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リア垢は今日も、恋を語る
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夕暮れが静かに街を包み込む時間帯、星遥学園の生徒たちもそれぞれの帰路に就いていた。
春の風はまだ少し肌寒くて、吹き抜けるたびに首元をすくめたくなる。けれど空の色は優しく、雲は柔らかく千切れながら西へと流れていく。そんな風景を、神城凪は自室の机の前から眺めていた。
制服のまま、肘をついてスマホを手に持つ。その手には、今日一日の余韻がまだ残っていた。朝の始業式。体育館のざわめき。あの壇上で交わされなかった視線。そして放課後の、生徒会室での沈黙。すべてが頭の中で、何度も再生されている。
机の上には、生徒会の年間スケジュールが入った資料が広げられていた。隣には先ほど提出されたばかりの企画案。何か書き込むふりをして、実際にはほとんど手が動いていない。
スマホの画面に視線を戻し、凪はふと写真フォルダを開いた。そこに保存されていたのは、生徒会室の窓辺から撮った一枚の写真。ブラインド越しの光が差し込むその写真には、向かい側の椅子が半分だけ写っている。誰かが座っていたかのような、ただそれだけの構図。
「……」
凪は、写真を選び、キャプションを考えた。
いくつかの言葉が頭の中を巡る。「静けさ」「同じ風景」「目の前の存在」「変わらない場所」…どれも、嘘ではない。けれど真実をそのまま書く勇気はない。
最終的に、画面に打ち込んだ言葉はこうだった。
「今年も変わらず、この席から見える景色」
指先で投稿ボタンを押す。その瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
言葉に意味を持たせすぎるつもりはなかった。ただ、誰かに向けたことだけは、はっきりしていた。
数分後、通知が鳴った。何件かの「いいね」がつく。クラスメイトからの反応。女子生徒たちからの「センスいい」「この窓ほんと好き」というコメント。
それらの中に、彼が待っている反応はない。けれど、ないことが逆に予感を連れてきた。
スマホを机に置き、しばらくじっとしていた凪の指が、ふたたび画面をなぞる。
結翔のアカウントを開いた。最終更新、五分前。
そこに投稿されていたのは、凪のものと同じように淡々とした一枚の風景写真と、短い言葉。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
その瞬間、凪はまぶたの裏で何かが熱くなるのを感じた。
それが怒りでもなく、哀しみでもなく、ましてや喜びでもないということだけは、わかっていた。
投稿は、返事だった。彼なりの、言葉のない会話。
でもそれは、返事であると同時に、拒絶にも近かった。まるで「ここからは一歩も進まない」という、結翔なりの防衛線のように思えた。
けれど、それでもいいと凪は思った。投稿を見てくれている。意味を受け取ってくれている。たったそれだけでも、心の奥で何かが満たされる。
一方その頃、別の場所でも同じ投稿を目にして興奮している者たちがいた。
星遥学園のLINEグループ──通称「観察班」のチャットが、ざわめきと共に動き出す。
「これ見た!?凪くんの投稿、やばない?」
心斎橋まゆが、スマホを握りしめながら打ち込む。
「ていうか秒で会長が返してるし、しかも返信文が『戦場』って」
御堂筋理々が淡々と返す。
「今年度も供給過多の予感。もう無理、尊死する」
「ていうか、この投稿間隔…五分。これはもう付き合ってるのでは?」
「逆に潔いね。これで“付き合ってない”って言われたら、世界観崩壊する」
ふたりの会話はどこか冷静で、どこか壊れそうなほど熱かった。
彼女たちは知っている。ふたりがリア垢で交わすこの“公開の私信”が、誰よりも本音に近いということを。
そしてその一方で、投稿をしたふたりは、そのことをまるで知らないかのように、また別の場所で、それぞれに静かな夜を過ごしている。
凪はスマホを伏せ、カーテンを開けた。
窓の向こうに、夜が降り始めていた。昼の喧騒はすでに消え、街灯の明かりがかすかに差していた。
その光の中に、今日一日を並走した誰かの存在を思い出す。
いつもの距離。いつもの声。いつもの沈黙。
けれど、そのすべてがもう“ただのいつも”ではないことに、彼自身も気づいていた。
それでも、きっと明日も何も変わらない顔で会うのだろう。
だからこそ、言葉はSNSにしか残せない。声にならない想いを、誰かの目に触れるかもしれない場所に置いておく。
まるで、誰かが気づいてくれるのを待っているように。
あるいは、気づいてほしくないふりをして、誰より気づかれたがっているように。
