【完結】星に焦がれて

白(しろ)

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第一章 僕の話

酒は飲んでも呑まれるな

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 それから間も無くして班長達と合流し、万全の体勢のもと寄生元となっている木を焼き払った。やはり完全に焼き尽くす前には最後の抵抗と言わんばかりに魔力による爆発を起こしていたが、規模はシリウスが倒れた時のものに比べたら随分と小さい。

 その後飛び散った魔物の殲滅も兼ねて半径数メートルを焼き払い、再び深い森の中に光が差す。前の時も思ったが、こうなって初めて今がまだ明るい時間だったんだなと思い出す。それでも以前と違うのは日が傾き始めているということだろうか。

 殲滅という大掛かりな作戦で広大な森をしらみ潰しに歩いていればどれだけ順調でも時間は経つ。時間の経過を感じて息を吐くと班長がぱんぱんと手を叩いた。

「さてー、国境付近まで任された区画はさらったけどこれ以上の魔物も宿木も特に無し。今度は森の入り口に向かって進んでいく訳だけど、みんな気を抜かないようにねー。にしてももう俺腹減ってしょうがなくてさあ、なんならシャワーも浴びたいしお酒も飲みたい。さっさと終わらせて帰りたいから、みんな残りもがんばろー。はい、えいえいおー」
「えいえいおー」
「……おー…?」
「あは、すんごい奇妙な顔しててウケる。スタクはこういうのもぜーんぶ未経験かぁ。いやはや、恐れ入るねえ」
「?」
「んーん、スタクは気にしなくて良いんだヨォ。番犬は怖いねえって話だからさー」
「はあ」
「ねえちょっとヤード、どうやったらこんなになるの」
「……あはは」
「わあすごい。目は口ほどに物を言うってやつだぁね」

 ヤードの肩を抱いて森の入り口へと歩き出した背中を見ていたら、残った先輩方が労うように僕の背中を叩いた。みんな同じような「お前大変だな」みたいな顔をしていて余計に意味がわからず首を傾げるが、いつまでもそうしている訳にもいかず僕の後を追う。

 その後も目立った異変は無く、道中発見した魔物を倒しながら進むと森を出る頃にはもう空が濃いオレンジ色に染まっていた。
 僕たちと同じように森から出て来る班、既に戻って来ている班、まだ中にいる班と様々だが概ね作戦は順調に進んでいるようだとそこに流れる空気で理解できた。

「……殲滅って言われてさー、普通にはいって返事したけど」

 班長がオレンジ色の空を見上げたままぽつぽつと話し出す。

「魔物って未だにどこから発生するのかもわかんないし、何をどうしたら殲滅なんだろうねー。まあ今日のとこは確実に殲滅出来たんだろうけど、あと二十日やそこらでまた新月でまた普通に魔物がどっかから発生して俺たちはまた駆り出される。あ、別にそれが嫌って訳じゃないよー? ただイタチごっこだなぁって思っただけだからさ」

 新月の度に殲滅作戦出るのかもって思ったらダルいよね。
 明るくも暗くもなく、抑揚もない平坦な声で語られる言葉は水みたいに流れていて、あまり実感が湧かない。けれど言っている意味は分かる。

 学園にいた頃、戦うのは主に生徒や教官だった。たまに魔物と戦うこともあったが、基本はずっと対人で技を磨いて来た。だからここネヴュラ領に来たとき、息をする様に当然に魔物の掃討を言い渡された時は少し怯えていた。命懸けの仕事なんだなと思ったからだ。

 その緊張感は今もあるけれど、始めの頃よりは薄らいでいる。
 慣れたのだろう、この環境に。

 学園にいた時では考えられない、繰り返される非日常に慣れたのだ。
 出所のわからないものを倒して、休んで、また倒しての繰り返し。終わりも見えなければ進展も望めないそんな環境を“ダルい”と言いたくなる気持ちはなんとなく分かるなと、空に浮かぶ白い月を見ながら思った。
 そしてきっとこれが僕の一生の日常になるのだろうなと、確信に近いそんな予感がした。


 ────


 殲滅作戦が終わって数日が経過した。
 あれから魔物が出たという報告は聞かないが僕たち兵士の仕事は魔物討伐だけではないから、日々それとなく忙しく過ごしている。最近は書類整理も落ち着いたこともあって朝も昼も訓練や領主の客人の警護、狩りのお供など様々なことをしている。

 それでも数日に一回はハイルデンさんから「手伝え」と相変わらずの酒焼けの声で命令されて書類の整理だったり部屋の片付けだったり、たまにヤードも交えて魔法談義をしたりしている。それなりに有意義な日々を過ごしていた。

