ取れない。  
でも、完全に閉ざされているわけではない。  

凪は無言で彼の背中を見つめた。何かを言おうと、言葉を探した。けれど、何も出てこなかった。

沈黙が再び、生徒会室を包み込む。

時計の秒針だけが静かに音を刻んでいた。  

そしてその音は、凪の心の中で、妙に大きく響いていた。  

この沈黙は、なんだろう。  

居心地の悪さではない。むしろ、息を呑むような緊張。  

けれど同時に、どこか満たされるような、満ちるような気配もあった。  

言葉は、いらなかったのかもしれない。  

その視線一つで、すべてを語れる関係だと思える自分が、どこかにいた。  

でも、それは“思い上がり”かもしれない。  

そんな感情が、このあと凪のSNSに書き込まれることになる――まだ誰にも言えない、ただの“つぶやき”として。  

それでも、その時点で、すでに何かは始まっていた。  

視線は、呼吸よりも雄弁に語っていた。  
けれど、語られたその意味を、ふたりはまだ認めようとしなかった。  
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