大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―

甘塩ます☆

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 婚約者が「結婚を前提とした関係」だということはユナにも分かったが、なぜ自分にそんな演技をさせたいのか、さっぱり理解できなかった。学園には可愛らしく美しい令嬢が掃いて捨てるほどいるはずだ。
 図書館で読んだ本によれば、学園は男女の出会いの場でもあるという。ならばエルも、そこで本物の婚約者を見つけるのが一番効率的ではないだろうか。

「ユナ、僕は恋愛とか婚約とか、正直に言って鬱陶しいと思っているんだ。何度も言うけれど、僕は所詮スペアだからね。女性と子供を作るような公務もしなくていいわけ。むしろ、子供ができて兄上に目を付けられても困るんだ。そういうドロドロした展開は好きじゃない。僕は平和主義なんだ。君が婚約者役をしてくれたら『虫除け』になるし、僕は勉強に集中できる。……そういう理由さ」

 エルはユナの困惑に気づいてか、丁寧に説明を重ねる。
 それにしても、エルはやたらと説明くさい男だ。急に熱弁を振るい出すあたり、スキル『マシンガントーク』でも持っているのではないだろうか。
 ユナは場違いな想像をしてしまい、思わずクスクスと笑ってしまった。
 けれど、彼の言い分は理解できた。恋愛に興味がなく、学問に打ち込みたい真面目な平和主義者。……
 少しだけ、拭いきれない「影」を感じはするけれど。

「分かったわ。やってみる。……でも」

 私と彼では、あまりに釣り合わない。

「君には令嬢教育を施すよ。春までに、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女になってもらわないとね」

 エルは不敵な笑みを浮かべ、ユナの耳元で囁いた。耳にかかる吐息がこそばゆくて、ユナは顔を背ける。

「春までになんて無理よ。私のこれまでの生活水準は、平民より低かったのよ?」

「君なら大丈夫。僕が見込んだ女性だからね。人を見る目には自信があるんだ。まず、見た目はすでに合格点。それに、君には知性がある」

「ねぇ、いちいち近づいてこないで」

 エルがユナの手を握り、一歩踏み込んでくる。ユナは防衛本能から後ずさろうとしたが、背後に控えていた下女に肩を掴まれ、逃げ道を塞がれた。

「僕から逃げたら駄目だよ、ユナ。君は僕の婚約者なんだ。僕に慣れることが最優先だね。……ねぇ、可愛い僕のユナ」

 エルはユナの手を持ち上げると、指先にそっと唇を落とした。
 ユナは顔を真っ赤にして、思わずその手を振り払ってしまう。

「お嬢様! 不敬ですよ!」

 すかさず、後ろの下女から叱責が飛んだ。

「あ……ごめんなさい」

 ユナは反射的に謝った。自分は彼に買われた身。反抗的な態度をとってはいけないと分かってはいるのだが、彼に対して働いてしまう「防衛本能」がどうしても抑えられない。なぜだろう、こんなに良い人なのに。

「――下女の分際でユナを叱責するとは。お前こそ不敬だぞ」

 エルの声が、低く冷たく響いた。先ほどまでの甘い雰囲気は消え、烈火のごとき怒りが室温を下げたかのようだった。

「ヒッ……!」

 下女は悲鳴を漏らし、その場に崩れるように跪いた。

「申し訳ありません、殿下……!」

「あ、貴方は悪くないわ! ……ごめんなさい、私のせいで!」

 下女の様子に驚いたユナは、居たたまれなくなって彼女の隣に膝をつこうとした。

「ユナ、君は令嬢だ。跪くな」

 今度は自分に向けられたエルの言葉に、ユナは「ヒエッ」と肩を揺らして立ち上がった。

「ユナ、君がこの下女に罰を与えるんだ。鞭打ちでも解雇でもいい。自分を無下にした者には相応の罰を与えなければならない。彼女は、君よりも下の人間なのだから」

「そんな、エル様……」

 困惑するユナに、下女は絶望に満ちた、慈悲を乞う視線を向ける。ユナは困り果て、必死に頭を回転させた。

「えっと……。じゃあ、下女さんには『私を部屋まで運ぶ』罰を与えるわ!」

「……そんなのは罰じゃないね。ご褒美だよ」

「じゃあ、『私を一生お世話すること』!」

「それもご褒美だけど……。まあ、ユナが初めて執行する罰だ。今回は仕方ないね。ユナから初めて罰を受けるなんて、それはそれでご褒美だなぁ……」

 エルが小声で不穏な独り言を漏らしている。
 ユナはビクビクしながらも、下女の手を繋いだ。

「……部屋に連れて行く罰よ。いいわね?」

 そう命じるユナに、下女は涙を流しながら深く頭を下げ、彼女を部屋へと導いていった。
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