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§ それは、ホントに不可抗力で。
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で、どうしてこうなったのか、わからない。
ぴったりと重なった汗ばんだ背中と腕。うなじにかかる、規則正しい寝息。
私の後ろから手足を絡みつけて寝ている尊の左手薬指には、あのとき、二人で選んだプラチナの結婚指輪が光っている。
尊はいったい、どういうつもりなのだろう。
思いがけず音信不通となり、二度と会えないと思った相手と感動的な再会を果たした、と、いえばそれはそうなのだが、そのとたん、この当たり前のごとき夫ヅラ。
あれから、私たちの間には、三年もの月日が流れた。それも、文字通り、勝手に流れただけで、ふたりの間に積み上がったものはなにも無い。それなのにこの態度はなんなのだ。こいつは、私は、そんなに簡単に元の鞘に戻れるのか。いや、簡単だ。こいつは知らないが、少なくとも私は。
たった三日、たったの三日だ。正式であろうとなかろうと、あの日の誓いは、この手で掴む前に消えた夢。
連絡不能に陥ったあと、きれいさっぱり忘れたんじゃなかったのか。忘れておひとりさまの人生を謳歌すると決意した、あの日の自分はどこへ行った。
昨夜はその決着をつけるつもりだったのに。それなのに、それなのにどうして私は、こいつに絆されているんだ。
我ながら、呆れる。
「たった三日、されど三日か……」
「……ん?」
背中に張り付いている尊がもぞもぞと身動きをした。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「……いや……」
あらためてギュッと絡みつく力強い腕と足。暑い、重い、私は抱き枕じゃないぞ。
「起きなきゃ……」
「……ん、もう少し」
「起きて会社行かないと」
腕の力が少し緩んだ。
「……いま何時?」
知るか。
「時計どこ?」
ん……と呻き、尊が腕を伸ばして枕元を探っている。目の前に差し出された目覚まし時計の数字を目にしたとたん、バッチリと目が覚めた。
「わっ! ちょ……八時二十分?」
ここから家まで二十分強、大急ぎで身支度を整え出たところで、遅刻は免れない。
「まだ早い……まだ寝れる」
ひとの首筋に顔を埋めて色っぽい寝ぼけ声でボソボソとしゃべっている場合じゃないだろうが。
「ちょっと! 遅刻だよ? あなたは重役出勤でいいかも知れないけど、私はそうはいかないんだって!」
「……なんで? 一緒に行けばいいだろう?」
「ふ、ふざけないでよ! あんたなんかと一緒に会社行けるわけないでしょーが! とにかく! 起きるから離してっ!」
うっ、と、尊が唸った。必死でもがいているうちに、肘がどこかへ当たったらしいが、少しくらい痛い思いをさせたところで、罪の意識なんぞ感じることはまったくない。
やっとの思いでベッドから這い出ることに成功。床に散らばった衣類の中から自分のものだけをより分けてまとめていると、背中でクスクスと笑い声が聞こえる。
ムカつく。慌てている様が、そんなにおかしいか。
「シャワーぐらいしていけよ」
「うるさい! わかってる」
誰のせいでこうなった。きっとこいつはこれから二度寝するのだと思うと、腹が立つ。
「歩夢、エアコンの温度、一度下げといて」
「はぁ?」
その一言を残して寝返りを打ち、再び惰眠を貪ろうとしている尊の背中を睨みつけて閃く。
悪魔め。凍え死ぬがいい。
サイドテーブルにあったリモコンを手に取り、壁のエアコンに向けて、温度設定のボタンを乱暴に連打してやった。
ぴったりと重なった汗ばんだ背中と腕。うなじにかかる、規則正しい寝息。
私の後ろから手足を絡みつけて寝ている尊の左手薬指には、あのとき、二人で選んだプラチナの結婚指輪が光っている。
尊はいったい、どういうつもりなのだろう。
思いがけず音信不通となり、二度と会えないと思った相手と感動的な再会を果たした、と、いえばそれはそうなのだが、そのとたん、この当たり前のごとき夫ヅラ。
あれから、私たちの間には、三年もの月日が流れた。それも、文字通り、勝手に流れただけで、ふたりの間に積み上がったものはなにも無い。それなのにこの態度はなんなのだ。こいつは、私は、そんなに簡単に元の鞘に戻れるのか。いや、簡単だ。こいつは知らないが、少なくとも私は。
たった三日、たったの三日だ。正式であろうとなかろうと、あの日の誓いは、この手で掴む前に消えた夢。
連絡不能に陥ったあと、きれいさっぱり忘れたんじゃなかったのか。忘れておひとりさまの人生を謳歌すると決意した、あの日の自分はどこへ行った。
昨夜はその決着をつけるつもりだったのに。それなのに、それなのにどうして私は、こいつに絆されているんだ。
我ながら、呆れる。
「たった三日、されど三日か……」
「……ん?」
背中に張り付いている尊がもぞもぞと身動きをした。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「……いや……」
あらためてギュッと絡みつく力強い腕と足。暑い、重い、私は抱き枕じゃないぞ。
「起きなきゃ……」
「……ん、もう少し」
「起きて会社行かないと」
腕の力が少し緩んだ。
「……いま何時?」
知るか。
「時計どこ?」
ん……と呻き、尊が腕を伸ばして枕元を探っている。目の前に差し出された目覚まし時計の数字を目にしたとたん、バッチリと目が覚めた。
「わっ! ちょ……八時二十分?」
ここから家まで二十分強、大急ぎで身支度を整え出たところで、遅刻は免れない。
「まだ早い……まだ寝れる」
ひとの首筋に顔を埋めて色っぽい寝ぼけ声でボソボソとしゃべっている場合じゃないだろうが。
「ちょっと! 遅刻だよ? あなたは重役出勤でいいかも知れないけど、私はそうはいかないんだって!」
「……なんで? 一緒に行けばいいだろう?」
「ふ、ふざけないでよ! あんたなんかと一緒に会社行けるわけないでしょーが! とにかく! 起きるから離してっ!」
うっ、と、尊が唸った。必死でもがいているうちに、肘がどこかへ当たったらしいが、少しくらい痛い思いをさせたところで、罪の意識なんぞ感じることはまったくない。
やっとの思いでベッドから這い出ることに成功。床に散らばった衣類の中から自分のものだけをより分けてまとめていると、背中でクスクスと笑い声が聞こえる。
ムカつく。慌てている様が、そんなにおかしいか。
「シャワーぐらいしていけよ」
「うるさい! わかってる」
誰のせいでこうなった。きっとこいつはこれから二度寝するのだと思うと、腹が立つ。
「歩夢、エアコンの温度、一度下げといて」
「はぁ?」
その一言を残して寝返りを打ち、再び惰眠を貪ろうとしている尊の背中を睨みつけて閃く。
悪魔め。凍え死ぬがいい。
サイドテーブルにあったリモコンを手に取り、壁のエアコンに向けて、温度設定のボタンを乱暴に連打してやった。
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