追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

ワールド

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第23話 雨宿りと小さな嘘

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 昼まで晴れていた空が、夕方には黒い雲に覆われた。
 風が強くなり、空気に湿った鉄の匂いが混ざる。
 クラリッサは畑に伸びる初恋草の葉を摘み取りながら、遠くで鳴った雷の音にため息をついた。

 「……嵐ですわね。種の乾燥が終わっていないのに、まったく空の気まぐれったら」

 マリオが駆けてきて叫ぶ。
 「クラリッサさん! 川の水位が上がってる! 畑の下がもう……!」
 「急ぎましょう。ハーブ棚を小屋の中へ!」

 雨が降り始めるより先に、風が吹き荒れた。
 木々が唸り、空が裂ける。
 クラリッサは裾を押さえながらマリオと協力して乾燥中のハーブを運び込む。
 雷鳴が響いた瞬間、扉が乱暴に叩かれた。

 「――入っていいか!?」

 聞き慣れた低い声。
 「レオンさん!?」

 扉を開けると、雨に濡れた黒髪が風に貼りついていた。
 肩まで泥にまみれ、外套の裾からは雨水が滴っている。
 彼は片腕に荷袋を抱え、その中に倒れた村の柵の部材が入っていた。

 「これを片づけてきた……が、川沿いの道がもう通れない」
 「お見事ですわ。でも、あなたのその格好は“英雄”より“溺れかけの犬”に近いですわね」
 「……犬でも助けたんだ、褒めてくれてもいい」
 「よろしい、七十点ですわ」

 雷が再び鳴り響き、雨脚が強くなる。
 アデラおばあちゃんが奥の部屋から顔を出す。
 「クラリッサ、戸締まりを! 夜までもちそうにない!」
 「承知しました!」

 レオンは火の前に座り込み、濡れた外套を脱いだ。
 布が床に落ちる音とともに、金属の鈍い響きが小屋にこだまする。
 ――それは、腰に巻かれていた革帯の金具。
 クラリッサの目が一瞬だけそれを捉えた。

 「……鎧の留め具、ですの?」
 「昔の癖だ」
 「昔?」
 「……ああ、傭兵だったころのな」

 淡々とした口調。しかし、目だけは一瞬だけ逸らされた。
 ――嘘。
 クラリッサはそう感じた。
 戦場の臭いは、彼女にもわかる。王都で嗅いだ“鉄と絶望”の香り。
 その気配が、彼の外套からほんのかすかに漂っていた。

 「……傭兵、ね。辺境の割には、背筋がまっすぐですわ」
 「礼儀は腐っていない」
 「腐らない代わりに、隠しているようにも見えますけれど?」

 レオンは答えなかった。
 代わりに、火に濡れた手をかざす。
 指先に古い傷。刃ではなく、焼けた鎖の跡。

 クラリッサはそっとティーポットに湯を注いだ。
 「この香り、心を落ち着けますの。
  言葉で嘘をついても、香りにはつけませんわよ」
 「……脅しか?」
 「忠告ですの。優雅な人間は、相手の“沈黙の香り”を読むものですわ」

 湯気が立ちのぼり、初恋草の香りが小屋に満ちる。
 雨音が少し遠のいたように感じた。

 レオンは静かにカップを受け取り、黙って飲んだ。
 そして短く息を吐き、呟く。
 「……悪いな。借りを作るつもりはなかった」
 「結構ですわ。貸し借りは文明の礎ですの」

 「君は……怖くないのか?」
 「なにが?」
 「俺が、どんな過去を持ってるかも知らないのに」

 クラリッサは扇子を軽くあおいだ。
 「怖いもの? もうとっくに、王都に置いてきましたわ。
  今のわたくしが恐れるのは――」
 カップを傾け、微笑む。
 「――香りを失うこと、ただそれだけですの」

 沈黙。
 その言葉に、レオンはわずかに目を細めた。
 焚き火の光が彼の瞳を照らし、そこに一瞬、鋭い銀の光が宿る。

 ――それは、“王都の騎士団”の紋章に似た輝きだった。

 クラリッサの指が止まる。
 だが彼女は何も言わなかった。
 代わりに、静かに立ち上がり、扉の外の雨音を見つめた。

 「レオンさん。あなた、傭兵ではありませんわね」
 レオンの動きがわずかに止まる。
 「どうしてそう思う」
 「あなたの香りが、戦場のそれではありませんの。
  ――王都の訓練場で嗅いだ、あの“鉄と誓い”の匂いですわ」

 雷が閃き、二人の影を壁に映した。
 クラリッサの影は細く、レオンの影はその背に重なる。

 彼は沈黙したまま、再びカップを手に取る。
 火の明かりが、彼の瞳の奥に過去を照らしていた。

 「……明日、話す」
 「よろしいですわ。わたくし、図太く待つのは得意ですの」

 そう言ってクラリッサはランプを消した。
 雨の音が小屋を包み、やがて遠くで雷が鳴りやんだ。
 香りだけが静かに残る。
 ――初恋草と、かすかな鉄の匂い。
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