38 / 60
香りを複製する女
しおりを挟む
夜、王都。
月明かりの届かぬ地下室に、金属の音が響いていた。
広げられた薬草、琥珀の瓶、銀の蒸留器。
セシリア・バートラムは白衣を纏い、無数の香料瓶に囲まれていた。
「――もう少し。あと少しで、彼女を再現できる」
声は震えていた。
机の上には、一枚の布。
それはクラリッサが辺境に残した“誓いのハンカチ”――香りの残り香が染みついている。
セシリアは震える手で布を包み、淡い笑みを浮かべた。
「この香り……あの女の誇り、あの夜の火の匂い、そして――あの男の影まで。
全部、閉じ込めてやるわ」
蒸留器の中で、ハーブの雫が淡く光る。
それは“香り”でありながら、まるで命のように脈動していた。
⸻
一方、王宮の一室。
ユージン・アシュフォードは机に広げられた報告書を見つめていた。
「“香気複製術”……セシリアがそこまで手を出すとはな」
彼の目は冷たくも、どこか迷いを帯びていた。
扉の外から、側近の声が響く。
「殿下、彼女を止めますか?」
「いいや……止める権利は、俺にはない。
あの女は、俺が作った“理想の王都”の鏡像だ」
ユージンは立ち上がり、窓の外を見た。
夜風が揺らす香炉の煙――そこにも、あの“初恋草”の香りが混じっていた。
「クラリッサ……お前の香りが、王都全体に流れている」
⸻
再び地下室。
セシリアはガラス器の中で、液体をゆっくりと撹拌していた。
紫から金へ、金から無色へ――やがて、空気そのものに香りが染みわたる。
「……できたわ」
彼女の瞳が淡く光を帯びる。
次の瞬間、部屋に漂う香りが“形”をとった。
それは――クラリッサの幻影だった。
髪の色、瞳の揺らぎ、そして声までも。
まるで本物のように微笑み、セシリアを見つめる。
「お久しぶりですわ、セシリア様」
――その声を聞いた瞬間、セシリアの笑みが凍りつく。
「なぜ……なぜ、あなたがわたしを“様”と呼ぶの……?」
幻影のクラリッサは微笑んだまま、扇子を開いた。
「誇りは香りに宿りますの。
あなたがわたくしを模倣しても――“心”までは写せませんわ」
香りの波が弾け、ガラスが割れる。
セシリアは床に崩れ落ち、息を荒げた。
「嘘……香りに、抗われるなんて……!」
彼女の目に恐怖が宿る。
“誓いの香り”は、魂の誓約――複製しようとした者の心を映す鏡だった。
香炉の煙が螺旋を描き、部屋中に広がる。
クラリッサの幻影がゆっくりと消えるその瞬間、セシリアの唇がわずかに笑みを作った。
「……なるほど。
なら、あなたの“心”ごと――奪ってやる」
⸻
翌朝。
王都の空気が変わった。
人々が街を歩くと、どこからともなく“初恋草”の香りが漂ってくる。
だが、その香りはどこか冷たく、無機質だった。
クラリッサが辺境でふと鼻を鳴らした。
「……おかしいですわね。風向きが、王都の方から――」
彼女の手の中の扇子が微かに震える。
“誓いの香り”が共鳴している。
レオンが剣を手に立ち上がった。
「何が起きてる?」
クラリッサは静かに答えた。
「誰かが、わたくしの“香り”を使っている……!」
月明かりの届かぬ地下室に、金属の音が響いていた。
広げられた薬草、琥珀の瓶、銀の蒸留器。
セシリア・バートラムは白衣を纏い、無数の香料瓶に囲まれていた。
「――もう少し。あと少しで、彼女を再現できる」
声は震えていた。
机の上には、一枚の布。
それはクラリッサが辺境に残した“誓いのハンカチ”――香りの残り香が染みついている。
セシリアは震える手で布を包み、淡い笑みを浮かべた。
「この香り……あの女の誇り、あの夜の火の匂い、そして――あの男の影まで。
全部、閉じ込めてやるわ」
蒸留器の中で、ハーブの雫が淡く光る。
それは“香り”でありながら、まるで命のように脈動していた。
⸻
一方、王宮の一室。
ユージン・アシュフォードは机に広げられた報告書を見つめていた。
「“香気複製術”……セシリアがそこまで手を出すとはな」
彼の目は冷たくも、どこか迷いを帯びていた。
扉の外から、側近の声が響く。
「殿下、彼女を止めますか?」
「いいや……止める権利は、俺にはない。
あの女は、俺が作った“理想の王都”の鏡像だ」
ユージンは立ち上がり、窓の外を見た。
夜風が揺らす香炉の煙――そこにも、あの“初恋草”の香りが混じっていた。
「クラリッサ……お前の香りが、王都全体に流れている」
⸻
再び地下室。
セシリアはガラス器の中で、液体をゆっくりと撹拌していた。
紫から金へ、金から無色へ――やがて、空気そのものに香りが染みわたる。
「……できたわ」
彼女の瞳が淡く光を帯びる。
次の瞬間、部屋に漂う香りが“形”をとった。
それは――クラリッサの幻影だった。
髪の色、瞳の揺らぎ、そして声までも。
まるで本物のように微笑み、セシリアを見つめる。
「お久しぶりですわ、セシリア様」
――その声を聞いた瞬間、セシリアの笑みが凍りつく。
「なぜ……なぜ、あなたがわたしを“様”と呼ぶの……?」
幻影のクラリッサは微笑んだまま、扇子を開いた。
「誇りは香りに宿りますの。
あなたがわたくしを模倣しても――“心”までは写せませんわ」
香りの波が弾け、ガラスが割れる。
セシリアは床に崩れ落ち、息を荒げた。
「嘘……香りに、抗われるなんて……!」
彼女の目に恐怖が宿る。
“誓いの香り”は、魂の誓約――複製しようとした者の心を映す鏡だった。
香炉の煙が螺旋を描き、部屋中に広がる。
クラリッサの幻影がゆっくりと消えるその瞬間、セシリアの唇がわずかに笑みを作った。
「……なるほど。
なら、あなたの“心”ごと――奪ってやる」
⸻
翌朝。
王都の空気が変わった。
人々が街を歩くと、どこからともなく“初恋草”の香りが漂ってくる。
だが、その香りはどこか冷たく、無機質だった。
クラリッサが辺境でふと鼻を鳴らした。
「……おかしいですわね。風向きが、王都の方から――」
彼女の手の中の扇子が微かに震える。
“誓いの香り”が共鳴している。
レオンが剣を手に立ち上がった。
「何が起きてる?」
クラリッサは静かに答えた。
「誰かが、わたくしの“香り”を使っている……!」
1
あなたにおすすめの小説
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。
困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。
さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず……
────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの?
────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……?
などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。
そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……?
ついには、主人公を溺愛するように!
────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?
パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。
しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる