今宵、薔薇の園で

天海月

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35.記憶の彼方

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キースが王都を離れてから、二年が経った。

その間、彼はシャーロットはもちろん、兄のアルバートにさえも連絡を寄越さず、音信不通だった。


もう自分には手紙を貰うような資格も無いが、騎士になったというキースは、息災にしているだろうかと、時折シャーロットは思った。





そんなある日、彼女はアルバートから、キースが帰ってきたという連絡を受けた。

手紙の内容には、とにかく彼に会ってほしいから来るように、という事だけしか書かれていない。

アルバートは手紙になると、いつも肝心な部分を端折ってしまう癖があるらしい。

彼がキースの推薦状を書いてくれた時のことを思い出したシャーロットは、小さく笑った。

シャーロットは、今更自分がキースに会いに行っても良いのだろうかと疑問に感じつつも、理由が何であれキースの顔を一目でも見られるのならそれで良いと思うことにした。

もしかすると、彼の正式な婚約者が決まったという知らせかもしれない。

その時は、笑顔で祝福できるように努めなくては・・・。





公爵家に向かったシャーロットは、想像もしなかった事実に愕然とした。

任務中に仲間を庇い、高所から落下したというキースは、そのショックから記憶喪失になってしまっていたのだった。

外傷は殆ど完治し、日常生活にも大した支障は無いが、ところどころ記憶が抜け落ちてしまっている状態だという。

アルバートは、キースがシャーロットに会えば失った記憶を取り戻すのではないかと思い、彼女を呼んだのだった。


だが、キースは彼女のことも忘れてしまっていた。

大事をとってベッドに座らされていたキース。

その横に立ったシャーロットの顔を見た彼は言った。

「はじめまして、キース・グレアムと申します」

そして、よそ行きの顔で彼女に微笑みかけた。

可愛らしい弟の顔でもなく、恋に焦がれる男の顔でもない。

シャーロットが知らないキースだった。

まるで初対面にしか思えなかった。


そして、キースはアルバートの方を向いて訊いた。

「・・・兄さん、こちらのご令嬢はどなたですか?」

その問いに、アルバートは何と答えて良いのか言葉を詰まらせた。

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