追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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香りの王国

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 王都は、香りに支配されていた。

 朝も夜も、街のどこにいても“初恋草”の甘い匂いが漂う。
 人々は穏やかに笑い、怒りも涙も忘れ、ただ幸福の幻想に酔っていた。
 だが――その笑顔は、空虚だった。

 「……これが、“香りの王国”」
 クラリッサは王都の門前で立ち尽くした。
 風が吹くたび、あの香りが肌を刺すように感じられる。
 かつて彼女が創った“癒しの香り”が、今は人々を縛る鎖となっていた。

 隣に立つレオンが、剣の柄を握り締める。
 「この香り、嗅ぐだけで意識が曖昧になる……。人を支配する香りか」
 「ええ。セシリアは“複製”に成功したのですのね。
  でも――本物の香りには、心が宿ります。偽物では長く続きませんわ」

 クラリッサは扇子を開き、王都を見据えた。
 「取り戻しますの。香りも、誇りも、わたくしたちの未来も――」

 ⸻

 王宮。
 黄金の香炉が並び、青白い煙がゆらゆらと天井まで立ちのぼっていた。
 王座の前に立つセシリアは、静かに微笑む。
 「ようやく来たのね、クラリッサ」

 玉座の上の王太子は、虚ろな瞳でセシリアを見つめている。
 「すべて……お前の言う通りに……」
 「ええ、殿下。わたくしの香りは真実しか映しませんの」

 クラリッサが扉を押し開けた瞬間、甘い香気が彼女を包んだ。
 だが、その香りに眉一つ動かさず、前へと歩み出る。

 「――相変わらず、“香り”に頼るのがお好きですのね」
 セシリアの微笑が僅かに揺らぐ。
 「その扇子……まだ捨てていなかったの?」
 「ええ。これは“誓い”の証ですの。
  あなたの“模倣”と違って、心から生まれた香りですわ」

 クラリッサは静かに扇子を広げ、ひと振り。
 風が走り、香りが衝突した。

 “偽りの初恋草”と“誓いの香り”。
 二つの香りが王宮の大広間で渦を巻き、空間を震わせる。
 壁の花瓶が割れ、香炉が吹き飛び、空気が一瞬にして変わった。

 「……なぜ? なぜ私の香りが負けるの!?」
 セシリアが叫ぶ。
 クラリッサは微笑む。
 「あなたの香りには、“誰かを幸せにしたい”という祈りが欠けておりますの」

 セシリアの瞳が大きく見開かれた。
 「祈り……? そんなもの、弱さよ!」
 「違いますわ。弱さではなく、強さですの。
  誰かを赦し、愛する心――それが、“香りの真実”」

 ⸻

 そのとき、王座の影からレオンが現れた。
 剣を抜き、王太子とセシリアの間に立つ。
 「クラリッサ、今だ!」
 クラリッサは香水瓶を取り出し、最後の一滴を床に落とす。

 「――“香りは記憶、誇りは心”。
  ヴァレンティーヌの名において、真実をここに還しますわ!」

 瓶が砕け、金色の香気が大広間を包み込む。
 王太子が目を開き、虚ろだった瞳に光が戻る。
 セシリアは後ずさり、震える声で呟いた。
 「やめて……そんな香り、認めない……!」

 「あなたが否定しても、香りは風に乗りますの。
  もう、止まりませんわ」

 次の瞬間、王宮の窓が開き、香りが王都全体に広がった。
 街に漂っていた“偽りの初恋草”が、優しく掻き消されていく。
 代わりに、穏やかで柔らかな香りが満ちた。
 それは“赦し”と“再生”の香り。

 ⸻

 セシリアは床に膝をつき、涙を流していた。
 「どうして……どうしてあなたは、そんなに強いの……」
 クラリッサはそっと近づき、扇子を閉じた。
 「強くなんてありませんの。ただ――図太く、生きただけですわ」

 その言葉に、セシリアは嗚咽を漏らす。
 クラリッサは彼女の前に跪き、静かに言った。
 「立ちなさい、セシリア。あなたも“香り”を愛していたはず。
  だったら、それを取り戻すことですわ」

 風が吹く。
 二人の髪がなびき、金の香気が空へと昇る。

 ⸻

 戦いのあと、朝日が昇る。
 王都は静けさを取り戻していた。
 レオンが肩を並べ、微笑む。
 「……終わったな」
 「ええ。香りの王国も、ここで一つの幕を閉じましたわ」

 クラリッサは扇子を空にかざした。
 その先には、青空と、ほんのりと漂う“初恋草”の香り。
 「香りは自由。心もまた、自由。
  だから――図太く、生きるのですわ」

 レオンが笑う。
 「それが、お前の誇りか」
 「ええ。これが、“わたくしの香りの流儀”ですの」
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