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馬車はやがて、寒村の風景とはかけ離れた、活気溢れる港町へと滑り込んだ。見たこともない異国の品々や賑わいに、ユナは興味津々で窓の外を眺める。
「ほら、やっぱり君も冒険が好きそうじゃないか」
数時間前には「興味ない」と切り捨てられたが、瞳を輝かせるユナには冒険者の才能がありそうだ。彼女は本来、前向きで好奇心旺盛な性格なのだ。エルは遠くからずっと、そんなユナの一挙手一投足を観察し続けてきた。だが、当の本人は外の景色に夢中で、エルの声など届いていないようだった。
馬車は、白壁の立派な屋敷へと到着した。エルが「僕の隠れ家」と呼ぶその別邸は、ユナが想像もできないほど豪華な場所だった。馬車の扉が開くと、そこには整列した使用人たちが控えていた。
「お帰りなさいませ、エルフレード様」
一斉に頭を下げる大人たちに圧倒され、ユナは思わずエルの袖を掴むと、彼の背中に隠れた。クールだった彼女が見せた年相応の幼い挙動に、エルは思わず口元を綻ばせる。
「彼女は今日からここで暮らすユナだ。丁重にもてなすように。……ああ、それから。僕は彼女を『買った』が、奴隷ではない。そこを勘違いしないようにね」
冗談めかした口調の中には、釘を刺すような鋭さが含まれていた。年配の家政婦が「承知いたしました」と深く一礼する。
ユナはエルの服の裾をぎゅっと掴んだまま、震える声で呟いた。
「……ここは、お城なの?」
「ははは。僕が所有している別荘だよ。さあ、まずはその泥を落としてこよう。お風呂の準備はできているよ」
オドオドしているユナを、エルはエスコートするように、颯爽と室内へ案内した。
ユナは数人のメイドたちに引き渡され、そのまま導かれるようにして浴室へ運ばれた。大理石の床に、湯気と共に立ち上る花の香。村の川で水浴びをしていたユナにとって、そこは異世界の光景だった。
髪の先から指の間まで磨き上げられ、ふわふわのタオルに包まれる。鏡の中に映った自分は、ボロボロの服を脱ぎ捨て、絹のように滑らかな寝着を纏っていた。
「……これ、私?」
汚れを落としたユナの肌は透き通るように白く、灰色の瞳は磨かれた宝石のように輝いている。
「エルフレード様との夕食ですので、おめかししましょう、お嬢様」
ユナ付きになった下女が、柔らかな手つきでドレスをあてがう。
「あの、こんなドレス、私には……」
見知らぬ世界に、ユナはすっかり尻込みしてしまう。しかし、下女はそんな彼女をよそに、手際よく支度を整えていった。
鏡の中に完成したのは、見たこともないお姫様のような姿だった。
「貴女、貧乏人を着飾らせて、意地悪な継母から助けてくれる……物語の魔女さんなの?」
ユナはいつか、村の図書室で読んだ物語を思い出していた。
「お嬢様は元が美しいのですよ」
下女はフフッと笑って、ユナを食堂へと案内した。
案内された食堂では、エルが既に席についていた。
「やあ、ユナ。見違えたなあ。美人だとは思っていたが、ここまでとは。君は本当に宝石のようだ。……僕は、いい買い物をしたよ」
エルは惜しみなく褒めちぎったが、今のユナはテーブルに並ぶ贅沢な料理に夢中で、それどころではなかった。香ばしく焼けた肉、彩り豊かな野菜。そして、銀の器に盛られた……。
「……お菓子?」
これほど豪華なお菓子は、見たことがない。これまでは、魔物が貢いでくれた果実や、村の老人がくれる飴玉が贅沢のすべてだった。
本の中でしか見たことのない料理の数々に、まるで夢の中にいるような感覚に陥る。
「ああ、特製のベリータルトだよ。温かいうちにどうぞ」
自分を全く見てくれないユナに苦笑しつつも、料理に目を輝かせる彼女を「可愛い」と微笑ましく見つめるエル。ユナは恐る恐る、フォークでタルトを口に運んだ。甘酸っぱい果実と、とろけるようなクリームの甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
思わず溢れた本音に、エルが満足げに目を細めた。
「気に入ってくれて良かった。……さて、ユナ。少し真面目な話をしようか」
エルの声のトーンが変わった。ユナは食べる手を止め、彼を見つめる。
「君には春から学園に行ってもらうけれど、そこはただの学び舎じゃない。身分や家柄が重視される、厳しい社交場でもあるんだ。今の君の立場は『僕が買い取った平民』……けれど、それでは面白くない。君には、ある『役割』を演じてもらいたいんだ」
