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第20話 香りの果て、優雅なる決意
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長く続いた陰謀と血の香りが、ようやく風に洗い流されていた。
王都は今、奇妙な静寂に包まれている。
人々は息をひそめ、崩れかけた宮廷の壁の下で新しい朝を迎えていた。
クラリッサは瓦礫の残る神殿跡に立っていた。
“鏡花の香”を封じた瓶を手に、空を見上げる。
「これが、すべての終わり……そして、はじまり、ですわね」
風が吹き抜ける。
かつて薔薇の香りで満ちていた王都に、今は静かなハーブの香りが漂っていた。
それは、彼女自身が育てた“再生の香”。
「……君は、やはりここにいたか」
背後から聞こえる低い声。
振り返れば、ユージンが立っていた。
かつての王太子の威厳は消え、ただ一人の男としての静けさを纏っている。
「王位は弟に譲った。俺はもう、何者でもない」
「それは、すばらしい選択ですわね。
“何者かでいようとする”限り、人は嘘を纏いますの」
ユージンは苦笑した。
「君は変わらないな。……いや、強くなったというべきか」
「図太くなっただけですわ」
二人のあいだに沈黙が流れる。
彼の手には、一輪の花が握られていた――“初恋草”。
かつて、クラリッサが庭で名づけた花。
「この香りを嗅ぐと、あの日を思い出す。
何も知らず、君を傷つけたあの日を」
「ええ。
でもその痛みがなければ、わたくしは“香りの女王”にはなれませんでしたもの」
神殿の中央に立ち、クラリッサは小瓶を掲げた。
“鏡花の香”――真実を暴く香り。
それは人を救い、同時に壊す。
「この力は、あまりにも多くを映しました。
もう誰かを傷つけるために使うことは、いたしませんわ」
ユージンが一歩前に出る。
「君はそれを、消してしまうつもりか?」
「ええ。
真実はもう、風の中に散りました。
これからは、香りで“人を導く”方を選びますの」
クラリッサは瓶の蓋を開け、手のひらで包んだ。
淡い光が広がり、香りが空に昇っていく。
金色の粒が舞い、まるで夜空に咲く花のようだった。
「さようなら、“鏡花の香”。
あなたはわたくしの誇りであり、罪でもありましたわ」
風が吹き抜け、香りは完全に消えた。
だが――その瞬間、クラリッサの胸の奥に、柔らかな温もりが残った。
風が穏やかに流れていた。
王都の喧噪を離れ、再び辺境の空の下に戻ってきたクラリッサは、
土に指を埋めながら深く息を吸い込んだ。
「……やっぱり、泥の香りがいちばん落ち着きますわね」
空気は澄み、畑ではハーブの芽が柔らかく光を受けて揺れていた。
“鏡花の香”――あの危険な力はもう封印した。
けれど、彼女の心には確かに残っている。
香りの向こうにある“人の想い”を感じ取る力。
「これからは、この村と一緒に生きていきますの。
紅茶がなくても、優雅に、図太く――ね」
小屋の前では、子どもたちが笑っていた。
彼女の教えた“初恋草ティー”は村の名物となり、
旅人たちがその香りを求めて訪れるほどになっている。
クラリッサは空を見上げ、微笑んだ。
すべての嵐が過ぎ去り、今はようやく、穏やかな時が流れている。
……そのはずだった。
「――すまない、ここはヴァレンティーヌ嬢の畑か?」
振り返ると、陽光を背にした黒髪の男が立っていた。
外套の裾には土埃。
無精ひげを隠すように伏せられた顔。
けれど、その瞳には不思議な静けさと、どこか痛みの影が宿っていた。
「……どなたですの?」
「俺は……レオン。旅の者だ」
そう名乗ったその声に、クラリッサは小さく眉を寄せた。
なぜだろう――まるで、どこかで聞いたような気がした。
