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第22話 不審者、紅茶を飲む
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翌朝。
小屋の外では、鍋の湯がぼこぼこと沸いていた。
クラリッサは髪を結い直しながら、鍋に乾かしたハーブをひとつまみ落とす。湯気がふわりと立ちのぼり、ミントとラベンダー、それに“初恋草”の柔らかな香りが漂う。
「……辺境の朝は、香りから始まりますの」
レオンは焚き火の傍で黙って座っていた。昨夜の狼の件で、村人たちは彼に多少の信頼を寄せつつあるが、まだ誰も彼の素性を知らない。
旅人。傭兵。あるいは逃亡者――誰もが少しずつ噂を囁く。
「紅茶の代わりに、これを」
クラリッサは木のカップを差し出した。
「……いただこう」
レオンは礼を言い、一口含む。
「……不思議な味だ。甘いのに、喉の奥で苦味が広がる」
「ええ、“誠実”を味にしたのですわ」
「誠実?」
「甘すぎると人を堕落させ、苦すぎると心を閉ざしますの。誠実とはその中間――つまり、図太く生きる味ですわ」
レオンはカップを持ったまま小さく笑った。
「貴族らしい言い回しだ」
「ええ、元・貴族ですもの」
沈黙。
けれどその沈黙は、昨夜の緊張とは違っていた。どこか柔らかく、心の距離を計るような沈黙。
クラリッサは焚き火を見つめながら尋ねた。
「旅の方、あなたは――何を“護りたい”と言いましたの?」
「……ああ」
レオンは少し考え、静かに答えた。
「自分の過ち、だろうな」
「過ちを護る? 珍しい趣味ですわね」
「そうでもない。罪ってやつは、放っておくと腐る」
その言葉に、クラリッサの指が止まる。
“罪”――それは、王都で散々嗅がされた香りだ。
権力の腐臭、虚飾の香水、そして後悔の香り。
「あなたの言うこと、なぜか……少し、わかる気がしますの」
「そうか」
「ええ。罪は、香りに似ておりますの。時間が経つと、消えたように見えても、空気のどこかに必ず残る」
風が吹き、焚き火の煙が二人の間をすり抜けていく。
レオンがぽつりと呟いた。
「……王都の空気にも、まだ残っているのか」
「ええ。腐った薔薇の香りが。
でも、わたくしはそれを“肥料”にして咲きましたのよ」
思わずレオンが吹き出した。
「やっぱり、あんたは変わってる」
「ほめ言葉として受け取りますわ」
クラリッサは立ち上がり、空のカップを掲げる。
「この村では、貴族も平民もございませんの。
働く者が貴く、笑う者が偉い。あなたもその例外ではありません」
「……承知した、クラリッサ嬢」
「“嬢”は不要ですわ。“監督官クラリッサ”でよろしいですの」
「……は?」
「本日よりあなたには畑の管理権の一部を委譲いたします。
従業員第一号ですわ、レオンさん」
「いや、俺は別に――」
「報酬は一日三食と紅茶一杯。異論は認めませんの」
扇子をぱちんと鳴らして微笑むクラリッサ。
レオンは諦めたように肩を落とし、そして小さく頷いた。
「……了解した、監督官殿」
「よろしいですわ!」
村の朝日が昇り、畑のハーブが風に揺れた。
その中で、二人の足音が重なる。
かつて貴族として命じることに慣れていた彼女が、いまは“共に働く”相手を得た。
そして、レオンは思う――
この笑う令嬢の背中に、どこか懐かしい誇りの香りがある、と。
……それが、王都で一度葬った“ある人”と同じ香りであることに、まだ彼は気づいていなかった。
小屋の外では、鍋の湯がぼこぼこと沸いていた。
クラリッサは髪を結い直しながら、鍋に乾かしたハーブをひとつまみ落とす。湯気がふわりと立ちのぼり、ミントとラベンダー、それに“初恋草”の柔らかな香りが漂う。
「……辺境の朝は、香りから始まりますの」
レオンは焚き火の傍で黙って座っていた。昨夜の狼の件で、村人たちは彼に多少の信頼を寄せつつあるが、まだ誰も彼の素性を知らない。
旅人。傭兵。あるいは逃亡者――誰もが少しずつ噂を囁く。
「紅茶の代わりに、これを」
クラリッサは木のカップを差し出した。
「……いただこう」
レオンは礼を言い、一口含む。
「……不思議な味だ。甘いのに、喉の奥で苦味が広がる」
「ええ、“誠実”を味にしたのですわ」
「誠実?」
「甘すぎると人を堕落させ、苦すぎると心を閉ざしますの。誠実とはその中間――つまり、図太く生きる味ですわ」
レオンはカップを持ったまま小さく笑った。
「貴族らしい言い回しだ」
「ええ、元・貴族ですもの」
沈黙。
けれどその沈黙は、昨夜の緊張とは違っていた。どこか柔らかく、心の距離を計るような沈黙。
クラリッサは焚き火を見つめながら尋ねた。
「旅の方、あなたは――何を“護りたい”と言いましたの?」
「……ああ」
レオンは少し考え、静かに答えた。
「自分の過ち、だろうな」
「過ちを護る? 珍しい趣味ですわね」
「そうでもない。罪ってやつは、放っておくと腐る」
その言葉に、クラリッサの指が止まる。
“罪”――それは、王都で散々嗅がされた香りだ。
権力の腐臭、虚飾の香水、そして後悔の香り。
「あなたの言うこと、なぜか……少し、わかる気がしますの」
「そうか」
「ええ。罪は、香りに似ておりますの。時間が経つと、消えたように見えても、空気のどこかに必ず残る」
風が吹き、焚き火の煙が二人の間をすり抜けていく。
レオンがぽつりと呟いた。
「……王都の空気にも、まだ残っているのか」
「ええ。腐った薔薇の香りが。
でも、わたくしはそれを“肥料”にして咲きましたのよ」
思わずレオンが吹き出した。
「やっぱり、あんたは変わってる」
「ほめ言葉として受け取りますわ」
クラリッサは立ち上がり、空のカップを掲げる。
「この村では、貴族も平民もございませんの。
働く者が貴く、笑う者が偉い。あなたもその例外ではありません」
「……承知した、クラリッサ嬢」
「“嬢”は不要ですわ。“監督官クラリッサ”でよろしいですの」
「……は?」
「本日よりあなたには畑の管理権の一部を委譲いたします。
従業員第一号ですわ、レオンさん」
「いや、俺は別に――」
「報酬は一日三食と紅茶一杯。異論は認めませんの」
扇子をぱちんと鳴らして微笑むクラリッサ。
レオンは諦めたように肩を落とし、そして小さく頷いた。
「……了解した、監督官殿」
「よろしいですわ!」
村の朝日が昇り、畑のハーブが風に揺れた。
その中で、二人の足音が重なる。
かつて貴族として命じることに慣れていた彼女が、いまは“共に働く”相手を得た。
そして、レオンは思う――
この笑う令嬢の背中に、どこか懐かしい誇りの香りがある、と。
……それが、王都で一度葬った“ある人”と同じ香りであることに、まだ彼は気づいていなかった。
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