「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始

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背中を向ける、ほんの少しの距離

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窓の向こうから、虫の声が細く続いていた。  
その音は途切れることなく流れ、凪の耳の奥で静かに揺れていた。  

寝返りを打ったのは、あの言葉を口にした数分後だった。  
隣で何も返ってこなかったことに、期待していたわけではない。  
それでも、ほんのわずかでも言葉があれば、それだけで何かが変わる気がしていた。  

けれど、結翔は何も言わなかった。  

凪は布団の中で背を向け、静かに瞼を閉じた。  
目を閉じたまま、意識的に呼吸を整える。  
けれど、まばたきの間隔は不規則で、眠気は微塵も訪れなかった。  

布団の内側はほんのり温かい。  
隣の結翔がそこにいることを、肌で感じられる距離だった。  
言葉も、視線も、手も交わさないけれど、その存在感だけが際立っていた。  

「言わなければよかったかもしれない」  

凪は心の中でつぶやいた。  
それは後悔ではなく、ただの確認のようなものだった。  
けれど、言わなかったら、この夜は“ただの夜”で終わってしまっただろう。  
それだけは、どうしても避けたかった。  

気づけば、左手が布団の端を強く握っていた。  
指先に力が入る。  
どうしてこんなに息苦しいのか、自分でもわからなかった。  

不器用に気持ちを出してしまったことに、少しだけ後悔しながら、  
その一方で、あれが本当の自分の声だったとも感じていた。  

“負けてもいい”なんて、自分らしくない。  
でも、それが本音だった。  
もう、この気持ちを勝ち負けの天秤にかけることが、どこか虚しくなっていた。

隣からは、微かな寝返りの音が聞こえた。  
結翔もまだ眠っていない。  
それだけは確信が持てた。  

凪は目を閉じたまま、呼吸の音だけに意識を向けた。  
ひとつひとつ、浅くて不安定な呼吸が重なっていく。  
眠るふりは、誰のためでもなかった。  
ただ、向き合う勇気が足りなかった。  

一方で、結翔は布団の中で天井を見つめていた。  
目は開いているが、焦点は合っていなかった。  
天井の木目がぼんやりと目の中で動いては、すぐにまた静止する。  

凪の言葉は、はっきりと胸に残っていた。  

「俺さ……たぶん、君に“負けてもいい”って、思いかけてる」  

それがどういう意味なのか、理解はできていた。  
けれど、すぐに返せなかった。  
言葉を返せば、その瞬間から何かが決定的に変わってしまう気がした。  
変える覚悟が、自分にはまだなかった。  

返したい言葉は、胸の中にあった。  
凪に何も思っていないわけじゃない。  
むしろ、ここ最近ずっとその存在が大きくなっていた。  

けれど、今の自分では、その“本音”を渡した途端、  
ふたりの関係がどこへ向かうか、想像がつかなかった。  

それが怖かった。  

結翔は、感情を整理するより先に、凪の感情を受け止めるべきだった。  
それができなかった自分に、静かな後悔がにじんだ。  

布団の中で目を閉じることもできず、ただ天井を見つめ続ける。  
背中越しに凪が眠っているふりをしているのを感じる。  
言葉のない時間が、かえってすべてを語っていた。  

彼の声が脳裏に反芻するたびに、  
喉の奥が熱を帯びるような感覚が広がっていく。  

結翔は目を閉じずに、心の中で静かに問いかけた。  

「負けていいって思わせたことを、どうして少しだけ嬉しいと思ってるんだろう」  

それは、認めてはいけない気持ちだった。  
この“恋は戦い”だと信じてきた自分にとって、  
相手を降参させることはゴールであるはずだった。  

けれど、“降伏されたこと”に心が揺れている。  
それは勝利ではなく、受け取る責任のように感じられた。  

ふたりの背中のあいだに、たった数十センチの距離があった。  
けれど、そこには複雑な感情の層が幾重にも積み重なっていた。  

もし、この夜に手を伸ばせたなら、  
何かは変わっていたかもしれない。  

けれどふたりは、互いに背を向けたまま、眠るふりを続けた。  
眠れないまま、朝が来るのをただ待っていた。  

それでも、誰かに負けることが怖くなくなる日が来るとすれば、  
それは今夜のような夜を、幾度も越えたあとかもしれないと思った。
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