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特定班、供給に撃沈す
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教室に朝のざわめきが戻ってくるころ、2年A組の窓際の一角では、ひときわ異質な熱気が静かに立ち上っていた。
席に着くなり、心斎橋まゆは鞄からスマートフォンを取り出し、ロックを解除するや否や、画面をぐいと御堂筋理々に突き出した。
「ちょっと、見た!?昨日の凪くんのポスト、そして今朝の会長のやつ!!」
声のトーンはひそめていたが、興奮は隠しきれない。目は見開かれ、指先は小刻みに震えていた。
御堂筋は既にその話題を把握していたらしく、ため息交じりに落ち着いた動きでスマホを取り出した。
「もちろん確認済み。スクショも複数角度で保管済み。既に並べて比較もしてある」
そう言って御堂筋が提示したのは、ふたりのSNS投稿を上下に並べた画像。凪の投稿が上、結翔のが下。そのあいだに、赤い矢印と注釈が綿密に記されていた。
「まず、投稿時間。凪が19時12分、結翔が今朝6時31分。タイムラグは11時間19分。ちょうど“夜の返信”としてのテンポ感」
「写真は、ほぼ同じ場所から。でも構図が絶妙に“対”になってる!わざと角度ずらして撮ってるよね、これ!!」
「そこに注目したのは鋭い。さらに文章。『言葉を交わさなくても』に対して『黙っていても』、そして『空気に名前をつけたくなる』に対して『思い上がりかもしれないけど』。これは、間違いなく文脈の呼応」
「でしょ!?ね、ね、やばくない!?これ、もう完全に“匂わせ返信”じゃん!!」
まゆは興奮を抑えきれず、机に突っ伏しそうな勢いだった。頬は赤く、目尻は潤んでいる。
「しかも、凪くんの写真の隅っこに、結翔の制服の裾がちょっとだけ映ってたの、気づいた?あれもう確信犯だよ。本人は“写っちゃった”つもりでも、絶対わざとだよね」
「私の解析によると、写り込んでいるのは白シャツと制服の紺の色味。結翔以外の可能性は極めて低い。加えて、写真の時間帯は生徒会室の解放時間と一致。彼以外の人物が映る可能性はゼロに近い」
「ひえええ…やっぱり御堂筋さん、特定班の頭脳…尊敬する…」
「事実を積み重ねただけです。それよりも、この投稿の“社会的意味”を考えるべきでは」
御堂筋が眼鏡のフレームを押し上げる。まゆは、ごくりと喉を鳴らした。
「社会的意味…って?」
「すなわち、ここにきて彼らの関係性が“暗黙の共通認識”としてSNSに浮上しつつあるということ。フォロワーたちが投稿に“いいね”を押す、その速度と比率が、以前とは明らかに変化している」
「え、待って、つまり?」
「凪くんと結翔くんが“他人の目を意識して投稿している”可能性が高いということです。これはもう匂わせを超えて、“共有された秘密”のレベルに突入しつつある」
「やばいやばいやばい!じゃあ、これはもう…付き合ってる?いや、まだ…でも限りなくそれに近い“状態”では?」
「本人たちは否定するでしょう。でも、感情の蓄積と投稿の親密さからして、すでに“恋人未満”の関係性にあることは、ほぼ確定です」
まゆは机に突っ伏した。本当に突っ伏した。もはや興奮というより、幸福に酔っているとしか思えない。
「ありがとう、供給…ありがとう、尊い空気…」
御堂筋は静かにうなずきながら、さらに指を動かして次の資料を開いた。
「ちなみに、このふたりの投稿の変化を“恋愛進行チャート”で表すと、現時点で“共感を伴う相互認知フェーズ”に入っていると判断できます。言語化されていない感情の交換が成立しつつある」
「…それ、何語?」
「萌えの可視化です」
ふたりのやりとりは、教室の隅で静かに繰り広げられていた。周囲の生徒たちは、それをただのオタクトークだと見て見ぬふりをしているが、一部は薄々気づいていた。
このふたりの観察は、もはや趣味ではなく、使命になっていると。
そして、ふたりの観察が狂気じみてきているのと同時に、当の本人たちはというと――
前の方の席で、結翔は何気ない表情でノートを開き、凪は窓の外に視線を送っていた。
いつもの朝。何も語られない距離。
けれど、その静けさの裏には、確かに交わされた“沈黙の会話”があったことを、観察者たちは知っていた。
そして読者もまた、知っている。
ふたりが、まだ“恋人ではない”というだけで、もうすでに“恋”の中にいることを。
