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24話
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――空が、裂けた。
紫電を帯びた白金の剣が振り下ろされ、地を割る閃光が砂塵とともに炸裂した。
ノノの〈レガリア=ブレイズリリー〉が舞っていた。金の花弁粒子を散らしながら、彼女はまるで神罰を下す女神のように上空から降り注ぐ。一度失われたはずの理性は、もうそこにはなかった。ただ破壊のためだけに構築された自動人形――かつて“ノノ”と呼ばれた存在だけが、暴走し続けていた。
「ノノ……っ!」
俺は叫んだ。けれど、その声に彼女は振り向かない。
〈アカツキ=バーンブレイカー〉の機体が、揺れる。肩装甲の一部が弾け、煙が上がった。反撃の暇も与えず、ノノの剣が頭上から振り抜かれる。
「くっ……!」
咄嗟に高速スラスターで飛び退いたが、衝撃波が地面を薙ぎ払った。破壊された建物の残骸が吹き飛び、木々が焼け、火花が夜空に舞う。
彼女はもう、止まらない。
知っていた。わかっていた。……だが、どうしても俺の手は、動かなかった。
あのときの言葉が、頭を離れない。
最後に聞いたあの言葉。
――「文哉、最後にお願いがある。私じゃなくなった私を、解放してほしい」
その時の、儚く笑ったノノの表情が、焼き付いている。
だから、俺は攻撃できない。
剣を振れない。
たとえ今、彼女が俺の命を奪おうとしていたとしても。
……そんな俺の中に、ふと、声が響いた。
『――お願い、文哉。』
風に混じって、誰かが囁いた気がした。
『もう、私は……戻れない』
それは幻覚かもしれなかった。でも、俺の胸の奥を確かに貫いた。
『ありがとう。あなたに会えて、私は――嬉しかった』
その声は、今まででいちばん……優しかった。
「……っ、やめろよ」
気づけば、俺は涙を流していた。
「やめてくれよ……そんな風に言われたら……!」
彼女を斬ることが、これほどまでに辛いなんて。
でも、俺しかいない。
俺しか、ノノを止められない。
だから――俺は叫んだ。
「ノノ……! お前を、助けたかった……!」
〈アカツキ=バーンブレイカー〉の全身に、紅蓮の閃光が灯る。
両腕、両脚、胸部、背部の推進器が同時に高出力解放。赤い稲妻が空を駆け、俺の周囲に炎の渦が発生する。
「だから、せめて……!」
ノノがこちらへと突撃してくる。光の剣を振りかざし、まっすぐに、迷いなく。
俺は迎え撃つ。
「せめて……俺の手で、お前を終わらせてやる!」
――〈紅蓮閃破(バーニング・シンフォニア)〉!
俺の拳が、全身のエネルギーを一点に集約して放たれる。
衝突の一瞬、ノノの姿が見えた。虚ろな瞳。けれどその奥に、ほんのわずかに、笑っているような影があった。
そして。
光が、爆ぜた。
白金と紅蓮が混ざり合い、爆音と衝撃波が戦場を覆い尽くした――
✿✿✿✿
空が、静かだった。
炎も、風も、煙さえも、すべてが嘘のように沈黙する。
その中心に、彼女はいた。
金の花弁を失った白の騎士機――〈レガリア=ブレイズリリー〉が、崩れ落ちるように膝をついていた。先程の激闘で装甲の大半は剥がれ落ち、神々しかった装いは今や朽ちた彫像のようだった。片翼を失った背部装甲からは、煙が静かに立ち昇っている。
「……ノノ!」
俺は叫び、走った。
全身の力を使い果たした〈アカツキ=バーンブレイカー〉から、装甲を強制排出。蒸気を噴き上げながら機体が解けていくと同時に、俺はその中心から地面へと飛び出す。焼け焦げた地面を踏みしめ、転びそうになりながらも彼女の元へ駆け寄った。
ノノの装甲が、緩やかに開いた。
胸部コクピットが裂け、中から彼女の姿がゆっくりと倒れ込んでくる。
「ノノっ……!」
俺はその身体を抱きとめた。温かさが、かすかにあった。
黒髪のショートが煤け、頬には裂傷。けれど、瞳は……どこまでも透き通っていた。
彼女の唇が、かすかに動いた。
「……ふみ……や……」
「ノノ……! 喋らないで、すぐ、すぐ助けを――!」
「……ううん……もう……いい……」
掠れた声だった。けれど、確かに彼女は微笑んでいた。
「……私……やっと……終われる……ありがとう、ふみや……」
震える手が、俺の頬に触れる。
「……私……戦うために、生まれたけど……最後に、あなたに……会えて……」
「……やめろ、やめてくれよ、ノノ……!」
俺の声が震える。
「助けるって、言ったんだぞ……! 俺が、お前を……!」
ノノの目が、そっと閉じられていく。
「……それだけで、十分だよ……私……人として……終われる……」
その声が、静かに、空気へと溶けていった。
そして、何も言わなくなったノノの身体が、そっと力を失った。
俺は、言葉を失ったまま、その身体を抱き締め続けた。
――音が消えていた。
風も、鳥の声も、誰の気配もない。ただ、俺と……彼女だけの空間。
やがて、堪えていたものが溢れた。
「……バカだよ、お前……」
掠れた声が、喉を震わせる。
「こんな結末、望んでなかったのに……!」
嗚咽が、胸の奥を突き上げる。
「なのに……どうして……」
声が涙に滲み、崩れていく。
静かに、静かに、俺は泣いた。
誰にも見られないように。
