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23話
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瓦礫に染まった廃都市の一角、朽ちた鉄骨と崩れた建材の隙間から差す光の中に、白と金の光を帯びた輪郭があった。
そこに、ノノはいた。
〈レガリア=ブレイズリリー〉を纏い、空を見上げている。風に黒髪がなびき、まるで時が止まっているような静けさ。
文哉はその背に、ゆっくりと歩を進める。
「……逃げなかったんだな」
その言葉に、ノノの肩がわずかに動いた。
「逃げる理由がない」
淡々とした、どこか無機質な声音。だが、それでもほんの微かに、揺れていた。
文哉は立ち止まる。距離にして、五メートルほど。
「なあ……ノノ。お前はなんで戦ってるんだ?」
問いかけに、ノノは振り返ることなく言った。
「戦うように作られたからだ。それだけだ」
「違うだろ」
文哉の声が、静かに強くなる。
「さっきの戦い……お前、本気で俺を殺しにきてなかった。途中で、手を緩めただろ」
「……違う」
「いや。お前の刃、俺のコクピットの中枢を外してた」
沈黙が流れる。ノノの背が、わずかに震えた。
「私は……壊すために生まれた。コアーの命令で。あの学園も、そしてお前も」
「コアーって……」
「私の“生みの親”。だが、彼は私に『文哉を憎め』『お前は捨てられた』『自分が何者かを思い知れ』と命じた。私はそれに従って、ここまで来た」
そして、ゆっくりと振り返る。
その目に、赤いセンサーの輝きではなく、一瞬だけ、“自分の意志”のような揺らぎが映っていた。
「でも……お前に負けて、少しだけ思った。もし、お前が“私を壊さない”存在だったら、と」
「壊さないよ。俺は、お前と戦いたいわけじゃない」
「なぜだ。私は敵だぞ。お前の仲間を襲った。学園を壊した。命令されたままに行動してきた。――それでも、お前は私を……赦すのか?」
文哉は一歩、近づいた。
「赦すとか、そういうのじゃない。俺は……この世界でやっと生きてるって思えた。でもそれは、周りの奴らが“俺を守ろう”としてくれるからだ。なら俺も、誰かを守りたい」
「……守る? 私を?」
「そうだ。お前が、コアーの道具じゃなくて、“ノノ”として生きられるなら、俺はその手伝いがしたい」
ノノの瞳が、揺れた。ゆっくりと、両手が胸元へ向けられる。
そこには、白金の装甲の中心に、小さなクリスタルコアが埋め込まれていた。
「ここに……“にくい”っていう感情がある。これは私のものじゃない。与えられたもの。でも、いま、私は――自分の中で何かが混ざっているのがわかる」
風が吹く。空が、青い。
「……空は、青いな」
「そうだ。お前の目にも、そう映ってるんだろ? なら、もう誰かの命令じゃなくて……お前自身で選んでほしい」
ノノは、初めて真正面から文哉を見た。
その顔に、冷たさはあった。だが、どこかに“迷い”と“芽生え”があった。
「私の意思で、選ぶ……か。もしそれが可能なら、私は――」
その時だった。
通信に割り込むようなノイズ。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ。
「文哉! 応答して! 学園周辺に未確認の高エネルギー反応! 再襲撃の可能性あり!」
文哉は振り向くと、すぐさま通信を受けた。
「わかった、すぐ戻る!」
そして、もう一度ノノを見る。
「……どうする?」
ノノは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと後ずさるように離れながら言った。
「……まだ、私は答えを出せない。だが……お前の言葉、捨てはしない」
そして、跳躍。
祝福の粒子を散らしながら、ノノの姿は遠ざかっていく。
文哉はその背を、黙って見送っていた。
ノノの姿が光とともに空へ跳躍した、その瞬間だった。
突如、彼女のバイオギア〈レガリア=ブレイズリリー〉から明滅するように警告灯が点滅し、全身を包む祝福装甲が不安定に脈動しはじめた。
「っ――あ、あああああ……!」
金の粒子が乱れ、翼状のブレードウィングがねじれる。空中でバランスを失ったノノの身体が急降下し、瓦礫の谷間へと墜ちた。
「ノノッ!!」
文哉は咄嗟に飛び出した。通信機越しに名を呼ぶが応答はない。赤く瞬くノイズだけが、緊急事態を知らせていた。
〈ヴェロシティ・スラスター〉を最大出力で展開し、空気を裂いて駆ける。数秒後、彼はノノの落ちた場所に辿り着いた。
