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交わらない会話、満ちる沈黙
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夕暮れの光が、生徒会室の窓から斜めに差し込んでいた。
西陽に染まった部屋の中は、誰もいないはずなのに、どこか息苦しいほどの気配に満ちている。
資料整理を終えた凪は、一息つこうと手を止めた。背筋を伸ばし、そっと視線をあげる。
空気が、まだ張り詰めていた。
その理由は明白だった。
部屋の隅、窓辺のあたりに、結翔が立っていた。
その背中は、まっすぐに窓の外を向いている。肩幅の広いシルエット、整った制服の襟元。校舎の壁に映るその影が、ほんのわずかに揺れていた。
風がガラスを軽く揺らす。ブラインドが微かに鳴り、夕方の気温が静かに落ちていくのを感じる。
音は、それだけだった。
沈黙は、重いものではなかった。
ただ、言葉を選びすぎて何も口に出せなくなったような、そんな静けさだった。
結翔が何を見ているのか、凪にはわからない。
けれど、その背中から伝わってくる感情だけは、なぜかやけに明瞭だった。
孤独ではない。寂しさでもない。
だが、誰も近づいてほしくないという拒絶とも違った。
――何かを考えている顔だった。
それが、自分に関することかどうかを確認するのが怖かった。
だから、声をかけられなかった。
声をかけたら、何かが壊れそうだった。
その予感が、ずっと胸の奥に引っかかっていた。
凪は自分の目を机へ戻す。再びプリントに手を伸ばし、スケジュール表に目を走らせる。けれど、文字は意味を持たなかった。
目は追っているのに、内容がまったく入ってこない。
ペンを手に取る指も、どこかぎこちなく力が入っていた。
ふと、視界の隅に動きが映る。
結翔がゆっくりと、手をポケットに入れた。小さく息を吐くように肩が上下する。
凪は再び、視線を上げた。
窓の外には、校庭の桜の並木が夕陽に照らされて淡く揺れている。
誰もいないその景色のなかで、ただひとり、その背中だけが際立っていた。
結翔の肩越しに見える空は、橙色に滲んでいて、輪郭が曖昧だった。
凪はその背中に向かって、心の中で問いかける。
――なんで、何も言わないの。
けれど、自分もまた、同じように沈黙を選んでいた。
その矛盾が苦しかった。
言葉にすれば、何かが動いてしまう。
それが変化なのか、終わりなのか、始まりなのかもわからない。
けれど、黙っている限りは、少なくとも“何も失わない”という安心があった。
安心と不安が、等しく胸の奥で重なっている。
そんな感情の中に、凪はそっと沈んでいた。
結翔は、そのまま振り返らずにいた。
凪も、それ以上見つめ続けることができなかった。
静かに、ペン先を紙の上に落とす。
けれど筆跡は乱れ、字は薄く、意味のない記号のようにしか並ばなかった。
それでも、何かしていないと、気が変になりそうだった。
気配だけが、室内に満ちていた。
言葉ではない、何か。
視線でもない、もっと曖昧な感情。
たぶん、それが“空気”というものなのだと、凪は思った。
“空気”は、いつからかふたりの会話の代わりになっていた。
声をかけなくても、わかると思っていた。
何も言わなくても、通じると思っていた。
けれど、それは思い上がりなのかもしれない。
いつか、何も伝わらなくなる日が来るのだろうか。
そんな不安を胸の奥に抱きながら、それでも凪はその場を動かなかった。
結翔もまた、背中を向けたまま、じっとそこに立っていた。
どちらも言葉を交わさない。
なのに、どちらも相手の存在に縛られている。
互いの気配だけが、ずっと交差し続けている。
それはまるで、どこにも届かない言葉たちが、空気の中をさまよっているような時間だった。
沈黙は、空虚ではなかった。
むしろ、これ以上ないほどに満ちていた。
凪は、ようやく一文字だけ記入できた用紙をめくり、また次の紙へと手を伸ばす。
ページの端に夕陽が差し込み、そこだけがやけに明るかった。
結翔が何を考えていたのか。
なぜ何も言わなかったのか。
凪は、答えを求めなかった。
いや、求める勇気がなかった。
ただ、その沈黙に甘えていた。
けれど、ふたりの関係は、そう長くこのままではいられない。
沈黙が許される時間には、いつか終わりが来る。
それは、凪自身が一番わかっていた。
わかっていながら、踏み込めない。
それが、今のふたりだった。
交わらない会話のなかで、
