「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始

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不在に気づいたのは、自分の胸の音だった

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午後の仁和寺は、静けさと広さに満ちていた。  
杉の巨木に囲まれた参道、白砂の庭に据えられた石の配置、ゆるやかに鳴る風鈴の音。観光客の声も穏やかで、喧騒とは無縁の時間が流れていた。

修学旅行の班行動も、徐々に緩やかになっていた。写真を撮る者、絵馬を眺める者、庭園をゆっくり歩く者。数人単位で散らばって、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。

結翔は、境内の渡り廊下に立ち、ゆっくりと視線を巡らせていた。  
瓦屋根の影が足元に落ち、光と影が斜めに交錯している。  
彼の端整な横顔が、その中でやけに映えていた。  
切れ長の目元はふだんなら涼しげで、少しの動揺も表に出さない。  
けれど今、その眉間には浅い皺が寄っていた。

「神城……」

つぶやいたのは、誰にも聞かれていないことを前提とした独り言だった。  
班のメンバーは境内の東側に集中していて、互いの動向に無頓着だった。  
凪が「地図を確認してくる」と言って離れたのは、ほんの十五分前だったはず。  
そのときは、結翔自身も特に気に留めなかった。  
凪ならすぐに戻ってくると思っていたし、それが当然だと思っていた。

だが時間は、いつの間にか過ぎていた。  
陽の角度が変わり、境内の木々がつくる影のかたちが移り始めている。

結翔はスマートフォンを取り出し、凪の番号を呼び出す。  
通話のアイコンをタップし、耳にあてた。  
だが、返ってきたのは音ではなかった。

「おかけになった電話の電源は入っていないか……」

自動音声が告げるその内容に、彼の眉がさらに寄った。  
感情を読み取りづらいその表情に、しかし確かな違和感が滲み出ていた。

焦り。  
あるいは、それに似たもの。

もう一度、周囲を見渡す。  
苔庭を囲む回廊、白砂に足跡が残る参道、立ち止まって団子を頬張っている生徒たち。  
だが、その中に神城凪の姿はない。

「……どこに行ったんだ」

再び誰にも聞かれない声で、そうつぶやいた。  
そして、誰にも何も告げずに、その場を離れた。

静かに、確かに、歩き出す。  
靴音を立てないようにする癖が抜けず、最初は音もなく歩を進める。  
けれど、次第に、その速度は増していく。

庭園の石のあいだを抜け、拝観エリアの外縁を回る。  
結翔の動きに、目的はひとつしかなかった。  
神城凪を見つけること。

ふだんなら無駄な行動はしない男だった。  
状況を分析し、言葉を選び、距離を保ち、感情を抑える。  
だが今、その全てが薄れていた。

走ることで、気配が揺れる。  
黒髪が風をはらみ、顔にかかる。  
シャープな輪郭にかかる汗が、額からこめかみにかけて一筋、伝う。  
普段なら、彼の整った顔は完璧な静の造形だった。  
けれど、今そこには、明らかに動の色が浮かんでいる。

「どこだ……」

呼吸は早くなっていた。  
ただの班行動の乱れ、そう割り切れるはずだった。  
誰かに聞けば済む話だった。  
だが、それができなかった。

口に出したくなかった。  
“神城がいない”という言葉を他人の耳に届けたくなかった。  
その瞬間、それが現実になってしまうような気がした。

仁和寺の広さが、初めて自分の敵のように感じられた。  
いつもなら好んで選ぶはずの静寂が、いまは不安の増幅装置にしか思えなかった。

気づいていた。  
なぜこんなにも焦っているのか。  
自分の行動が、普段の自分とかけ離れていることも。

凪がいない。  
その事実だけで、呼吸のリズムが狂っていた。

彼がいつも隣にいること。  
そこに、どれだけ自分が慣れてしまっていたのか。  
それを、ようやく理解し始めていた。

そして、それを認めたくない自分が、どこかで必死に言い訳を並べようとしている。

ただの班の仲間だから。  
副会長だから。  
自分の管轄だから。  

だが、そのどれもが、いまの胸のざわつきに対して不自然なほど軽すぎた。

結翔は小走りで境内の奥へと入る。  
観光客の数が減り、植え込みの隙間から細い小径が続いている。

ふと、足が止まった。

鳥が一声、啼いた。  
風が葉を揺らす。  
空の音が一瞬だけ、静止したように思えた。

そのときだった。  
結翔の視線が、ひとつの影を捉える。

奥まった階段の上。  
木陰に、背中を丸めて座るシルエット。  
カーディガンの袖口と、見慣れたリュックのライン。

「……いた」

心の底から、声が漏れた。  
そして次の瞬間、彼の足は自然とその階段へ向かっていた。  
言葉よりも先に、動きが感情を語っていた。
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