君と暮らす事になる365日

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そんな英国の伝統なんて知らないぞ、と思ったが、紅茶を飲めるのはありがたい。それも誰かに用意してもらえるなら最高だ。

「だから男は先に起きて、女性に紅茶を淹れてあげるものなのさ。……前の家でも彼女に用意してたんだけどね」

そこでしょぼくれるな、と依里は少しうなだれた、幼馴染の頭を乱暴にかき回した。

「元気出せ、それに浮気相手継続しなくてよかっただろ」

「うん。浮気相手って嫌だよね、本命彼氏に申し訳なくなるし」

「だから遠くに来たんだろ」

「ヨリちゃんの所にね」

そこで顔が明るくなる。この前向きな思考回路は見習いたいものがあった。
依里はティーバッグをマグカップから引き上げて、上に乗せていた小皿の上に乗せた。
そしてそっと口をつける。

「……同じティーバッグなのに味が違う」

「ヨリちゃんカップ先に温めないでしょ」

「……温めない」

「こう寒いと、カップの温度でお湯の温度が下がっちゃうからね、味がちょっと変わる」

「それだけ?」

「今日はそれだけかな」

「今日は?」

「ほら、おれの仕事先は紅茶もおいしいのを出さなくちゃいけないから、色々ルールあるけど、今日は引っ越しだから、段ボールから物を出しちゃいけないでしょう、だからコツはそれだけ」

「お前の食い物に対する知識だけは一級品」

「そりゃあそれがお仕事だもの」

褒められた、とにぱっと笑った幼馴染は、自分もなみなみとマグカップに紅茶を注いで飲んでいる。
表面積ぎりぎりまで入れていたな、となんとなく依里は察した。



エピソード 引っ越し先では
さて、引っ越し業者がやってきて、いよいよ引っ越しである。
彼等は手慣れた、連携された動きで家財道具を運び出していく。
引っ越し業者はいつ見てもすごいな、と依里は感心しつつ、一切合切を運び出してもらい、最後にワイパーで部屋中を拭き上げ、部屋の中を空っぽにした。

「二人暮らしにしては物が少ないですね」

そんな事を言う引っ越し業者の人に、プライベートな事を話す理由もない。依里はあいまいに笑って誤魔化し、いつの間にかどこかに行ってしまった幼馴染に、連絡するべきか考えた。
引っ越し先の住所を知っているのは自分である。いくら晴美であっても、引っ越し先の住所まではわからないのではないだろうか。
そう思った時だ。

「ああよかった間に合った」

ひょいと通路に現れたのは晴美である。

「どこ行ってたんだよ」

荷物を運び出す時に手伝っていたと思ったら、どこかに行ってしまった幼馴染である。

「いやあ、本店から連絡が入っちゃって。そっちの対応しなくちゃいけなくなって、電話してたんだ」

「二号店で働くのに?」

「林君が半べそで電話してくるから、慰めてた」

そんな物なのだろうか。晴美にそんなに頼っていた本店が、ちゃんと回るのだろうか。
疑問はいくつかあった物の、相手の仕事先に対して深く追求してもな、と思い直し、彼女はバッグ片手にこう言った。

「早く引っ越し先に行くぞ、三駅先だから」

「あれ、三駅先だったら、県越えちゃわない?」

「ぎりぎり越えないから」

「よかったあ、県跨いだら、彼氏さんとの約束破っちゃうところだった」

「それに越えない方が家賃が安いし、広い」

「だよねえ」

彼等は引っ越し業者が出て行くのを見送ってすぐさま、駅に向かった。

「ヨリちゃん走ってる!」

走りながら晴美が言う。それに対して依里は息を切らしながら答える。

「当たり前だろ、三駅先なんて車じゃあっという間だからな!?」

「それならおれに住所教えて、先に向かわせておけばよかったんじゃないのかなあ!?」

「お前が知らない住所に、まっすぐ向かえるわけがないと知っているからな!? 中学校行くのに、猫を追いかけて反対の通りに向かった過去を忘れたのか!」

「だって猫ちゃんふわふわだったんだ」

「そう言うところだよ!」

そんな会話をしながらも、駅にやってきた電車に滑り込む事に成功し、依里は息を整えた。
だが同じ速度で走っていたはずの晴美は、息一つ切らしていない。

「この馬鹿体力野郎」

「料理人は体力勝負なの!」

胸を張る事じゃないだろ、と思いながらも、依里は少しばかり相手がうらやましくなった。
そして電車で三駅が瞬く間に過ぎていき、少し間延びした放送が到着した事を知らせてきたため、依里は下りた。むろん晴美もそれに続く。

「……ええと」

そこで依里は引っ越し先の住所を登録した、地図アプリを起動させた。

「住所忘れたの?」

「少し奥まった場所なんだ」

「防音はばっちり?」

「痛い目を見たからそこはこだわった。そうしたら、広めの、二部屋ある物件になってしまったんだ。おかげで晴美が転がり込んできても、問題なくなったけど」

「じゃあおれは前の隣人に感謝しなくっちゃねえ、おかげでヨリちゃんの所で暮らせるんだから」

「感謝するな、何か月眠れないで、私が苛々してたと思ってる」

「ごめんよ」

そんな事を言いつつ、地図アプリに従って目的地に向かう。駅から十分もかからない場所だ。それでいて、防音がしっかりしているのはなかなかいい物件である。

「駅近物件って素敵」

晴美がうっとりした声で言うものだから、依里は真顔で同意した。

「今まで通勤にかなり時間取られてたからな。駅が近いってだけでもうれしい」

到着した物件では、まだ引っ越し業者が来ていなかったため、依里は階段を上がった。

「階段なんだ」

「階段だから賃料が安い」

「エレベーターあると管理費上がるもんね」

階段を五回も上がるとあっという間に最上階だ。依里は最上階を選んでいたため、そこに到着する。

「わあすてき、角部屋だ」

「ちょうど前の人が引っ越して直ぐだったらしくって空いたんだ、運が良かったと思ってる」

「ヨリちゃん変な所でいつも運がいいもんね」

言いつつ鍵を開け、中に入る。中に入った依里は、すぐさま家中の窓を開け放ち、換気を始めた。
そして鞄の中に突っ込んだ、折りたためるワイパーで、全ての部屋の床を一度拭いた。その間に晴美は、あちこちの設備を確認している。

「キッチンが独立してる」

「別にそんな凝った料理もしないから、キッチンこだわらなかったんだけどな。部屋が大きい分キッチンも大きくなった。不動産によれば、キッチンが大きい小さな部屋ってあまりないらしい」

「広いキッチンっていいねえ、あ、ガスコンロ設置型だ」

「掃除が楽だな」

「わあい」

何をそんなにはしゃぐのだ、と思いながらも、キッチンという物が好きなのは、料理人だからだろう。
うきうきしている晴美をちらっと見つつ、依里は掃除を終え、腕時計を確認した。
そろそろ引っ越し業者が来るのではないだろうか。
そんな事を思っていた時、スマホが震え、電話に出ると思った通り引っ越し業者である。

「……はい、はい、わかりました」

電話の中身は、後十分もすれば到着する、という中身だった。

「晴美、後十分で荷物来るからな」

「うん」

言いつつ晴美は、何やらスマホで確認を始めていた。

「何してんの」

「一番近いスーパーの検索とチラシの確認」

「そこ?」

「そこ。だってご飯を食べない一日なんて、存在しないでしょ」

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