リア垢は、今日も恋を語る。
けれど、当のふたりは、その恋がまだ“始まっていない”ふりをしている。
それが今の、すべてだった。
春の風はまだ少し肌寒くて、吹き抜けるたびに首元をすくめたくなる。けれど空の色は優しく、雲は柔らかく千切れながら西へと流れていく。そんな風景を、神城凪は自室の机の前から眺めていた。
制服のまま、肘をついてスマホを手に持つ。その手には、今日一日の余韻がまだ残っていた。朝の始業式。体育館のざわめき。あの壇上で交わされなかった視線。そして放課後の、生徒会室での沈黙。すべてが頭の中で、何度も再生されている。
机の上には、生徒会の年間スケジュールが入った資料が広げられていた。隣には先ほど提出されたばかりの企画案。何か書き込むふりをして、実際にはほとんど手が動いていない。
スマホの画面に視線を戻し、凪はふと写真フォルダを開いた。そこに保存されていたのは、生徒会室の窓辺から撮った一枚の写真。ブラインド越しの光が差し込むその写真には、向かい側の椅子が半分だけ写っている。誰かが座っていたかのような、ただそれだけの構図。
「……」
凪は、写真を選び、キャプションを考えた。
いくつかの言葉が頭の中を巡る。「静けさ」「同じ風景」「目の前の存在」「変わらない場所」…どれも、嘘ではない。けれど真実をそのまま書く勇気はない。
最終的に、画面に打ち込んだ言葉はこうだった。
「今年も変わらず、この席から見える景色」
指先で投稿ボタンを押す。その瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
言葉に意味を持たせすぎるつもりはなかった。ただ、誰かに向けたことだけは、はっきりしていた。
数分後、通知が鳴った。何件かの「いいね」がつく。クラスメイトからの反応。女子生徒たちからの「センスいい」「この窓ほんと好き」というコメント。
それらの中に、彼が待っている反応はない。けれど、ないことが逆に予感を連れてきた。
スマホを机に置き、しばらくじっとしていた凪の指が、ふたたび画面をなぞる。
結翔のアカウントを開いた。最終更新、五分前。
そこに投稿されていたのは、凪のものと同じように淡々とした一枚の風景写真と、短い言葉。
「変わらない関係って、案外戦場かもしれないな」
その瞬間、凪はまぶたの裏で何かが熱くなるのを感じた。
それが怒りでもなく、哀しみでもなく、ましてや喜びでもないということだけは、わかっていた。
投稿は、返事だった。彼なりの、言葉のない会話。
でもそれは、返事であると同時に、拒絶にも近かった。まるで「ここからは一歩も進まない」という、結翔なりの防衛線のように思えた。
けれど、それでもいいと凪は思った。投稿を見てくれている。意味を受け取ってくれている。たったそれだけでも、心の奥で何かが満たされる。
一方その頃、別の場所でも同じ投稿を目にして興奮している者たちがいた。
星遥学園のLINEグループ──通称「観察班」のチャットが、ざわめきと共に動き出す。
「これ見た!?凪くんの投稿、やばない?」
心斎橋まゆが、スマホを握りしめながら打ち込む。
「ていうか秒で会長が返してるし、しかも返信文が『戦場』って」
御堂筋理々が淡々と返す。
「今年度も供給過多の予感。もう無理、尊死する」
「ていうか、この投稿間隔…五分。これはもう付き合ってるのでは?」
「逆に潔いね。これで“付き合ってない”って言われたら、世界観崩壊する」
ふたりの会話はどこか冷静で、どこか壊れそうなほど熱かった。
彼女たちは知っている。ふたりがリア垢で交わすこの“公開の私信”が、誰よりも本音に近いということを。
そしてその一方で、投稿をしたふたりは、そのことをまるで知らないかのように、また別の場所で、それぞれに静かな夜を過ごしている。
凪はスマホを伏せ、カーテンを開けた。
窓の向こうに、夜が降り始めていた。昼の喧騒はすでに消え、街灯の明かりがかすかに差していた。
その光の中に、今日一日を並走した誰かの存在を思い出す。
いつもの距離。いつもの声。いつもの沈黙。
けれど、そのすべてがもう“ただのいつも”ではないことに、彼自身も気づいていた。
それでも、きっと明日も何も変わらない顔で会うのだろう。
だからこそ、言葉はSNSにしか残せない。声にならない想いを、誰かの目に触れるかもしれない場所に置いておく。
まるで、誰かが気づいてくれるのを待っているように。
あるいは、気づいてほしくないふりをして、誰より気づかれたがっているように。
リア垢は、今日も恋を語る。
けれど、当のふたりは、その恋がまだ“始まっていない”ふりをしている。
それが今の、すべてだった。
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