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§ 露顕
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好奇心旺盛な小夜が、思いがけない獲物である松本亮を逃すはずもなく。
「せっかくだから、少し寄っていきませんか? お茶淹れますから」
「いやでも、もう遅いから」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。ご近所さんなんだし、ね?」
主導権はいつでも、小夜にある。私にできるのはご迷惑でなければ、と、苦笑するだけだ。
部屋に入ると、小夜は早速キッチンでお茶の支度を始め、手持ち無沙汰な私はただ、興味深そうに部屋を眺める亮の傍に突っ立っているだけ。
自分の豪奢な部屋と比べているのか、それとも女性の独り暮らしが珍しいのか。自分の内面を探られているようでどうにも落ち着かない。
整然と飾り気のない埃ひとつもないこの部屋は、女の子らしい生活感がなくて嫌だと、小夜にいつも文句を言われる。けれども、掃除だけはマメにしていてよかった、と、このときばかりは思った。
「お茶が入りましたよ」
主婦か!
いつのまに揃えたのだろう。こんなにかわいいティーセットが我が家に存在することを私は知らない。
小夜が、ティーカップを並べたお盆をテーブルに置き、ソファーを亮に勧める。あんたはそっちよ、と、強引に私を隣に座らせ、自分は向かい側のスツールへ腰を下ろした。
こちらの様子を窺う小夜の笑顔が恐い。訊きたいことは山ほどある。と、顔に書いてある。
「私たち、ご近所さんだったなんて、凄い偶然ですね、びっくりしました」
あんたの家は、二駅先だろう、と、心の中で毒づく。
「そうだね。俺も、こんなに近くだなんて、知らなかったよ」
隠していてすみません。知られたくなかったんです。なんて本音は言えないし。
「松本さんのお宅は、どの辺りなんですか?」
「すぐ近くだよ。さっき、家の前を通ったでしょう?」
「え? そうなんですか?」
到着したマンションの前で、建物を見上げるもの言いたげな、あの横顔ときたら。
亮の意味深な微笑みが、恐ろしい。小夜もそうだ。一見和やかに微笑んでいるようでその実、まったく笑っていないのがわかる。
「松本さんは、どんなお仕事をなさってるんですか?」
世間話の振りをした、小夜の身上調査がついに始まった。
「俺? 俺は、開発系のサラリーマンだよ」
「へぇ、そうなんだ? 私はデザイナーなんです。あれ? もしかして、同じ業界の人だったりします?」
同じ業界もなにも……一緒に仕事をさせていただいておりますが。
「青木さんも開発系? じゃあ、俺たちと一緒だね。俺と瑞稀は今、一緒に仕事をしているんだよ」
予想どおりの展開になった。
一瞬、小夜の目が、驚きで丸くなったその次にはもう、私を睨みつけている。
「瑞稀? 私、それ聞いてないんだけど?」
「うぅ……ごめん」
お許しください。後ほど洗い浚いお話しします。祈るような気持ちで小夜に手を合わせた。
「瑞稀と青木さんは、同じ会社なの?」
心頭を滅却すれば火もまた涼し。平常心だ、平常心。堪えろ自分。
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。ウチのチーフデザイナーの青木です。小夜、こちらは、プロジェクトリーダーの松本さん」
やはり無理だ。とてもじゃないが、居た堪れない。
「お宅のチーフデザイナー? じゃあ、あのデザインは、青木さんのなんだね? そうだったのかぁ。あのデザイン、凄くいいってクライアントが褒めていたよ」
「そうなんですか? えー、嬉しいな。ありがとうございます。って、み、ず、きぃ?」
「ひっ!」
思わず身を竦めた。小夜に睨まれるのは、たとえ冗談でも恐ろしい。
「こんなに大事なこと隠してるなんて信じられない! 私は親友だと思ってたのに……どうやらあんたは違ったみたいね?」
「……小夜……」
「まあ、この件についてはあとでたっぷりと締め上げるから覚悟しといてもらうとして。それよりも……瑞稀、これって、すっごい偶然よね? まるでドラマみたい! 松本さんも、びっくりしたんじゃないですか?」
さすがは親友。あとがどうなるかは別として、この場は、流してくれるらしい。
「そうだね。俺も顔合わせの日に会議室で瑞稀を見つけたときは、正直、驚いた」
お洒落なカフェバーで出会った男と女。その後の衝動的な密事。たった一晩限りの関係だったはずが、職場で偶然の再会を果たし、さらにごく近所に住んでいた。
ここから先は、まるで小説かテレビドラマのような、小夜好みのロマンチックなラブストーリーが展開されるはず。
だがその実態は、そんな美しいものではなく、ふたりの間に交わされた契約、『賭け』なのだ。
「せっかくだから、少し寄っていきませんか? お茶淹れますから」
「いやでも、もう遅いから」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。ご近所さんなんだし、ね?」
主導権はいつでも、小夜にある。私にできるのはご迷惑でなければ、と、苦笑するだけだ。
部屋に入ると、小夜は早速キッチンでお茶の支度を始め、手持ち無沙汰な私はただ、興味深そうに部屋を眺める亮の傍に突っ立っているだけ。
自分の豪奢な部屋と比べているのか、それとも女性の独り暮らしが珍しいのか。自分の内面を探られているようでどうにも落ち着かない。
整然と飾り気のない埃ひとつもないこの部屋は、女の子らしい生活感がなくて嫌だと、小夜にいつも文句を言われる。けれども、掃除だけはマメにしていてよかった、と、このときばかりは思った。
「お茶が入りましたよ」
主婦か!