風が吹き抜け、“初恋草”の香りが二人の間を結ぶ。
彼女の新しい日常は、またしても静かに揺らぎ始めていた。
王都は今、奇妙な静寂に包まれている。
人々は息をひそめ、崩れかけた宮廷の壁の下で新しい朝を迎えていた。
クラリッサは瓦礫の残る神殿跡に立っていた。
“鏡花の香”を封じた瓶を手に、空を見上げる。
「これが、すべての終わり……そして、はじまり、ですわね」
風が吹き抜ける。
かつて薔薇の香りで満ちていた王都に、今は静かなハーブの香りが漂っていた。
それは、彼女自身が育てた“再生の香”。
「……君は、やはりここにいたか」
背後から聞こえる低い声。
振り返れば、ユージンが立っていた。
かつての王太子の威厳は消え、ただ一人の男としての静けさを纏っている。
「王位は弟に譲った。俺はもう、何者でもない」
「それは、すばらしい選択ですわね。
“何者かでいようとする”限り、人は嘘を纏いますの」
ユージンは苦笑した。
「君は変わらないな。……いや、強くなったというべきか」
「図太くなっただけですわ」
二人のあいだに沈黙が流れる。
彼の手には、一輪の花が握られていた――“初恋草”。
かつて、クラリッサが庭で名づけた花。
「この香りを嗅ぐと、あの日を思い出す。
何も知らず、君を傷つけたあの日を」
「ええ。
でもその痛みがなければ、わたくしは“香りの女王”にはなれませんでしたもの」
神殿の中央に立ち、クラリッサは小瓶を掲げた。
“鏡花の香”――真実を暴く香り。
それは人を救い、同時に壊す。
「この力は、あまりにも多くを映しました。
もう誰かを傷つけるために使うことは、いたしませんわ」
ユージンが一歩前に出る。
「君はそれを、消してしまうつもりか?」
「ええ。
真実はもう、風の中に散りました。
これからは、香りで“人を導く”方を選びますの」
クラリッサは瓶の蓋を開け、手のひらで包んだ。
淡い光が広がり、香りが空に昇っていく。
金色の粒が舞い、まるで夜空に咲く花のようだった。
「さようなら、“鏡花の香”。
あなたはわたくしの誇りであり、罪でもありましたわ」
風が吹き抜け、香りは完全に消えた。
だが――その瞬間、クラリッサの胸の奥に、柔らかな温もりが残った。
風が穏やかに流れていた。
王都の喧噪を離れ、再び辺境の空の下に戻ってきたクラリッサは、
土に指を埋めながら深く息を吸い込んだ。
「……やっぱり、泥の香りがいちばん落ち着きますわね」
空気は澄み、畑ではハーブの芽が柔らかく光を受けて揺れていた。
“鏡花の香”――あの危険な力はもう封印した。
けれど、彼女の心には確かに残っている。
香りの向こうにある“人の想い”を感じ取る力。
「これからは、この村と一緒に生きていきますの。
紅茶がなくても、優雅に、図太く――ね」
小屋の前では、子どもたちが笑っていた。
彼女の教えた“初恋草ティー”は村の名物となり、
旅人たちがその香りを求めて訪れるほどになっている。
クラリッサは空を見上げ、微笑んだ。
すべての嵐が過ぎ去り、今はようやく、穏やかな時が流れている。
……そのはずだった。
「――すまない、ここはヴァレンティーヌ嬢の畑か?」
振り返ると、陽光を背にした黒髪の男が立っていた。
外套の裾には土埃。
無精ひげを隠すように伏せられた顔。
けれど、その瞳には不思議な静けさと、どこか痛みの影が宿っていた。
「……どなたですの?」
「俺は……レオン。旅の者だ」
そう名乗ったその声に、クラリッサは小さく眉を寄せた。
なぜだろう――まるで、どこかで聞いたような気がした。
風が吹き抜け、“初恋草”の香りが二人の間を結ぶ。
彼女の新しい日常は、またしても静かに揺らぎ始めていた。
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