誰にも届かないように。
――彼女の、あたたかさが、まだ腕の中に残っていた。
紫電を帯びた白金の剣が振り下ろされ、地を割る閃光が砂塵とともに炸裂した。
ノノの〈レガリア=ブレイズリリー〉が舞っていた。金の花弁粒子を散らしながら、彼女はまるで神罰を下す女神のように上空から降り注ぐ。一度失われたはずの理性は、もうそこにはなかった。ただ破壊のためだけに構築された自動人形――かつて“ノノ”と呼ばれた存在だけが、暴走し続けていた。
「ノノ……っ!」
俺は叫んだ。けれど、その声に彼女は振り向かない。
〈アカツキ=バーンブレイカー〉の機体が、揺れる。肩装甲の一部が弾け、煙が上がった。反撃の暇も与えず、ノノの剣が頭上から振り抜かれる。
「くっ……!」
咄嗟に高速スラスターで飛び退いたが、衝撃波が地面を薙ぎ払った。破壊された建物の残骸が吹き飛び、木々が焼け、火花が夜空に舞う。
彼女はもう、止まらない。
知っていた。わかっていた。……だが、どうしても俺の手は、動かなかった。
あのときの言葉が、頭を離れない。
最後に聞いたあの言葉。
――「文哉、最後にお願いがある。私じゃなくなった私を、解放してほしい」
その時の、儚く笑ったノノの表情が、焼き付いている。
だから、俺は攻撃できない。
剣を振れない。
たとえ今、彼女が俺の命を奪おうとしていたとしても。
……そんな俺の中に、ふと、声が響いた。
『――お願い、文哉。』
風に混じって、誰かが囁いた気がした。
『もう、私は……戻れない』
それは幻覚かもしれなかった。でも、俺の胸の奥を確かに貫いた。
『ありがとう。あなたに会えて、私は――嬉しかった』
その声は、今まででいちばん……優しかった。
「……っ、やめろよ」
気づけば、俺は涙を流していた。
「やめてくれよ……そんな風に言われたら……!」
彼女を斬ることが、これほどまでに辛いなんて。
でも、俺しかいない。
俺しか、ノノを止められない。
だから――俺は叫んだ。
「ノノ……! お前を、助けたかった……!」
〈アカツキ=バーンブレイカー〉の全身に、紅蓮の閃光が灯る。
両腕、両脚、胸部、背部の推進器が同時に高出力解放。赤い稲妻が空を駆け、俺の周囲に炎の渦が発生する。
「だから、せめて……!」
ノノがこちらへと突撃してくる。光の剣を振りかざし、まっすぐに、迷いなく。
俺は迎え撃つ。
「せめて……俺の手で、お前を終わらせてやる!」
――〈紅蓮閃破(バーニング・シンフォニア)〉!
俺の拳が、全身のエネルギーを一点に集約して放たれる。
衝突の一瞬、ノノの姿が見えた。虚ろな瞳。けれどその奥に、ほんのわずかに、笑っているような影があった。
そして。
光が、爆ぜた。
白金と紅蓮が混ざり合い、爆音と衝撃波が戦場を覆い尽くした――
✿✿✿✿
空が、静かだった。
炎も、風も、煙さえも、すべてが嘘のように沈黙する。
その中心に、彼女はいた。
金の花弁を失った白の騎士機――〈レガリア=ブレイズリリー〉が、崩れ落ちるように膝をついていた。先程の激闘で装甲の大半は剥がれ落ち、神々しかった装いは今や朽ちた彫像のようだった。片翼を失った背部装甲からは、煙が静かに立ち昇っている。
「……ノノ!」
俺は叫び、走った。
全身の力を使い果たした〈アカツキ=バーンブレイカー〉から、装甲を強制排出。蒸気を噴き上げながら機体が解けていくと同時に、俺はその中心から地面へと飛び出す。焼け焦げた地面を踏みしめ、転びそうになりながらも彼女の元へ駆け寄った。
ノノの装甲が、緩やかに開いた。
胸部コクピットが裂け、中から彼女の姿がゆっくりと倒れ込んでくる。
「ノノっ……!」
俺はその身体を抱きとめた。温かさが、かすかにあった。
黒髪のショートが煤け、頬には裂傷。けれど、瞳は……どこまでも透き通っていた。
彼女の唇が、かすかに動いた。
「……ふみ……や……」
「ノノ……! 喋らないで、すぐ、すぐ助けを――!」
「……ううん……もう……いい……」
掠れた声だった。けれど、確かに彼女は微笑んでいた。
「……私……やっと……終われる……ありがとう、ふみや……」
震える手が、俺の頬に触れる。
「……私……戦うために、生まれたけど……最後に、あなたに……会えて……」
「……やめろ、やめてくれよ、ノノ……!」
俺の声が震える。
「助けるって、言ったんだぞ……! 俺が、お前を……!」
ノノの目が、そっと閉じられていく。
「……それだけで、十分だよ……私……人として……終われる……」
その声が、静かに、空気へと溶けていった。
そして、何も言わなくなったノノの身体が、そっと力を失った。
俺は、言葉を失ったまま、その身体を抱き締め続けた。
――音が消えていた。
風も、鳥の声も、誰の気配もない。ただ、俺と……彼女だけの空間。
やがて、堪えていたものが溢れた。
「……バカだよ、お前……」
掠れた声が、喉を震わせる。
「こんな結末、望んでなかったのに……!」
嗚咽が、胸の奥を突き上げる。
「なのに……どうして……」
声が涙に滲み、崩れていく。
静かに、静かに、俺は泣いた。
誰にも見られないように。
誰にも届かないように。
――彼女の、あたたかさが、まだ腕の中に残っていた。
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