君と暮らす事になる365日

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「はあ……」

「この辺で外食探してもいいけど、明日の朝だってご飯食べるんだから、食料品確保しなくちゃいけないじゃない」

「食べ物に関してはしっかりしてんな」

「食べるって大事な事だからね」

胸を張る場面じゃない筈なのに、あまりにもえらいだろ、と言わんばかりに胸を張られて、依里は苦笑した。
そして引っ越し業者がやってきた時、さっそく晴美はやらかした。

「そうそこ、冷蔵庫はそこ、ラックはそこ」

「おい、家財道具は全部私の物だろうが、何してんの」

「引っ越し業者さんに配置してもらってんの」

「何おまえが決めてんだよ……」

呆れた顔をした依里に、何がいけないの、と言いたげに晴美は目を瞬かせた。

「だってキッチンはおれの城だよ?」

「家主私だからな?」

「え、家賃折半だからおれも家主でしょ?」

「は?」

「え?」

依里と晴美は顔を見合せた。そして依里は、必要書類の話はしたけれども、同居条件をこの男に掲示していなかった事を、今更思い出したわけである。
そして同居条件を、ほとんど考えていなかった事まで思い出したのだ。
何やってんだよ、と自分に突っ込んだ依里であるものの、大鷺晴美という男は、家賃折半は当たり前だと思っていたらしい。そこは、えらいというべきだろうか……
そんな事を少し考えた依里だが、彼女が考えている間に、晴美がキッチンの物の配置を指定し始めたため、もうあきらめた。
多少使いにくかったとしても、慣れでそのうち不便と感じにくくなる、と経験から彼女は知っていたのである。
キッチンはそんな風にひと悶着に似たものが起きたが、その他はおおむね速やかに進んだ。
というのも、晴美が他の場所に関してはまったく頓着しなかったからだ。
バルコニーはそこそこ広く、角部屋であるからそこまで物音を気にしなくて構わない。
そして荷物と言えば、大鷺晴美の荷物は大きなスーツケース一つ分だけなのだ。
道理で、一人分の引っ越し程度の時間しかかからないわけだ。

「ありがとうございました」

「費用はクレジットカード決済ですので、お確かめください、領収書です」

そうしてさわやかに引っ越し業者の人が去っていき、残ったのは段ボール箱たちと依里たち住人である。

「おれこっちの部屋―」

そんな事を言いつつ、晴美は突き当りではない方の部屋に入っていく。

「いいの、そっちで」

「おれどこでも寝られるからさあ」

気遣われたな、とそこで気付く。おそらく、隣人の騒音に辟易している自分が、あまり隣人の物音に左右されないように、と幼馴染はそちらにしたのだ。

「あとで同居の条件、言うからな」

「おれ掃除してる」

「……お前は荷物ほどかないのか」

「ほどく荷物ないもん」

「せめて着替えくらいはスーツケースから出したらどうなんだ?」

「おれ一か所に持ち物がなくちゃいやなタイプ」

それはスーツケース関係ないんじゃないか、と思いながらも、依里はじぶんの私物の荷ほどきをするため、これから新しく自分の私室になる部屋に引っ込んだ。




大体の物をあらかた片付けた依里は、そこでふうと息を吐きだした。
次はキッチンだな、と立ち上がって、彼女が私室から顔を出すと、キッチンのあらゆるものが、床に広がっていて、ちょっとぎょっとした。
そしてそこの中央に、晴美が立っていたのだ。

「……何家探ししている泥棒みたいな散らかし方してんだよ……」

「おれ全部の物を一回見た方が仕事はかどるんだよねー」

なんだそれ。依里はまた、幼馴染が訳の分からないマイルールを広げた事を察した。
晴美は全部の物を見渡したと思うと、まるで位置を完全に把握したかのように、次々としまい始めた。
なんていう手際の良さだ。
その素早さに目を丸くしている間に、大量に広がっていたキッチンの雑多なものたちは、あらゆる引き出しに収まっていた。
手品でも見ていた気分だ。
あんなに広げていた物が、一気に片付くと、こんな気分になるんだな……と思いながら、依里は掃除機のスイッチを入れた。
その排気音を聞いた瞬間に、晴美が体を縮め、言う。