 そして僕とシリウスは未だに班が分かれている。シリウスに至っては様々な班を転々としておりコミュニケーションの修行を隊長から課せられていて、今日も夜警に出る前肩を落としていた。
 それでも成長したところと言えば嫌な顔を人に見せなくなったことだろう。以前までのシリウスなら僕と離れているというだけで顔にも態度にもありありと「不満です」と出ていたが、ここ最近のシリウスはそうではない。

 なんならシリウスは根が明るく物怖じしない性格だからか、今ではすっかりどんな人物とも打ち解けていて以前まではどこか微妙に漂っていた“騎士団長の息子だから”という空気が無くなったような気さえする。
 つまり、シリウスのコミュニケーション能力には大幅な改善が見られていた。

「ふっふ、やっぱり僕の目に狂いはなかったんだ」
「はいそうですね」
「だろう? あいつは昔からやれば出来るやつなんだ。座学だって一回教えたら理解出来るクセに、大人しく座るのが無理だとか聞くよりやる方が早いだとか言っていっつも僕の手をわずらわせて」
「はい、はい、その通りです」
「だろう! シリウスは、シリウスはな、その、ええっと…」
「スタク、お願いだから俺の背中で寝ないで…!」
「ねてない!」

 いつもより視点が高い。足が揺れている。そして慣れない匂いがする。
 体温も上がっているし、呼吸が少し重たい。でも何故だか気分は良いし、目の前の景色が微妙にぼやけていてなんだか愉快だ。

「ふふふ、なんだか気分がいい」
「酔ってるんだよ」
「ぼくが?」
「スタクが。班長とハイルデンさんに飲まされたんだよ。覚えてないの?」
「んー…?」

 ふわふわと脳が浮かんでいるような状態で少し前の状態を思い出す。

「班長が仲良くなるには酒だって言い出して、そしたらそこにハイルデンさんも来てさ、もう俺が止める間もなくスタク飲んじゃったんだよ」

 パッ、と点滅するように思い出した光景。

『スタクちゃんのぉ! ちょっと良いとこ見てみたい! あそれ飲―んで飲んで飲んでのーんで飲んで飲んで!』

 喧しい手拍子と、喧しい合いの手、そして容赦無く注がれる酒。
 勢いと熱気に圧倒されてグラスを口につけ、液体が喉を通り過ぎたあとカッと熱くなったのを覚えている。

『よぉしいいぞスタクー! このままオレと飲み比べだ! 酒のみゃ大体そいつがどんな人間かわかんだよ。おらグラス出せぇ!』

 喧しい金髪が勝手にグラスに酒を注いだのも覚えているし、上司が注いだ酒なのだから飲まない訳にはいかないと、注がれる度に飲んでいたのも思い出した。

「…ああ、そうか、僕は酔っているのか」

 ほんのりと温かいのは誰かに運ばれているからか。つまり僕は酔い潰れたのか。

「く、ふふ、酒なんてはじめて飲んだ」
「そうなの?」
「ああ、シリウスが許してくれなかったんだ」

 何にも面白くなんてないのに勝手に表情が緩む。考えてから話すことを心掛けているのに、今は思ったことがそのまま口に出てしまう。いつもと違う、それが案外楽しい。

「飲むなら俺の前だけなんて言っていたけど、破ってしまったなぁ。明日あやまらないと」

 兵舎の廊下の景色が見慣れたものになっているのがなんとなくわかる。
 そろそろ部屋に着くのだろうか、こんなところまで面倒を見てもらって申し訳ないと思うのにその謝罪は口から出て来ず、気の抜けた意味のない笑い声がぽろぽろと出て来る。
 僕は笑い上戸なのか、これも初めて知った。

 がちゃりとドアが開いて馴染んだ匂いが鼻腔を掠めて顔を上げる。自分の匂いなんてわかりはしないけれど、シリウスの匂いはすぐにわかる。同じ国の出身なのに、シリウスの匂いはなんだか異国的ないい匂いがする。

「あっちのベッドにおろしてほしい」

 僕を背負ってくれている人は何も言わずにお願いした方へと運んでくれる。「下ろすよ」と優しげな声で聞かれて僕は頷いて、そのままベッドに寝転んだ。
 途端に強く香るシリウスの匂いにまた頬が緩むのを感じるが、ぼやけた視界の中で捉えた茶色に、僕はようやく誰がここまで運んでくれたのかを理解した。

「…ヤードだったのか。ありがとう運んでくれて」

 寝転んだままというのはなんとも失礼だが、もう起き上がれそうもない。
 窮屈なシャツのボタンを二つ外して、靴も適当に脱いで床に放る。夜警から帰ってきたシリウスが見たら驚きそうだが、それも構いはしない。たまにはこんなことがあったって良いに決まってる。

「…スタク」
「んー…?」
「……アルデバラン」
「あはは、珍しいな、シリウス以外が僕の名前を呼ぶの」
「好きだ」

 ベッドが軋んだ。

「お前が好きなんだ」
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