交差し続ける感情だけが、少しずつ濃くなっていく。
そしてそれが、まだ恋ではないと信じていられる時間も、
きっとそう長くは続かないのだろうと、凪は微かに思い始めていた。
西陽に染まった部屋の中は、誰もいないはずなのに、どこか息苦しいほどの気配に満ちている。
資料整理を終えた凪は、一息つこうと手を止めた。背筋を伸ばし、そっと視線をあげる。
空気が、まだ張り詰めていた。
その理由は明白だった。
部屋の隅、窓辺のあたりに、結翔が立っていた。
その背中は、まっすぐに窓の外を向いている。肩幅の広いシルエット、整った制服の襟元。校舎の壁に映るその影が、ほんのわずかに揺れていた。
風がガラスを軽く揺らす。ブラインドが微かに鳴り、夕方の気温が静かに落ちていくのを感じる。
音は、それだけだった。
沈黙は、重いものではなかった。
ただ、言葉を選びすぎて何も口に出せなくなったような、そんな静けさだった。
結翔が何を見ているのか、凪にはわからない。
けれど、その背中から伝わってくる感情だけは、なぜかやけに明瞭だった。
孤独ではない。寂しさでもない。
だが、誰も近づいてほしくないという拒絶とも違った。
――何かを考えている顔だった。
それが、自分に関することかどうかを確認するのが怖かった。
だから、声をかけられなかった。
声をかけたら、何かが壊れそうだった。
その予感が、ずっと胸の奥に引っかかっていた。
凪は自分の目を机へ戻す。再びプリントに手を伸ばし、スケジュール表に目を走らせる。けれど、文字は意味を持たなかった。
目は追っているのに、内容がまったく入ってこない。
ペンを手に取る指も、どこかぎこちなく力が入っていた。
ふと、視界の隅に動きが映る。
結翔がゆっくりと、手をポケットに入れた。小さく息を吐くように肩が上下する。
凪は再び、視線を上げた。
窓の外には、校庭の桜の並木が夕陽に照らされて淡く揺れている。
誰もいないその景色のなかで、ただひとり、その背中だけが際立っていた。
結翔の肩越しに見える空は、橙色に滲んでいて、輪郭が曖昧だった。
凪はその背中に向かって、心の中で問いかける。
――なんで、何も言わないの。
けれど、自分もまた、同じように沈黙を選んでいた。
その矛盾が苦しかった。
言葉にすれば、何かが動いてしまう。
それが変化なのか、終わりなのか、始まりなのかもわからない。
けれど、黙っている限りは、少なくとも“何も失わない”という安心があった。
安心と不安が、等しく胸の奥で重なっている。
そんな感情の中に、凪はそっと沈んでいた。
結翔は、そのまま振り返らずにいた。
凪も、それ以上見つめ続けることができなかった。
静かに、ペン先を紙の上に落とす。
けれど筆跡は乱れ、字は薄く、意味のない記号のようにしか並ばなかった。
それでも、何かしていないと、気が変になりそうだった。
気配だけが、室内に満ちていた。
言葉ではない、何か。
視線でもない、もっと曖昧な感情。
たぶん、それが“空気”というものなのだと、凪は思った。
“空気”は、いつからかふたりの会話の代わりになっていた。
声をかけなくても、わかると思っていた。
何も言わなくても、通じると思っていた。
けれど、それは思い上がりなのかもしれない。
いつか、何も伝わらなくなる日が来るのだろうか。
そんな不安を胸の奥に抱きながら、それでも凪はその場を動かなかった。
結翔もまた、背中を向けたまま、じっとそこに立っていた。
どちらも言葉を交わさない。
なのに、どちらも相手の存在に縛られている。
互いの気配だけが、ずっと交差し続けている。
それはまるで、どこにも届かない言葉たちが、空気の中をさまよっているような時間だった。
沈黙は、空虚ではなかった。
むしろ、これ以上ないほどに満ちていた。
凪は、ようやく一文字だけ記入できた用紙をめくり、また次の紙へと手を伸ばす。
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結翔が何を考えていたのか。
なぜ何も言わなかったのか。
凪は、答えを求めなかった。
いや、求める勇気がなかった。
ただ、その沈黙に甘えていた。
けれど、ふたりの関係は、そう長くこのままではいられない。
沈黙が許される時間には、いつか終わりが来る。
それは、凪自身が一番わかっていた。
わかっていながら、踏み込めない。
それが、今のふたりだった。
交わらない会話のなかで、
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