そこには、崩れた鉄骨の隙間に崩れ伏す〈レガリア=ブレイズリリー〉があった。純白の装甲は煤け、緑の輝きはすでに揺らいでいた。
「……文哉……か……」
ノノの声が微かに響く。だがその声は、いつもの静かな調子ではなかった。どこか、切なげで、震えていた。
文哉は膝をつき、機体の胸部を開放し、内部のコックピットに手を伸ばす。
「しっかりしろ……! 何があったんだ、ノノ!」
ノノは苦しげに笑った。彼女の瞳の中には、焦点の合わない光があった。
「……私のコア……限界が来てる……いえ……違う。あの人のプログラムが、私の中の“私”を……消そうとしてる……」
言葉の端々が震え、断続的に途切れていく。
「最初から、こうなるように……できていたの……文哉……私の“自我”なんて、最初から、飾りだったんだ……」
文哉の胸が締めつけられる。
ノノの身体は、造られた兵器。人として生きる自由を奪われた存在。今、彼女の中にある唯一の“自分”が、消されようとしている。
「やめろよ……ノノ、せっかく……せっかく自分の意志で、生きようって……!」
「ふふ……そう思えたの、文哉に会えたからだ……君に会えて、本当に……よかった……」
目を閉じるノノ。その瞳から、光がゆっくりと失われていく。
「……ねぇ、お願いがあるの」
かすれた声が、震えながら語られる。
「私じゃなくなった“私”が、君に牙を剥く前に……どうか、私を……解放して……殺して……」
「……ッ!」
その言葉は、刃よりも重かった。
「お願い……これは、命令じゃない……ノノとしての、初めてで……最後の、願い……」
文哉は、答えられなかった。
涙が、ヘルメットの奥で滲む。
目の前にいる少女は、命令で動く機械でも、敵でもない。ただ、たった一人の意志を持った、“ノノ”だった。
だが、その“ノノ”は――
「文哉……ありがとう……私、少しだけ……夢を見られた……」
その直後だった。
〈レガリア=ブレイズリリー〉の全身が暴走的に発光し、制御を失った機体が爆発的にエネルギーを放つ。
「っノノっ!?」
ノノの身体が、自動的に戦闘モードへ移行し、文哉を突き飛ばす。その瞳にはもう“ノノ”の色はなかった。
「――――敵ヲ、排除スル」
無機質な音声が、冷たく響いた。
文哉は地面に叩きつけられながら、それでもその場を離れなかった。
(ノノ……! 待ってろ……絶対に、取り戻すから……!)
かつての名残を残しながら暴れる〈レガリア=ブレイズリリー〉の背に、文哉は悲しみと決意を燃やす。
再び戦いの火蓋が、切られようとしていた――。
そこに、ノノはいた。
〈レガリア=ブレイズリリー〉を纏い、空を見上げている。風に黒髪がなびき、まるで時が止まっているような静けさ。
文哉はその背に、ゆっくりと歩を進める。
「……逃げなかったんだな」
その言葉に、ノノの肩がわずかに動いた。
「逃げる理由がない」
淡々とした、どこか無機質な声音。だが、それでもほんの微かに、揺れていた。
文哉は立ち止まる。距離にして、五メートルほど。
「なあ……ノノ。お前はなんで戦ってるんだ?」
問いかけに、ノノは振り返ることなく言った。
「戦うように作られたからだ。それだけだ」
「違うだろ」
文哉の声が、静かに強くなる。
「さっきの戦い……お前、本気で俺を殺しにきてなかった。途中で、手を緩めただろ」
「……違う」
「いや。お前の刃、俺のコクピットの中枢を外してた」
沈黙が流れる。ノノの背が、わずかに震えた。
「私は……壊すために生まれた。コアーの命令で。あの学園も、そしてお前も」
「コアーって……」
「私の“生みの親”。だが、彼は私に『文哉を憎め』『お前は捨てられた』『自分が何者かを思い知れ』と命じた。私はそれに従って、ここまで来た」
そして、ゆっくりと振り返る。
その目に、赤いセンサーの輝きではなく、一瞬だけ、“自分の意志”のような揺らぎが映っていた。
「でも……お前に負けて、少しだけ思った。もし、お前が“私を壊さない”存在だったら、と」
「壊さないよ。俺は、お前と戦いたいわけじゃない」
「なぜだ。私は敵だぞ。お前の仲間を襲った。学園を壊した。命令されたままに行動してきた。――それでも、お前は私を……赦すのか?」
文哉は一歩、近づいた。
「赦すとか、そういうのじゃない。俺は……この世界でやっと生きてるって思えた。でもそれは、周りの奴らが“俺を守ろう”としてくれるからだ。なら俺も、誰かを守りたい」
「……守る? 私を?」
「そうだ。お前が、コアーの道具じゃなくて、“ノノ”として生きられるなら、俺はその手伝いがしたい」
ノノの瞳が、揺れた。ゆっくりと、両手が胸元へ向けられる。
