それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 総務部のオフィスに滑り込んだのは、業務開始二分前。遅刻はギリギリ免れたが、いつもなら二十分前には出社して、スマートに仕事を開始する私がなぜこんな目に遭っているのだと思うと、めちゃくちゃ悔しい。

 いつものように皆が集まり歓談をしている傍を、おはようと挨拶だけして素通りしデスクに座ると、なぜか美香、楓、エリカのトリオが寄ってきた。

「関口さん、服が昨日と同じだぁ。もしかして、お泊まりとかぁ?」
「きゃー! マジでお泊まりぃ?」

 どうにかならんのかね、この女子どもは。

 出社早々ツッコミが入るのかと、ため息を漏らす。普段の様子から、私の服装がどうだろうが、この子たちが興味なんぞ持つわけがないと高を括っていたが、どうやらそれは甘かったらしい。

「はい、お泊まりです」

 ホントにお泊まり? 真面目そうな顔して信じられなーい、と、予想どおりキャーキャーと囂しい。

「ね、ね、彼氏ってどんな人?」
「仕事はなにしてんの? 年収は? 格好良い? 背高い?」
「どこ泊まったの? ホテル? それとも彼氏の家?」

 彼女たちの頭の中では、お泊まりイコール彼氏と相場は決まっているわけだ。気楽でいいね。だがいまは長くなりそうなこの話に、付き合えるタイミングではない。
 ワクワクと好奇に輝く六つの瞳に見つめられる中、話を終わらせるべく、口を開いた。

「実家ですよ。急用があるって呼ばれて仕方なく」
「ええぇー、実家? なあんだー、つまんないのー」

 三人声をそろえて一様に残念がり、それぞれの席に戻っていく。だが、その顔にはっきり『やっぱりね』と書いてあるのはなんなのだ。

 自嘲気味にうっすら笑いを浮かべる。
 本当のことなんて、誰にも言えるわけがない。

 佳恵は週明け早々から関西方面へ出張、帰りは週末になるそうだ。これは、私にとって幸運といえる。
 なにしろ、あの女は勘が鋭い。もし今日、社内にいたら、間違いなくランチは一緒。そうなれば、絶対に何か気づかれる。容赦の無い詰問から逃れる術はないから、すべて吐かされること請け合いだ。


 総務のお仕事は、基本的に事務仕事だが、社内の雑事、たとえば業者を頼むほどではない修繕や力仕事、会議室やミーティングルームのお茶の準備と片付け、他部署の応援など、さまざまな仕事も含まれる。
 地下にある書類倉庫の管理もそのうちのひとつで、他部署の手が回らないときには、書類配達を請け負うこともある。

「美香ちゃんとエリカちゃん、資料倉庫からファイル持ってきてほしいんだけど、頼める?」
「えー? いまですかぁ? すみませーん、私たち今日当番なんで、もうミーティングルームの準備行かないとー」

 察しのいい女子三人は、逃げるようにパタパタと消えていった。
 いったいいつからミーティングルームの準備が当番制になったのだ。おやつのつまみ食い目的なのは明白なのに、まったく白々しい。

 そしていま、自席に残っているのは、江崎と私。
 江崎は嫌みな性格のくせに意外とできるヤツで、いつもかなりの量の仕事を抱えている。だから、まず間違いなく、お鉢が回ってくるのは私。

「田中先輩、私、行ってきます」

 先回りして立ち上がると、江崎が私をチラ見して、フンと鼻で笑うのが目の端に見えた。

「行ってくれる? 悪いわねー。でも、ちょっと多いから……ひとりで持てない量じゃないんだけど……」

 失敗。だから私ではなく、あの子たちに声をかけたのか。
 いまさら気づいても、後の祭り。

 田中先輩から必要ファイルの目録を受け取り内容を確認。確かに、ひとりで持ちきれないほどの量ではないと、資料倉庫へ向かう。

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