いつのまに揃えたのだろう。こんなにかわいいティーセットが我が家に存在することを私は知らない。
小夜が、ティーカップを並べたお盆をテーブルに置き、ソファーを亮に勧める。あんたはそっちよ、と、強引に私を隣に座らせ、自分は向かい側のスツールへ腰を下ろした。
こちらの様子を窺う小夜の笑顔が恐い。訊きたいことは山ほどある。と、顔に書いてある。
「私たち、ご近所さんだったなんて、凄い偶然ですね、びっくりしました」
あんたの家は、二駅先だろう、と、心の中で毒づく。
「そうだね。俺も、こんなに近くだなんて、知らなかったよ」
隠していてすみません。知られたくなかったんです。なんて本音は言えないし。
「松本さんのお宅は、どの辺りなんですか?」
「すぐ近くだよ。さっき、家の前を通ったでしょう?」
「え? そうなんですか?」
到着したマンションの前で、建物を見上げるもの言いたげな、あの横顔ときたら。
亮の意味深な微笑みが、恐ろしい。小夜もそうだ。一見和やかに微笑んでいるようでその実、まったく笑っていないのがわかる。
「松本さんは、どんなお仕事をなさってるんですか?」
世間話の振りをした、小夜の身上調査がついに始まった。
「俺? 俺は、開発系のサラリーマンだよ」
「へぇ、そうなんだ? 私はデザイナーなんです。あれ? もしかして、同じ業界の人だったりします?」
同じ業界もなにも……一緒に仕事をさせていただいておりますが。
「青木さんも開発系? じゃあ、俺たちと一緒だね。俺と瑞稀は今、一緒に仕事をしているんだよ」
予想どおりの展開になった。
一瞬、小夜の目が、驚きで丸くなったその次にはもう、私を睨みつけている。
「瑞稀? 私、それ聞いてないんだけど?」
「うぅ……ごめん」
お許しください。後ほど洗い浚いお話しします。祈るような気持ちで小夜に手を合わせた。
「瑞稀と青木さんは、同じ会社なの?」
心頭を滅却すれば火もまた涼し。平常心だ、平常心。堪えろ自分。
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。ウチのチーフデザイナーの青木です。小夜、こちらは、プロジェクトリーダーの松本さん」
やはり無理だ。とてもじゃないが、居た堪れない。
「お宅のチーフデザイナー? じゃあ、あのデザインは、青木さんのなんだね? そうだったのかぁ。あのデザイン、凄くいいってクライアントが褒めていたよ」
「そうなんですか? えー、嬉しいな。ありがとうございます。って、み、ず、きぃ?」
「ひっ!」
思わず身を竦めた。小夜に睨まれるのは、たとえ冗談でも恐ろしい。
「こんなに大事なこと隠してるなんて信じられない! 私は親友だと思ってたのに……どうやらあんたは違ったみたいね?」
「……小夜……」
「まあ、この件についてはあとでたっぷりと締め上げるから覚悟しといてもらうとして。それよりも……瑞稀、これって、すっごい偶然よね? まるでドラマみたい! 松本さんも、びっくりしたんじゃないですか?」
さすがは親友。あとがどうなるかは別として、この場は、流してくれるらしい。
「そうだね。俺も顔合わせの日に会議室で瑞稀を見つけたときは、正直、驚いた」
お洒落なカフェバーで出会った男と女。その後の衝動的な密事。たった一晩限りの関係だったはずが、職場で偶然の再会を果たし、さらにごく近所に住んでいた。
ここから先は、まるで小説かテレビドラマのような、小夜好みのロマンチックなラブストーリーが展開されるはず。
だがその実態は、そんな美しいものではなく、ふたりの間に交わされた契約、『賭け』なのだ。
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