追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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仮面の契約

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王都の鐘が七つ鳴った。
 その音と同時に、セシリア・バートラムは王宮の大理石の廊下を優雅に歩いていた。
 純白のドレス、翡翠のネックレス、そしてその笑みには一切の隙がない。
 ――だが、その微笑の奥には、計算された毒が潜んでいた。

 「王太子殿下、これで正式に“ヴァレンティーヌ・ブレンド”は王家の専売品として登録されますわ」
 「うむ。クラリッサを追放したのは正しかったようだ。
  お前の香りこそが、王国の未来を支える」

 王太子は無邪気に笑った。
 セシリアはその視線を受けながら、完璧な礼をして見せる。
 「ええ、殿下。――王国のために、命を懸けますわ」
 だが、その唇の裏で、彼女は静かに呟いた。

 「(王国のため? 違うわ。これは“私のため”の契約よ)」

 一方その頃。
 王都の外れ、静かな庭園にて。
 クラリッサは一本の書状を手にしていた。
 王都商会を束ねる大商人からの“呼び出し状”――その内容は、驚くほど穏やかでありながら不穏だった。

 『ヴァレンティーヌ・ブランドを保護したく存じます。
  詳細は王城での“共同商約式”にて。』

 「……共同商約、ですって?」
 クラリッサは眉をひそめた。
 「まさか、“香り”だけでなく、“名”そのものを王家に取り込むつもりですのね……」

 そのとき、扉の影からレオンが姿を見せる。
 「やはり来たか。セシリアの仕掛けだ」
 「ええ。あの方、優雅な笑みの下で手を汚すのが得意ですわ」

 クラリッサは扇子を閉じて、静かに立ち上がる。
 「行きますの。止めるために」
 「王太子が相手だ。命の保証はない」
 「構いませんわ。誇りを賭けて戦う令嬢に、恐れなどありませんの」

 レオンは黙って頷き、彼女の背を押した。

 王宮の広間には、香りの器が並んでいた。
 貴族たちの前で、王太子とセシリアが署名する。
 その瞬間、扉が勢いよく開いた。

 「その契約――無効ですわ」

 クラリッサの声が響く。
 会場の空気が凍りつき、セシリアの微笑がピクリと止まった。

 「……またあなた?」
 「ええ。泥まみれの亡霊ですの」

 クラリッサは扇子を広げ、香水瓶を高く掲げた。
 「“ヴァレンティーヌ・ブレンド”の香りを王家の専売に?
  それは“誇り”の独占ですわ。
  誇りは誰かに与えられるものではなく、自らの手で守るもの――違いまして?」

 セシリアが冷たく笑う。
 「あなたは誇りを盾に、王家に逆らうつもり?」
 「誇りに剣は不要ですの。香りだけで、十分ですわ」

 クラリッサは瓶の栓を外す。
 その瞬間、会場に“香りの風”が吹いた。
 優雅でありながら、どこか涙のように切ない香り。

 王太子が目を細める。
 「これは……? 懐かしい……。母上の間に漂っていた香りだ」
 「そう。あれはわたくしの母が作った“初代ヴァレンティーヌ・ブレンド”ですの」

 クラリッサの言葉に、会場がざわつく。
 「ヴァレンティーヌ家がこの王国に香りを与えたのです。
  その誇りを奪い、再び利用するなど――神への冒涜ですわ」

 セシリアの指が震えた。
 だが、その背後から現れたのは――ユージンだった。

 「やめろ、クラリッサ」
 「……ユージン様」
 「この契約は俺が立案した。
  王家に守らせることで、お前の“香り”を安全にするためだ」

 クラリッサの表情が一瞬で冷たくなる。
 「安全……ですって?
  それは“檻”の別名ですわ」

 ユージンがわずかに目を伏せる。
 その瞳には、確かに“後悔”の光があった。
 だが、その奥に宿るのは――明確な“権力欲”だった。

 「お前が守りたいものを、俺は支配して守る。
  それが、俺のやり方だ」
 「それが“もう一つの顔”ですのね」

 クラリッサは静かに微笑み、香水瓶を差し出す。
 「ユージン様。
  あなたの仮面がいつか剥がれたとき――
  その香りを嗅ぐ勇気が残っておりますかしら?」

 風が吹き抜ける。
 香りが広間を包み、真実と嘘、愛と野心の境界が溶けていく。

 ――クラリッサの戦いは、まだ終わらない。
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