2 / 60
第2話 ボロ小屋のプリンセス
しおりを挟む――見事なまでに、ボロでしたわ。
ドアは外れ、床には穴、窓はガラスがなく、代わりに蜘蛛の巣がきらめいています。
「まあ……陽の光がよく入りますこと。風通しも、ええ、最高ですわね!」
わたくし――クラリッサ・ヴァレンティーヌ。
かつては王都で“完璧な淑女”と讃えられた身。
けれど今は、家具も食器も召使いもいない、ただの辺境の亡命者。
けれど、わたくしは倒れません。
「貧乏? 結構ですわ。
気品は財産から生まれませんの。心の在り方でしてよ!」
そう言いながら埃まみれのドレスをたくし上げ、
腰にスカーフを巻いて腕をまくります。
――“令嬢、初めての大掃除”の幕開けでした。
ほうき一本で、わたくしは戦場に立ちました。
天井の埃が雪のように舞い、鼻の先に落ちます。
「……くしゅんっ!」
「あら失礼。
くしゃみさえ上品に出すのが淑女の嗜みですわね」
床を磨きながら、わたくしは考えました。
“優雅に生きる”とは、つまりどういうことか。
王都にいた頃は、何もかもが整えられていました。
侍女が用意した紅茶を飲み、靴の汚れすら知らずに過ごしていた。
――けれど、あの生活は本当に“優雅”だったのかしら?
「今は泥と埃と戦っていますけれど……
わたくし、どこか懐かしい気がいたしますの」
外では風が吹き、壁の隙間から草の香りが入り込む。
ひと息つくと、床板の向こうから“ぽとん”と音がしました。
「え?」
床下を覗くと、小さな動く影――ネズミでした。
「まぁ、王都にはいなかったお客様ですわね!
……ふふ、仲良くしましょう? でも寝床は別でお願いしますのよ?」
独り言にしては上出来。
それでも声を出さないと、胸の奥の不安が溢れ出してしまいそうでした。
日が傾き始めたころ。
外から“ギシギシ”と木の軋む音が聞こえました。
「どなたかしら? 野犬……ではなさそうね」
わたくしが慎重に扉を開けると、そこに立っていたのは――
日焼けした頬の少年。
肩に薪を担ぎ、ぼさぼさの髪を掻きながらこちらを見上げていました。
「……あんた、誰?」
「まあ。ご挨拶もなしに“あんた”呼ばわり? この村の礼儀はずいぶん斬新ですわね!」
「え、えっと……すんません。オレ、マリオ。村の薪割りしてる」
「クラリッサ・ヴァレンティーヌですわ」
「……長っ! なんか貴族っぽいな」
「貴族っぽいではなく、貴族そのものですの。いまは“自称・辺境の姫”ですけれど」
マリオは目をぱちくりさせて、室内を覗き込みました。
「これ……住むんすか?」
「ええ。ここがわたくしのお城ですわ」
「穴、空いてますけど」
「換気口ですの」
「屋根も剥がれてますけど」
「自然採光ですわ」
「ネズミ、出てますけど」
「ペットですの!」
少年はしばし沈黙し、それから笑い出しました。
「へんな人だな!」
「失礼な。わたくしは変ではなく、個性的なのですわ」
それが、後に村中で語られる“変な令嬢”伝説の始まりでした。
夕暮れ。
マリオが帰る前に、小さな袋を差し出しました。
「母ちゃんが焼いたパン。腹減ってるだろ?」
「まあ……お気遣い、ありがとうございますわ」
受け取ったパンは、少し焦げていて、香ばしい匂いがしました。
「……村の人たち、優しいのね」
「クラのこと、みんなもう噂してるぞ。“変な令嬢が来た”って」
「ふふ、それは光栄ですわね。
貴族とは目立ってなんぼ、笑われても舞台に立つのが務めですの」
マリオは首をかしげた。
「笑われても平気なの?」
「ええ。笑われるということは、見られているということ。
“興味を持たれている”というのは、生きている証拠ですわ」
少年の目が少し柔らかくなった。
「なんか、よく分かんねぇけど……強いな、あんた」
「ええ、“図太い”とも言われますの」
マリオが帰ったあと、小屋の中に再び静寂が訪れる。
けれど今は、孤独ではありませんでした。
誰かと笑い合った温もりが、胸の奥に残っていたからです。
窓から見える夕陽が、泥まみれの床を黄金色に照らす。
わたくしは扇子を広げて、埃を払いながら呟きました。
「この場所がわたくしの舞台。
泥と埃の中でも、気品を失わぬ女――それが、公爵令嬢クラリッサ・ヴァレンティーヌですの!」
その声が、夕暮れの村に響き渡る。
そして翌日、村人たちの間でこう噂された。
――“昨日、山小屋から芝居みたいな声が聞こえた”
――“変な令嬢、今度は何を始める気だ?”
けれどクラリッサは、その“変”という言葉を微笑みで受け止めた。
それが彼女の誇りの始まりになるとも知らずに――。
4
あなたにおすすめの小説
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。
困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。
さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず……
────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの?
────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……?
などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。
そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……?
ついには、主人公を溺愛するように!
────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる