追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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ユージンの仮面

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王都中央商館での審議会が終わったあと、夜の帳が下りる。
 灯りが消えた会場の片隅で、クラリッサはひとり静かに息を吐いていた。
 あの場で勝った――それでも、胸の奥に残る痛みは消えない。

 「……ユージン様。どうして、あんなにも冷たくなってしまわれたのかしら」

 扇子の骨に残る香りが、微かに震える。
 彼女にとって、ユージンは“過去”であるはずだった。
 だが、あの目――ほんの一瞬見せた迷いが、忘れられなかった。

 その夜、クラリッサの宿を訪ねる影があった。
 扉を叩く音が低く響き、彼女が灯をともすと、そこにいたのはレオンではなく――ユージン・アシュフォードだった。

 「……まさか、あなたが来るとは思いませんでしたわ」
 「セシリアには知らせていない」
 「それは賢明ですわ。あの方、あなたを“完璧な人形”として扱っておられますもの」

 ユージンは苦笑した。
 「君は相変わらずだな、クラリッサ。
  容赦のない皮肉で、すべてを切り裂く」
 「ええ。泥を被った令嬢は、もう遠慮などいたしませんの」

 沈黙が落ちた。
 ユージンが椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
 「……俺は、君を追放したあの日のことを、今でも夢に見る」
 「後悔なさって?」
 「後悔というより……“取り戻したい”と思った。
  君の作る香りは、王都を動かす。
  それを、もう一度俺の手の中に――」

 「つまり、“わたくし”ではなく“力”を取り戻したいのですのね」
 クラリッサの声は冷たく、それでいて穏やかだった。
 「あなた、昔から変わらない。
  “支配すること”しか知らない。
  愛していたのは人ではなく、自分の“理想”ですの」

 ユージンの目が揺れた。
 だが、彼はすぐに笑みを作った。
 「そう思ってもいい。だが、君の香りがなければ王都は崩壊する。
  俺はそれを止めたいだけだ」
 「……あら。今度は救世主の仮面ですの?」
 「君には似合わない言葉だろう?」

 クラリッサはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。
 夜風が流れ、初恋草の香りがわずかに漂う。

 「ユージン様。あなたが何を守ろうとしても構いませんわ。
  ですが、“香り”はもう人の支配のためには使わせません。
  それが、わたくしの誇りですの」

 「誇り……?」
 「ええ。“図太さ”と“優雅さ”は、誇りの別名ですのよ」

 その言葉に、ユージンは何かを言いかけて――笑った。
 「……やはり君は恐ろしい女だ。
  人を見抜く目も、捨てた過去すら利用する」
 「利用ではありませんわ。昇華ですの」

 扇子を閉じる音が静かに響いた。
 ユージンは立ち上がり、ドアの前で振り返る。
 「クラリッサ。
  俺はまだ君を“敵”とは思っていない。
  だが――俺の道を邪魔するなら、容赦はしない」

 「わたくしもですわ。
  あなたが再び“誰かを傷つける香り”を作ろうとするなら、
  たとえかつての婚約者でも――止めますの」

 二人の視線が、闇の中で交錯する。
 愛情と野心、後悔と誇り――
 そのどれもが、言葉にならぬほど重く、熱かった。

 ユージンが去ったあと、クラリッサは一人、息を吐いた。
 「……あなたの仮面、いつか剥がれ落ちますわ。
  その時、わたくしは笑って“さようなら”と言えますように」
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