不肖ながら、お嬢様は渡しません

松本雀

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【アポロ視点】深淵の太陽──『影と野望の交差』

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──煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、目の前の世界が少しだけ明瞭になる気がする。

だが、その奥に隠れた真実や欲望は、簡単には掴めない。俺はいつだって、その曖昧な輪郭を楽しんでいる。

部屋に戻ると、俺は深く息を吐いて純白のコートを椅子の背に放った。

豪華な調度品が並ぶ室内は静かで、窓の外には静かな陽の光が広がっている。窓際で香りの強い煙草に火をつけ、その芳醇な煙を深く肺に満たすと、心が少しだけ落ち着きを取り戻した。

今日も長い一日だった。表の顔と裏の顔を使い分ける日々。金で準男爵の爵位を買った俺にとって、華やかな社交界と影に満ちた裏稼業を両立させることは日常茶飯事だ。赤銅色の髪を指先で軽く掻き上げながら、俺は窓ガラスに映る自分自身の姿をぼんやりと見つめた。

ノックの音が静かな部屋の空気を裂いた。

「入れ」

俺の声に導かれるようにして扉が開く。部屋の光に顔を照らされた手下の表情は、明らかに困惑していた。

「アポロ様、申し訳ございません。サロンにて伯爵令嬢ティタ様が、どうしてもアポロ様にお会いしたいと騒いでいらっしゃいまして……」

手下の申し訳なさそうな声に、俺は軽く眉を寄せて煙草を灰皿に置いた。

「やれやれ、またか……」

ティタはこのサロンの重要な顧客だ。手を焼くこともあるが、彼女を無碍に扱うわけにはいかない。俺は仕方なく立ち上がり、再びコートを羽織った。

廊下を歩きながら、俺は薄暗い灯りに照らされる壁の装飾品を横目で見た。豪奢な装飾は嫌いではないが、時にその虚飾さえも空虚に感じることがある。

サロンの扉を開けると、甘く香る酒と香水の混じり合った空気が一気に俺を包み込んだ。豪華なシャンデリアの光が、酔いつぶれたティタの姿を浮き彫りにしている。

「アポロ様……」

彼女はうわごとのように俺を呼ぶ。その姿は美しくも悲しく、俺の胸にわずかな痛みをもたらした。

「ティタ、また飲みすぎだぞ」

俺は優しく声をかけ、彼女を支えるようにソファに座らせた。その時、ティタはふらりと俺の胸に倒れ込み、小さく囁くように呟いた。

「サンゼールは私を女として見ていない……だから、クロードにわざと負けたのよ……」

俺は彼女の言葉を聞き流そうとしたが、彼女の唇からこぼれ落ちた次の言葉に、心が鋭く反応した。

「……まさか、男爵家の執事クロードが……アルケニア公爵家の元執事長だったなんて……」

その言葉を聞いた瞬間、俺の内側に静かな興奮が芽生えた。アルケニア公爵家。それは、俺たち平民が到底届かぬ高みを持つ名家の一つだ。その家の執事長を務めていた男が、今は男爵家に仕えているのか。

クロード。路地裏の木箱に座っていた、あの静かな男には初めから興味があった。気品がありながらどこか獰猛で、冷静そうに見えて激情型の性格をしている。謎が深まるほど俺の好奇心は増してゆく。

俺はティタの頭を静かに撫で、そっとソファに横たえた。彼女はもう意識を失う寸前だった。

「アポロ様、ごめんなさい……」

彼女の謝罪の言葉を穏やかに遮り、俺は小さく微笑んだ。

「気にするな、お前はただ休んでいればいい」

そう言いながらも俺の思考は、クロードという男に向かっていた。サロンの美男美女や取り巻きなど、いくらでも代わりはいる。だが、俺の隣で共に並び立てるような男はそうはいない。ウィルという男にも魅力を感じていたが、クロードという男はさらに興味を惹かれる存在だった。

再び煙草を取り出し、火をつける。その煙をゆっくりと吐き出しながら、俺は静かに微笑んだ。揺れる煙の向こうに、新たな可能性が浮かび上がっているようだった。

──クロード、そしてウィル。あの二人を手に入れたなら、俺の未来は大きく動き出す。

胸に広がる高揚感は、鮮明に未来を映し出していた。
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