そこには、白金の装甲の中心に、小さなクリスタルコアが埋め込まれていた。
「ここに……“にくい”っていう感情がある。これは私のものじゃない。与えられたもの。でも、いま、私は――自分の中で何かが混ざっているのがわかる」
風が吹く。空が、青い。
「……空は、青いな」
「そうだ。お前の目にも、そう映ってるんだろ? なら、もう誰かの命令じゃなくて……お前自身で選んでほしい」
ノノは、初めて真正面から文哉を見た。
その顔に、冷たさはあった。だが、どこかに“迷い”と“芽生え”があった。
「私の意思で、選ぶ……か。もしそれが可能なら、私は――」
その時だった。
通信に割り込むようなノイズ。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ。
「文哉! 応答して! 学園周辺に未確認の高エネルギー反応! 再襲撃の可能性あり!」
文哉は振り向くと、すぐさま通信を受けた。
「わかった、すぐ戻る!」
そして、もう一度ノノを見る。
「……どうする?」
ノノは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと後ずさるように離れながら言った。
「……まだ、私は答えを出せない。だが……お前の言葉、捨てはしない」
そして、跳躍。
祝福の粒子を散らしながら、ノノの姿は遠ざかっていく。
文哉はその背を、黙って見送っていた。
ノノの姿が光とともに空へ跳躍した、その瞬間だった。
突如、彼女のバイオギア〈レガリア=ブレイズリリー〉から明滅するように警告灯が点滅し、全身を包む祝福装甲が不安定に脈動しはじめた。
「っ――あ、あああああ……!」
金の粒子が乱れ、翼状のブレードウィングがねじれる。空中でバランスを失ったノノの身体が急降下し、瓦礫の谷間へと墜ちた。
「ノノッ!!」
文哉は咄嗟に飛び出した。通信機越しに名を呼ぶが応答はない。赤く瞬くノイズだけが、緊急事態を知らせていた。
〈ヴェロシティ・スラスター〉を最大出力で展開し、空気を裂いて駆ける。数秒後、彼はノノの落ちた場所に辿り着いた。
そこには、崩れた鉄骨の隙間に崩れ伏す〈レガリア=ブレイズリリー〉があった。純白の装甲は煤け、緑の輝きはすでに揺らいでいた。
「……文哉……か……」
ノノの声が微かに響く。だがその声は、いつもの静かな調子ではなかった。どこか、切なげで、震えていた。
文哉は膝をつき、機体の胸部を開放し、内部のコックピットに手を伸ばす。
「しっかりしろ……! 何があったんだ、ノノ!」
ノノは苦しげに笑った。彼女の瞳の中には、焦点の合わない光があった。
「……私のコア……限界が来てる……いえ……違う。あの人のプログラムが、私の中の“私”を……消そうとしてる……」
言葉の端々が震え、断続的に途切れていく。
「最初から、こうなるように……できていたの……文哉……私の“自我”なんて、最初から、飾りだったんだ……」
文哉の胸が締めつけられる。
ノノの身体は、造られた兵器。人として生きる自由を奪われた存在。今、彼女の中にある唯一の“自分”が、消されようとしている。
「やめろよ……ノノ、せっかく……せっかく自分の意志で、生きようって……!」
「ふふ……そう思えたの、文哉に会えたからだ……君に会えて、本当に……よかった……」
目を閉じるノノ。その瞳から、光がゆっくりと失われていく。
「……ねぇ、お願いがあるの」
かすれた声が、震えながら語られる。
「私じゃなくなった“私”が、君に牙を剥く前に……どうか、私を……解放して……殺して……」
「……ッ!」
その言葉は、刃よりも重かった。
「お願い……これは、命令じゃない……ノノとしての、初めてで……最後の、願い……」
文哉は、答えられなかった。
涙が、ヘルメットの奥で滲む。
目の前にいる少女は、命令で動く機械でも、敵でもない。ただ、たった一人の意志を持った、“ノノ”だった。
だが、その“ノノ”は――
「文哉……ありがとう……私、少しだけ……夢を見られた……」
その直後だった。
〈レガリア=ブレイズリリー〉の全身が暴走的に発光し、制御を失った機体が爆発的にエネルギーを放つ。
「っノノっ!?」
ノノの身体が、自動的に戦闘モードへ移行し、文哉を突き飛ばす。その瞳にはもう“ノノ”の色はなかった。
「――――敵ヲ、排除スル」
無機質な音声が、冷たく響いた。
文哉は地面に叩きつけられながら、それでもその場を離れなかった。
(ノノ……! 待ってろ……絶対に、取り戻すから……!)
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