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SNSは語る、沈黙の続きを
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部屋の中には、静かな夜が降りていた。
カーテンの隙間から見える空は、まだうっすらと茜色を残していて、昼の気配を名残惜しそうに引きずっている。机の上には生徒会の資料が広げられたままになっていたが、ページはもう一時間以上めくられていなかった。
神城凪はベッドに腰を下ろし、スマートフォンを片手に持ったまま、指先をじっと止めていた。
画面には、カメラロールの中から選んだ一枚の写真が開かれている。今日の放課後、生徒会室の窓から撮った夕暮れの風景。斜めに差し込んだ陽の光が、ブラインド越しに柔らかく室内に落ちている。窓の外の空は、朱に染まりかけた雲を抱えていた。
写真の右下の隅。ほんのわずかに写り込んでいるのは、制服の濃紺と、白いシャツ。
言われなければ誰も気づかないような、かすかな影。
それが誰のものか、凪にはわかっていた。
シャッターを切ったとき、結翔が窓際に立っていた。何も言わず、ただ外を見つめていた後ろ姿。声をかける勇気もなく、けれど視線を逸らすこともできなくて、代わりにスマホを持ってしまった。そのときに撮ったのが、この一枚だった。
いま見返してみても、なぜその写真を保存したのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、何かを記録しておきたかった。それが何だったのか、明確な言葉にはできなかった。
投稿画面を開く。
指が、キャプション欄の上でしばらく止まる。
何度か打ちかけては消して、ようやく一文が残った。
「言葉を交わさなくても、空気に名前をつけたくなる瞬間がある」
一瞬、迷った。
投稿するべきか、しないべきか。見た誰かがどう思うか。なぜ自分がそんなことを気にしているのかすら、はっきりとはわからなかった。
けれど、今この気持ちを残しておかなければ、明日にはもう忘れてしまいそうな気がした。
画面をタップする。
投稿されたその写真と短い言葉が、画面に表示されたとき、凪の胸の奥に何かがふっと落ちた。
それが重さだったのか、軽さだったのかは、わからなかった。
スマホを裏返しにして机の上に置き、部屋の明かりを消す。カーテンの隙間から、夜の風景が少しだけのぞいていた。
それでも凪は、画面をもう一度だけ見たくなって、手を伸ばす。
通知はすでにいくつか届いていた。数人のクラスメイトがいいねを押し、コメントをつけている。
「今日の空、綺麗だったよね」
「いつも写真のセンスいいな」
当たり障りのない反応。そこに求めていた何かは、なかった。
けれど、凪はそれでいいと思った。
本当に伝えたい相手が、見てくれていれば、それでいい。
誰にも気づかれないまま、ただひとりの人にだけ届けば、それで。
夜が深まっていくなか、彼はそっと目を閉じた。
それから数時間後、東の空がほんのわずかに白み始めた頃。まだ校舎は眠っている時間。SNSのタイムラインに、ひとつの投稿が流れた。
「黙っていても伝わるなんて、思い上がりかもしれないけど」
投稿された写真は、凪のそれとは違う角度から撮られていた。
同じ夕暮れの空。けれど視線は少し高く、窓の外に向かってまっすぐ伸びている。窓枠の端が切り取られた構図。手前に写っているのは、開けかけたブラインドのひとすじ。
その写真の中に、人の姿はなかった。
でもそこに、凪は自分の気配を見た気がした。
スマホを手にして、画面に表示されたその投稿を見つめながら、凪はしばらくのあいだ、まったく動けなかった。
文面のトーン。時間帯。写真の構図。
すべてが、昨日の自分の投稿に“答える”ように出来ていた。
けれど、はっきりとそれを示すものはどこにもなかった。
それがかえって、凪の心を強く揺らした。
明言されていないからこそ、余計に確信に近づいてしまう。
この投稿は、自分宛てだ。
それ以外に、考えようがなかった。
けれど、それを証明するものはなにひとつない。だからこそ、声をあげることもできない。
これは、ふたりだけの秘密のやりとりだ。明かされることのない、心の奥で交わされた会話。
凪はスマホを胸に当てて、静かに息を吐いた。
思い上がりだとしても、そうであってほしいと思ってしまった。
何も言わないあの人が、それでも何かを返してくれたという、その事実だけで、今夜は眠れる気がした。
言葉はなくても、空気が語る。
言葉よりも先に、感情が動いている。
ふたりの間に交わされる沈黙の続きを、SNSがそっと拾い上げていた。
それはまだ“恋”と呼ぶには遠く、でも決してゼロではない温度。
画面の中にだけ置かれた小さな本音が、今日もまた、確かにふたりの関係を進めていた。
カーテンの隙間から見える空は、まだうっすらと茜色を残していて、昼の気配を名残惜しそうに引きずっている。机の上には生徒会の資料が広げられたままになっていたが、ページはもう一時間以上めくられていなかった。
神城凪はベッドに腰を下ろし、スマートフォンを片手に持ったまま、指先をじっと止めていた。
画面には、カメラロールの中から選んだ一枚の写真が開かれている。今日の放課後、生徒会室の窓から撮った夕暮れの風景。斜めに差し込んだ陽の光が、ブラインド越しに柔らかく室内に落ちている。窓の外の空は、朱に染まりかけた雲を抱えていた。
写真の右下の隅。ほんのわずかに写り込んでいるのは、制服の濃紺と、白いシャツ。
言われなければ誰も気づかないような、かすかな影。
それが誰のものか、凪にはわかっていた。
シャッターを切ったとき、結翔が窓際に立っていた。何も言わず、ただ外を見つめていた後ろ姿。声をかける勇気もなく、けれど視線を逸らすこともできなくて、代わりにスマホを持ってしまった。そのときに撮ったのが、この一枚だった。
いま見返してみても、なぜその写真を保存したのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、何かを記録しておきたかった。それが何だったのか、明確な言葉にはできなかった。
投稿画面を開く。
指が、キャプション欄の上でしばらく止まる。
何度か打ちかけては消して、ようやく一文が残った。
「言葉を交わさなくても、空気に名前をつけたくなる瞬間がある」
一瞬、迷った。
投稿するべきか、しないべきか。見た誰かがどう思うか。なぜ自分がそんなことを気にしているのかすら、はっきりとはわからなかった。
けれど、今この気持ちを残しておかなければ、明日にはもう忘れてしまいそうな気がした。
画面をタップする。
投稿されたその写真と短い言葉が、画面に表示されたとき、凪の胸の奥に何かがふっと落ちた。
それが重さだったのか、軽さだったのかは、わからなかった。
スマホを裏返しにして机の上に置き、部屋の明かりを消す。カーテンの隙間から、夜の風景が少しだけのぞいていた。
それでも凪は、画面をもう一度だけ見たくなって、手を伸ばす。
通知はすでにいくつか届いていた。数人のクラスメイトがいいねを押し、コメントをつけている。
「今日の空、綺麗だったよね」
「いつも写真のセンスいいな」
当たり障りのない反応。そこに求めていた何かは、なかった。
けれど、凪はそれでいいと思った。
本当に伝えたい相手が、見てくれていれば、それでいい。
誰にも気づかれないまま、ただひとりの人にだけ届けば、それで。
夜が深まっていくなか、彼はそっと目を閉じた。
それから数時間後、東の空がほんのわずかに白み始めた頃。まだ校舎は眠っている時間。SNSのタイムラインに、ひとつの投稿が流れた。
「黙っていても伝わるなんて、思い上がりかもしれないけど」
投稿された写真は、凪のそれとは違う角度から撮られていた。
同じ夕暮れの空。けれど視線は少し高く、窓の外に向かってまっすぐ伸びている。窓枠の端が切り取られた構図。手前に写っているのは、開けかけたブラインドのひとすじ。
その写真の中に、人の姿はなかった。
でもそこに、凪は自分の気配を見た気がした。
スマホを手にして、画面に表示されたその投稿を見つめながら、凪はしばらくのあいだ、まったく動けなかった。
文面のトーン。時間帯。写真の構図。
すべてが、昨日の自分の投稿に“答える”ように出来ていた。
けれど、はっきりとそれを示すものはどこにもなかった。
それがかえって、凪の心を強く揺らした。
明言されていないからこそ、余計に確信に近づいてしまう。
この投稿は、自分宛てだ。
それ以外に、考えようがなかった。
けれど、それを証明するものはなにひとつない。だからこそ、声をあげることもできない。
これは、ふたりだけの秘密のやりとりだ。明かされることのない、心の奥で交わされた会話。
凪はスマホを胸に当てて、静かに息を吐いた。
思い上がりだとしても、そうであってほしいと思ってしまった。
何も言わないあの人が、それでも何かを返してくれたという、その事実だけで、今夜は眠れる気がした。
言葉はなくても、空気が語る。
言葉よりも先に、感情が動いている。
ふたりの間に交わされる沈黙の続きを、SNSがそっと拾い上げていた。
それはまだ“恋”と呼ぶには遠く、でも決してゼロではない温度。
画面の中にだけ置かれた小さな本音が、今日もまた、確かにふたりの関係を進めていた。
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