60 / 91
罪と疑惑──『真実は静かに揺れる』
しおりを挟む
──真実というものはしばしば、私たちが望む時だけ、その姿を現してくれない。
ウィルの表情には、いつもの柔らかな余白が一切なかった。静かに目を伏せ、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「亞片は、たった一度でも使用すれば、心も体も支配される恐れがあります。幸福感と幻覚、それが一瞬で人を狂わせます。そしてその代償は、決して小さくはない。依存性は非常に強く、自力での回復はまず不可能です」
誰も言葉を返さなかった。空気は張り詰めて、まるで広間全体が息を詰めているようだった。
「発作、幻視、判断力の喪失……あれは、この世にあってはいけないものなんです」
その最後の一言が、ウィル自身の覚悟のように聞こえた。男爵様が堪らず声を上げる。
「そ、それほどの代物なのか……!そんなに危険なら、流通させた者への罰則も厳しいのだろうな?」
ウィルは悲しげな表情で頷き、苦しげに言葉を続けた。
「違法薬物の流通に関与した者は、法の下で死刑です。それだけの重罪です……アポロが、本当にそのような愚かなことをするなど、信じたくはありませんが……」
「何かの間違いではありませんの?」
その問いかけは、ティタ嬢の口から絞り出された。思い詰めたような声で、彼女はまるで自分に言い聞かせるように言った。
「だって、あの人がそんなこと……っ!違うはず……」
誰もすぐには答えられなかった。
だがバリガ氏が冷淡にその声を遮る。
「あんな無頼漢と縁が切れて、かえって幸運だったではありませんか。むしろ即座に死刑でも良いくらいですよ。王都の平和を乱す輩など、生かしておく価値はありません」
彼の言葉は厳しく、容赦のないものだった。
アポロの逮捕という事実に誰もが戸惑いを隠せずにいた。
ティタ嬢はその内容にひどく傷ついたようで、顔を伏せて唇を噛みしめている。伯爵は小さく眉をひそめ、静かな声で呟く。
「確かに彼は無頼漢でしたが、決して根っからの悪人ではないと思っていました……しかし、違法薬物とは……」
その言葉が、私の中の確信を静かに肯定する。
既に犯人の目星はついていた。
アポロではない。むしろ、あの男は自らを囮にして、この一連の流れを意図的に誘導していた節がある。もちろん確証はない。ただ、あの時の笑み、言葉、視線の先……一つ一つが計算されていた。
やがてバリガ氏が立ち上がり、淡々と告げる。
「では、私はこれで失礼します。今夜は、重要な役割を果たせたと思っております」
皆が静かに彼に挨拶を交わす中、ティタ嬢が震える指で彼のコートを持ち上げ、差し出す。
「……あら?」
その瞬間、彼女はふと疑問を口にした。
「バリガ様……失礼ですが、以前どこかでお会いしたことがありませんか?」
その言葉に広間が一瞬静まり返った。バリガ氏は一瞬だけ微かに眉を動かしたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべ、柔らかな口調で答えた。
「いいえ、ティタ嬢。恐らく気のせいでしょう。私はどこにでもいる、よくある顔ですから」
その笑顔は完璧だった。だが、あまりにも完璧すぎる。言葉の裏にある何かが、確かに私の胸をざらつかせた。
ティタ嬢もまた、納得していないような曖昧な微笑を浮かべてそのまま引き下がった。バリガ氏は軽く会釈をすると、再び穏やかな表情を作りながら邸を出て行った。
彼の背中を見送りながら、私は心の奥底で静かな確信を抱いた。
静かな広間の中で、何かが確かに動き始めている。それがどのような結果をもたらすのか、私はまだ知る由もなかったが、その謎を追うべき時が来ていることだけは理解していた。
疑問が深まるほど、真実は遠ざかってゆく。それでも私は進まなければならない。この闇の向こうにこそ、本当の答えが待っているのだから。
ウィルの表情には、いつもの柔らかな余白が一切なかった。静かに目を伏せ、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「亞片は、たった一度でも使用すれば、心も体も支配される恐れがあります。幸福感と幻覚、それが一瞬で人を狂わせます。そしてその代償は、決して小さくはない。依存性は非常に強く、自力での回復はまず不可能です」
誰も言葉を返さなかった。空気は張り詰めて、まるで広間全体が息を詰めているようだった。
「発作、幻視、判断力の喪失……あれは、この世にあってはいけないものなんです」
その最後の一言が、ウィル自身の覚悟のように聞こえた。男爵様が堪らず声を上げる。
「そ、それほどの代物なのか……!そんなに危険なら、流通させた者への罰則も厳しいのだろうな?」
ウィルは悲しげな表情で頷き、苦しげに言葉を続けた。
「違法薬物の流通に関与した者は、法の下で死刑です。それだけの重罪です……アポロが、本当にそのような愚かなことをするなど、信じたくはありませんが……」
「何かの間違いではありませんの?」
その問いかけは、ティタ嬢の口から絞り出された。思い詰めたような声で、彼女はまるで自分に言い聞かせるように言った。
「だって、あの人がそんなこと……っ!違うはず……」
誰もすぐには答えられなかった。
だがバリガ氏が冷淡にその声を遮る。
「あんな無頼漢と縁が切れて、かえって幸運だったではありませんか。むしろ即座に死刑でも良いくらいですよ。王都の平和を乱す輩など、生かしておく価値はありません」
彼の言葉は厳しく、容赦のないものだった。
アポロの逮捕という事実に誰もが戸惑いを隠せずにいた。
ティタ嬢はその内容にひどく傷ついたようで、顔を伏せて唇を噛みしめている。伯爵は小さく眉をひそめ、静かな声で呟く。
「確かに彼は無頼漢でしたが、決して根っからの悪人ではないと思っていました……しかし、違法薬物とは……」
その言葉が、私の中の確信を静かに肯定する。
既に犯人の目星はついていた。
アポロではない。むしろ、あの男は自らを囮にして、この一連の流れを意図的に誘導していた節がある。もちろん確証はない。ただ、あの時の笑み、言葉、視線の先……一つ一つが計算されていた。
やがてバリガ氏が立ち上がり、淡々と告げる。
「では、私はこれで失礼します。今夜は、重要な役割を果たせたと思っております」
皆が静かに彼に挨拶を交わす中、ティタ嬢が震える指で彼のコートを持ち上げ、差し出す。
「……あら?」
その瞬間、彼女はふと疑問を口にした。
「バリガ様……失礼ですが、以前どこかでお会いしたことがありませんか?」
その言葉に広間が一瞬静まり返った。バリガ氏は一瞬だけ微かに眉を動かしたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべ、柔らかな口調で答えた。
「いいえ、ティタ嬢。恐らく気のせいでしょう。私はどこにでもいる、よくある顔ですから」
その笑顔は完璧だった。だが、あまりにも完璧すぎる。言葉の裏にある何かが、確かに私の胸をざらつかせた。
ティタ嬢もまた、納得していないような曖昧な微笑を浮かべてそのまま引き下がった。バリガ氏は軽く会釈をすると、再び穏やかな表情を作りながら邸を出て行った。
彼の背中を見送りながら、私は心の奥底で静かな確信を抱いた。
静かな広間の中で、何かが確かに動き始めている。それがどのような結果をもたらすのか、私はまだ知る由もなかったが、その謎を追うべき時が来ていることだけは理解していた。
疑問が深まるほど、真実は遠ざかってゆく。それでも私は進まなければならない。この闇の向こうにこそ、本当の答えが待っているのだから。
10
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる