【完結】元つく二人の珍道中!〜(元)魔王と聖女の全国行脚美食旅〜

白(しろ)

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第三章 東の国の大きなお風呂編

目覚めた先にいたもの

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「あれ、男だ」
「で、でも、ソイツ、聖女…っ! オレ、わかる…!」
「あはは、そんなの君に言われなくたってわかるんだよー。ぼくがさぁ、どんだけこの人のこと好きだと思ってんの? なあ。なあって」
「ひぎっ! ごめ、ごめんっ!」

 強制的に落とされた意識が少しだけ浮上する。けれど目は開かないし、働いているのは聴覚と僅かな感覚だけだ。水に垂らした油のように混濁する意識の中、自分がどこかに寝かされていることと、男の声と青年になりきらない少年の声と、鈍い音が聞こえる。
 気持ち悪い、すごく。胃のなかを引っ掻き回されているような酷い不快感に喉の奥から呻きが漏れた。

「あっ、もしかしてお目覚め?」

 軽くて薄情な声が聞こえる。ステラはこの声を知っている。

「確かさぁ、どっかの国の御伽噺にあったよねー。お姫様は王子様のキスで目覚めるーってやつ。ぼく王子でもなければ聖女も男だけど、まあいいよね」

 体が鉛のように重たくて指先一つ満足に動かせない。けれど男の手がステラの頬に触れた瞬間、全身が泡立つほどの嫌悪感が走ってステラは全身全霊で男の腕を払った。瞼を持ち上げて最初に見えたのは燻んだ赤髪。
 ああ、やっぱり。ステラはその男を睨んだ。

「……おはよぉ、聖女さま」

 ねっとりと蛇のように絡み付く声に表情が強張る。
 ステラは基本的に人を嫌うということがない。そもそも人に深く興味を持たないようにしていたからだ。けれどそんなステラでも唯一手放しでこいつだけは無理だと思う人間がいる。それが今目の前にいる男だった。

「……キース」

 ステラの声に男は笑った。顔は整っているはずなのに、歪に上がった口角がステラを見る目が、どうしても受け入れられない。
「覚えててくれたんだぁ。やっぱ愛? 愛かなぁ。ていうかやっぱ生きてたんだねぇ。ぼくは信じてたよー。聖女さまが死ぬはずないってさぁ。それなのに街の連中は救国の聖女だなんだ言ってさ、あなたを簡単に殺すんだ。あーーーー、気が狂いそうだったよ。あなたのこと死んだって信じてるやつ全員殺してやろうかと思った。でもさぁ、ぼくもう気づいちゃってるからさー」
「は、なして…!」

 ステラの体が動かないのをいいことにベッドに腰掛けたキースがステラの体を抱き起す。

「聖女さまはさ自分のせいで人が死ぬなんてぜーったいに嫌だもんね? でもさぁ、ぼく我慢したんだよー。すんごく我慢した。だからあれからだぁれも殺してないんだ。だからさ、だからさぁ。褒められたっていいと思うんだよ」

 じっとりとした熱が、声が、鼓膜から入り込んで全身に遅効性の毒のように回る。キースは初めて会った時からこうだ。こいつはステラに異常に執着している。何がどうして自分に執着するのかがわからなくて、ステラは当時から困惑していた。
 けれどだからこそステラは知っている。この男は、異常なんだと。

「……えらい、ですね。キース」

 声が震えたのは薬のせいか、それとも恐怖からかステラにもわからない。

「んふふ、うれしー。やっぱり好きだなぁ聖女さまのこと」

 キースの体は細いのにステラよりも遥かに力がある。今も体に力の入らないステラを軽々と支えて恍惚とした表情を浮かべている。

「あの時はさー、色々邪魔がいたから無理だったけどようやくぼくの努力が実を結んだ気がして嬉しいんだー」

 そのまま軽く抱き上げられてキースの膝の上に座らされる。顔の距離が先程の日じゃない程に近付いて、嫌悪感と急に背筋に冷や汗が伝った。細く開かれた目がステラをじっと見ている。まるで飢えた獣のような目で見てくる。この男は、ずっとこんな目でステラを見てくるのだ。

「……」
「んははは、そんなに怯えなくてもいいってぇ。ちょーっと、いや、だいぶ? トんじゃうくらい気持ちよくなるだけだからさーあ」

 キースの冷たい手がステラの頬に触れる。愛しいものを撫でるその仕草に脳が警鐘を鳴らす。嫌だと思うのに上手く声が出ず、体も動かない。心底楽しそうにしているキースの顔が、息が近付く。
 咄嗟に固く目を閉じるのと、部屋の入り口が蹴られたのは同じタイミングだった。

「おいキースなにやってんだ! もう始まってんだぞ!」
「……あ?」

 同一人物かと疑いたくなるようなノイズの掛かった声をこぼし、キースは扉の方を振り向いた。誰も入ってきてはいないが、外に誰かがいるのはわかる。キースはがしがしと苛ついたように髪を乱し、その乱雑さとは比べ物にならない丁寧さでステラを再びベッドへ寝かせた。

「ごめーん聖女さま、ちょっと行ってくるねぇ。でもすぐ戻るから、変なこと考えないでね」

 そう含めるように告げて、キースは部屋から出て行った。それに安堵の息を吐いたのも束の間、ステラの上に影が掛かる。

「おまえが、いるからっ!」

 振り上げられた鈍色の輝きにステラは目を見開いた。
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