「ヨリちゃん待って!」

「あ?」

待ってと言われたたため、依里は掃除機を止めた。排気音が止まる。それを確認した晴美が、いい事を思い付いた、という顔で言う。

「おれ昼ごはん買って来るね。ヨリちゃんその間に、掃除機全部かけておけばいいよ!」

まるで逃げ出すような勢いで、晴美は財布片手に家を飛び出していった。
残された彼女は呆気にとられた後に、ああ、と合点した。

「あいつ、掃除機の音大嫌いだったっけな……」

だしぬけに大嫌いな音が聞こえてきたから、あいつは逃げたのだろう。

「悪い事したな……」

だが掃除はしなければならない。取りあえず一回は掃除機をかけて埃を吸い込み、ワイパー類で拭き取らなければ。
次からは気にしておこう、と思いつつ、依里は手際よく掃除機をかけ、ワイパーをかけた。




「ただいまー」

「馴染むの速すぎやしないか」

「人間は慣れる生き物ってどっかで聞いたよ?」

言いつつ晴美が、何やら買い物袋を持って戻ってきた。所要時間はわずか十五分である。
そんな近くにスーパーあったか? と思った物の、何という事はない。

「駅前で美味しそうな匂いのベーカリーがあったよ、そこでいろいろ買って来た」

「スーパーかと思った」

「スーパーの偵察はね、ヨリちゃんの片付け終わったらにしようと思って」

にこにこと柔らかく笑う晴美が、パン屋で買ってきた物を広げだす。

「あんパン、メロンパン、焼きそばパン……おい、もうちょっと食事系にしなかったの?」

広げたパンの大半が甘いパンで、依里はさすがに突っ込んだ。まさか昼飯が菓子パンになるとは思わなかったのだ。
だが晴美は、彼女を見る。

「好きでしょ?」

依里は目を見開いた。それから彼が買って来たパンをもう一度見直した。
あんパンも、メロンパンも、焼きそばパンも、そうだ。

「……懐かしいな、中学時代にお世話になったパンばっかりだ」

正確には、中学時代に、お腹がすいたら食べていたパンだ。
実家付近には、おしゃれなベーカリーなどなかったから、古き良きパン屋で買ったんだ。
依里は何を言えばいいのかわからなくなった。
こんな事を、お前は覚えていたのか、とさえ言えなかった。

「おれ、いまのヨリちゃんの好みは知らないけど、昔好きだったものは覚えてるよ。嫌いじゃないだろうな、と思ったから買って来た」

こいつ、そんな昔の事をわざわざ覚えていたのか。

「……もっとその記憶力、有効活用しないのか」

「ヨリちゃんが好きだったものを忘れる事はさみしいよ」

さらっとそんな事を言って、彼がさっそく、鉄瓶にお湯を沸かし始める。
それから買い物袋に入れられていた、牛乳を冷蔵庫の中に突っ込んだ。

「牛乳は買ったのかよ」

「おれ知ってるよ、ヨリちゃんは牛乳を切らすと一日機嫌が悪いって」

先好きなの選んでおいて、と晴美はいい、依里は幾つもある菓子パンをみて、一つを手に取った。
学生時代を思い出す菓子パンたちは、お小遣いもそんなにもらえていなかった時代には、飛び切りご馳走に感じたのに、今ではそこまでではないのだ。
そんな所が少しだけ寂しくなったものの、コンロの前では晴美がお湯を沸かしている。
お茶を入れるつもりだろうか。
そうしたら本当におやつの時間だな、と思いながら、依里はメロンパンをかじった。

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