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第13話 王都の香り、再び
しおりを挟む王都――。
昼下がりのティーサロンに、ひとつの噂が駆け巡っていた。
> 「ねぇ聞いた? “ヴァレンティーヌ・ブレンド”ってご存じ?」
> 「ああ、あの辺境発のハーブティーでしょ。
> 香りを嗅ぐだけで気分が晴れるとか――」
白磁のカップから立ちのぼる湯気が、ほのかに甘く、爽やかに鼻をくすぐる。
その香りは、確かに違った。紅茶のように重くなく、花のように軽やか。
飲む人の心を柔らかく包む、“幸福の香り”。
そして、ラベルにはこう記されていた。
> “クラリッサ・ヴァレンティーヌ・ブレンド”
――追放された公爵令嬢の名。
だが今、王都中の貴族がその名を口にしていた。
「まさか……あの令嬢が“香り”で王都を取り戻すなんて」
「ざまぁというより、逆転劇だわ」
人々は噂を囁き、そして少しだけ羨望を混ぜて微笑んだ。
その夜、王城に隣接する大貴族の邸宅。
その一室では、別の香りが満ちていた――
嫉妬と焦りの匂いである。
鏡の前に座るのは、白いドレスに身を包んだ女性。
完璧な笑みと美しい金髪。
――セシリア・バートラム。王太子ユージンの婚約者。
侍女が報告する。
「お嬢様、“ヴァレンティーヌ・ブレンド”の売れ行きが王室御用達の茶葉を超えました」
「……そう。あの女、まだ王都に未練を残していたのね」
セシリアの声は甘く、だが冷ややかに響く。
「紅茶がなくても優雅に? 笑わせるわ。
貴族の香りは“血筋”で決まるのよ。
あの泥まみれの令嬢に、王都の香りが分かるものですか」
だが、その手元のカップには――
彼女自身が密かに取り寄せた“ヴァレンティーヌ・ブレンド”が湯気を立てていた。
香りを嗅ぐたびに、胸がざわつく。
「……どうして、こんな香りを作れるの?」
その問いは、やがて嫉妬に変わる。
王宮の書斎。
窓際に立つ男の背に、月の光が落ちる。
黒髪に銀の飾りを差した青年――ユージン・アシュフォード。
彼の机の上にも、ひとつの茶器があった。
湯気とともに漂う香りは、かつての記憶を呼び覚ます。
――春の庭園、淡い花の香り。
――笑うクラリッサの声。
「……クラリッサ。お前の作ったこの香り、
どうしてこんなにも懐かしいんだ」
彼の横に立つ従者が言う。
「殿下。噂では、辺境で“ハーブ農園”を営んでいるとか」
ユージンは深く息を吸い込み、ゆっくりと告げた。
「彼女に会いたい。……いや、会わなければならない」
その瞳には後悔と、決意が宿っていた。
同じ夜。
辺境の小屋では、クラリッサがランプの火の下で新しい茶葉をブレンドしていた。
「王都の貴族たちがこの香りを求めるなら――
次は、“真実の香り”で彼らの仮面を剥ぎ取ってさしあげますわ」
外では、村の子どもたちが笑い声を上げている。
その笑いの中に、彼女は確かに“自由”を感じていた。
――もう誰にも縛られない。
――香りで世界を支配してみせる。
夜風が吹き、乾かしたハーブの香りが再び空へ昇る。
そして遠く王都の塔の上、ユージンが同じ香りに目を閉じた。
ふたりの想いが、香りで再び交わる夜だった。
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