言葉にしないまま、視線と空気とSNSでだけ語られる恋が、そこに確かに育っているということを。
席に着くなり、心斎橋まゆは鞄からスマートフォンを取り出し、ロックを解除するや否や、画面をぐいと御堂筋理々に突き出した。
「ちょっと、見た!?昨日の凪くんのポスト、そして今朝の会長のやつ!!」
声のトーンはひそめていたが、興奮は隠しきれない。目は見開かれ、指先は小刻みに震えていた。
御堂筋は既にその話題を把握していたらしく、ため息交じりに落ち着いた動きでスマホを取り出した。
「もちろん確認済み。スクショも複数角度で保管済み。既に並べて比較もしてある」
そう言って御堂筋が提示したのは、ふたりのSNS投稿を上下に並べた画像。凪の投稿が上、結翔のが下。そのあいだに、赤い矢印と注釈が綿密に記されていた。
「まず、投稿時間。凪が19時12分、結翔が今朝6時31分。タイムラグは11時間19分。ちょうど“夜の返信”としてのテンポ感」
「写真は、ほぼ同じ場所から。でも構図が絶妙に“対”になってる!わざと角度ずらして撮ってるよね、これ!!」
「そこに注目したのは鋭い。さらに文章。『言葉を交わさなくても』に対して『黙っていても』、そして『空気に名前をつけたくなる』に対して『思い上がりかもしれないけど』。これは、間違いなく文脈の呼応」
「でしょ!?ね、ね、やばくない!?これ、もう完全に“匂わせ返信”じゃん!!」
まゆは興奮を抑えきれず、机に突っ伏しそうな勢いだった。頬は赤く、目尻は潤んでいる。
「しかも、凪くんの写真の隅っこに、結翔の制服の裾がちょっとだけ映ってたの、気づいた?あれもう確信犯だよ。本人は“写っちゃった”つもりでも、絶対わざとだよね」
「私の解析によると、写り込んでいるのは白シャツと制服の紺の色味。結翔以外の可能性は極めて低い。加えて、写真の時間帯は生徒会室の解放時間と一致。彼以外の人物が映る可能性はゼロに近い」
「ひえええ…やっぱり御堂筋さん、特定班の頭脳…尊敬する…」
「事実を積み重ねただけです。それよりも、この投稿の“社会的意味”を考えるべきでは」
御堂筋が眼鏡のフレームを押し上げる。まゆは、ごくりと喉を鳴らした。
「社会的意味…って?」
「すなわち、ここにきて彼らの関係性が“暗黙の共通認識”としてSNSに浮上しつつあるということ。フォロワーたちが投稿に“いいね”を押す、その速度と比率が、以前とは明らかに変化している」
「え、待って、つまり?」
「凪くんと結翔くんが“他人の目を意識して投稿している”可能性が高いということです。これはもう匂わせを超えて、“共有された秘密”のレベルに突入しつつある」
「やばいやばいやばい!じゃあ、これはもう…付き合ってる?いや、まだ…でも限りなくそれに近い“状態”では?」
「本人たちは否定するでしょう。でも、感情の蓄積と投稿の親密さからして、すでに“恋人未満”の関係性にあることは、ほぼ確定です」
まゆは机に突っ伏した。本当に突っ伏した。もはや興奮というより、幸福に酔っているとしか思えない。
「ありがとう、供給…ありがとう、尊い空気…」
御堂筋は静かにうなずきながら、さらに指を動かして次の資料を開いた。
「ちなみに、このふたりの投稿の変化を“恋愛進行チャート”で表すと、現時点で“共感を伴う相互認知フェーズ”に入っていると判断できます。言語化されていない感情の交換が成立しつつある」
「…それ、何語?」
「萌えの可視化です」
ふたりのやりとりは、教室の隅で静かに繰り広げられていた。周囲の生徒たちは、それをただのオタクトークだと見て見ぬふりをしているが、一部は薄々気づいていた。
このふたりの観察は、もはや趣味ではなく、使命になっていると。
そして、ふたりの観察が狂気じみてきているのと同時に、当の本人たちはというと――
前の方の席で、結翔は何気ない表情でノートを開き、凪は窓の外に視線を送っていた。
いつもの朝。何も語られない距離。
けれど、その静けさの裏には、確かに交わされた“沈黙の会話”があったことを、観察者たちは知っていた。
そして読者もまた、知っている。
ふたりが、まだ“恋人ではない”というだけで、もうすでに“恋”の中にいることを。
言葉にしないまま、視線と空気とSNSでだけ語られる恋が、そこに確かに育っているということを。
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