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風景を掻き分けて、君を探していた
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境内の奥、参道を外れた静かな一角に、水掛不動尊の小さなお堂が佇んでいた。
観光の中心から離れたその場所は、驚くほど人が少なく、風の音と小さな水音だけが周囲を満たしていた。
境内の華やかさとは対照的に、ここにはおだやかな静けさがあった。
結翔がそこにたどり着いたとき、足音を忍ばせることも忘れていた。
息を切らせ、額に汗を浮かべながら、目の前の光景に立ち尽くす。
木陰にあるベンチ。
そこに、神城凪が座っていた。
背中を丸め、膝の上に腕を乗せ、手の中には何も持っていない。
顔を伏せているわけではなかったが、目線は一点を見つめていた。
その瞳の奥には、何も映っていないように見えた。
顔色は悪くない。
疲れているわけでもなさそうだった。
けれど、そこにあるのは“余裕”ではなく、“空白”だった。
何も考えていないようでいて、考えすぎたあとの脱力のような、そんな表情だった。
「……ここにいたのか」
結翔は言葉を投げかけた。
息がまだ整っていなかったが、それでも声はまっすぐに届いた。
凪が振り返る。
目を見開いたその瞬間、明らかに表情が揺れた。
警戒でも拒絶でもない。
かすかな安堵が浮かんだ――ほんの一瞬だけ。
その表情を見た途端、結翔の中で張り詰めていた何かが崩れた。
呼吸がようやく深くなり、言葉が次の形をとった。
「無事でよかった。でも……お前いなくなると、嫌なんだなって思った」
言ってから、思ったよりも本心に近いことを口にしてしまったと気づいた。
それは問いでもなければ、軽口でもない。
確かな感情がのった、明確な“告白未満の告白”だった。
凪は目を見開いたまま、動けなかった。
口がわずかに動く。
何かを言おうとした。
けれど、音にならない。
目線が揺れる。
まばたきが一拍、遅れる。
その一瞬の“遅れ”が、彼の戸惑いをすべて物語っていた。
頬に差し込む陽の光が柔らかく、凪の睫毛の影を長く落としていた。
その下で、瞳は静かに揺れていた。
驚きと、困惑と、そして――嬉しさの気配も、微かに含まれていた。
だが、それを言葉に変えるには、まだ心が追いついていなかった。
結翔の黒髪は、走ったせいで少し乱れていた。
前髪が額に張り付き、汗が一筋、こめかみを伝って落ちる。
けれど、その顔に浮かぶのは焦りではなく、
ただ一途に、凪を見つめる“守る”ような眼差しだった。
普段の彼とはまるで違っていた。
冷静で、計算高く、感情を表に出さない男が、いまは言葉より先に心を見せていた。
「班に戻るか?」
その一言が、今度は穏やかに続いた。
凪はうなずきかけて、ふと、視線を結翔から逸らした。
足元の地面を見つめ、両手の指先を軽く組んだ。
何かを飲み込むように、唇がごくわずかに動いた。
「……ごめん。電源、気づいたら切れてて」
その言葉は、状況の説明というより、気持ちの逃げ道だった。
言わなくてもいいことを、あえて言うことで、それ以上の言葉を回避しているようだった。
結翔はそれ以上、追及はしなかった。
何も責めることはなかった。
ただ、ゆっくりと凪の隣に腰を下ろした。
二人の間には、わずかな空間が残っていた。
だが、風が吹けばすぐに触れ合いそうな距離だった。
不動明王像の前にある井戸から、かすかに水が落ちる音が聞こえていた。
その水音が、互いの鼓動のように静かに響いていた。
ふたりとも、もう言葉を発さなかった。
けれど、確かに感情はそこにあった。
いなくなると、嫌だ。
ただ、それだけの一言が、ふたりのあいだに深く残った。
そしてそれは、今後もう決して忘れられない一言になった。
観光の中心から離れたその場所は、驚くほど人が少なく、風の音と小さな水音だけが周囲を満たしていた。
境内の華やかさとは対照的に、ここにはおだやかな静けさがあった。
結翔がそこにたどり着いたとき、足音を忍ばせることも忘れていた。
息を切らせ、額に汗を浮かべながら、目の前の光景に立ち尽くす。
木陰にあるベンチ。
そこに、神城凪が座っていた。
背中を丸め、膝の上に腕を乗せ、手の中には何も持っていない。
顔を伏せているわけではなかったが、目線は一点を見つめていた。
その瞳の奥には、何も映っていないように見えた。
顔色は悪くない。
疲れているわけでもなさそうだった。
けれど、そこにあるのは“余裕”ではなく、“空白”だった。
何も考えていないようでいて、考えすぎたあとの脱力のような、そんな表情だった。
「……ここにいたのか」
結翔は言葉を投げかけた。
息がまだ整っていなかったが、それでも声はまっすぐに届いた。
凪が振り返る。
目を見開いたその瞬間、明らかに表情が揺れた。
警戒でも拒絶でもない。
かすかな安堵が浮かんだ――ほんの一瞬だけ。
その表情を見た途端、結翔の中で張り詰めていた何かが崩れた。
呼吸がようやく深くなり、言葉が次の形をとった。
「無事でよかった。でも……お前いなくなると、嫌なんだなって思った」
言ってから、思ったよりも本心に近いことを口にしてしまったと気づいた。
それは問いでもなければ、軽口でもない。
確かな感情がのった、明確な“告白未満の告白”だった。
凪は目を見開いたまま、動けなかった。
口がわずかに動く。
何かを言おうとした。
けれど、音にならない。
目線が揺れる。
まばたきが一拍、遅れる。
その一瞬の“遅れ”が、彼の戸惑いをすべて物語っていた。
頬に差し込む陽の光が柔らかく、凪の睫毛の影を長く落としていた。
その下で、瞳は静かに揺れていた。
驚きと、困惑と、そして――嬉しさの気配も、微かに含まれていた。
だが、それを言葉に変えるには、まだ心が追いついていなかった。
結翔の黒髪は、走ったせいで少し乱れていた。
前髪が額に張り付き、汗が一筋、こめかみを伝って落ちる。
けれど、その顔に浮かぶのは焦りではなく、
ただ一途に、凪を見つめる“守る”ような眼差しだった。
普段の彼とはまるで違っていた。
冷静で、計算高く、感情を表に出さない男が、いまは言葉より先に心を見せていた。
「班に戻るか?」
その一言が、今度は穏やかに続いた。
凪はうなずきかけて、ふと、視線を結翔から逸らした。
足元の地面を見つめ、両手の指先を軽く組んだ。
何かを飲み込むように、唇がごくわずかに動いた。
「……ごめん。電源、気づいたら切れてて」
その言葉は、状況の説明というより、気持ちの逃げ道だった。
言わなくてもいいことを、あえて言うことで、それ以上の言葉を回避しているようだった。
結翔はそれ以上、追及はしなかった。
何も責めることはなかった。
ただ、ゆっくりと凪の隣に腰を下ろした。
二人の間には、わずかな空間が残っていた。
だが、風が吹けばすぐに触れ合いそうな距離だった。
不動明王像の前にある井戸から、かすかに水が落ちる音が聞こえていた。
その水音が、互いの鼓動のように静かに響いていた。
ふたりとも、もう言葉を発さなかった。
けれど、確かに感情はそこにあった。
いなくなると、嫌だ。
ただ、それだけの一言が、ふたりのあいだに深く残った。
そしてそれは、今後もう決して忘れられない一言になった。
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