「役割……?」
「そう。僕の『専属調合師』であり、かつ『僕が救い出した悲劇の令嬢』――つまり、君には僕の婚約者を演じてもらう」
エルは立ち上がり、ユナの側に歩み寄ると、彼女の細い肩に手を置いた。
「君に金貨三十枚以上の価値があることを、皆に、そしてユナ君自身にも分からせるんだ。君を馬鹿にする奴らが、二度と君の顔を見られないくらい高い場所へ連れて行くよ。……僕の『遊び』に付き合ってもらうよ」
エルの微笑みはどこまでも優しかったが、その指先は獲物を逃さないように、ほんの少しだけ強く、ユナの肩に食い込んでいた。
「ほら、やっぱり君も冒険が好きそうじゃないか」
数時間前には「興味ない」と切り捨てられたが、瞳を輝かせるユナには冒険者の才能がありそうだ。彼女は本来、前向きで好奇心旺盛な性格なのだ。エルは遠くからずっと、そんなユナの一挙手一投足を観察し続けてきた。だが、当の本人は外の景色に夢中で、エルの声など届いていないようだった。
馬車は、白壁の立派な屋敷へと到着した。エルが「僕の隠れ家」と呼ぶその別邸は、ユナが想像もできないほど豪華な場所だった。馬車の扉が開くと、そこには整列した使用人たちが控えていた。
「お帰りなさいませ、エルフレード様」
一斉に頭を下げる大人たちに圧倒され、ユナは思わずエルの袖を掴むと、彼の背中に隠れた。クールだった彼女が見せた年相応の幼い挙動に、エルは思わず口元を綻ばせる。
「彼女は今日からここで暮らすユナだ。丁重にもてなすように。……ああ、それから。僕は彼女を『買った』が、奴隷ではない。そこを勘違いしないようにね」
冗談めかした口調の中には、釘を刺すような鋭さが含まれていた。年配の家政婦が「承知いたしました」と深く一礼する。
ユナはエルの服の裾をぎゅっと掴んだまま、震える声で呟いた。
「……ここは、お城なの?」
「ははは。僕が所有している別荘だよ。さあ、まずはその泥を落としてこよう。お風呂の準備はできているよ」
オドオドしているユナを、エルはエスコートするように、颯爽と室内へ案内した。
ユナは数人のメイドたちに引き渡され、そのまま導かれるようにして浴室へ運ばれた。大理石の床に、湯気と共に立ち上る花の香。村の川で水浴びをしていたユナにとって、そこは異世界の光景だった。
髪の先から指の間まで磨き上げられ、ふわふわのタオルに包まれる。鏡の中に映った自分は、ボロボロの服を脱ぎ捨て、絹のように滑らかな寝着を纏っていた。
「……これ、私?」
汚れを落としたユナの肌は透き通るように白く、灰色の瞳は磨かれた宝石のように輝いている。
「エルフレード様との夕食ですので、おめかししましょう、お嬢様」
ユナ付きになった下女が、柔らかな手つきでドレスをあてがう。
「あの、こんなドレス、私には……」
見知らぬ世界に、ユナはすっかり尻込みしてしまう。しかし、下女はそんな彼女をよそに、手際よく支度を整えていった。
鏡の中に完成したのは、見たこともないお姫様のような姿だった。
「貴女、貧乏人を着飾らせて、意地悪な継母から助けてくれる……物語の魔女さんなの?」
ユナはいつか、村の図書室で読んだ物語を思い出していた。
「お嬢様は元が美しいのですよ」
下女はフフッと笑って、ユナを食堂へと案内した。
案内された食堂では、エルが既に席についていた。
「やあ、ユナ。見違えたなあ。美人だとは思っていたが、ここまでとは。君は本当に宝石のようだ。……僕は、いい買い物をしたよ」
エルは惜しみなく褒めちぎったが、今のユナはテーブルに並ぶ贅沢な料理に夢中で、それどころではなかった。香ばしく焼けた肉、彩り豊かな野菜。そして、銀の器に盛られた……。
「……お菓子?」
これほど豪華なお菓子は、見たことがない。これまでは、魔物が貢いでくれた果実や、村の老人がくれる飴玉が贅沢のすべてだった。
本の中でしか見たことのない料理の数々に、まるで夢の中にいるような感覚に陥る。
「ああ、特製のベリータルトだよ。温かいうちにどうぞ」
自分を全く見てくれないユナに苦笑しつつも、料理に目を輝かせる彼女を「可愛い」と微笑ましく見つめるエル。ユナは恐る恐る、フォークでタルトを口に運んだ。甘酸っぱい果実と、とろけるようなクリームの甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
思わず溢れた本音に、エルが満足げに目を細めた。
「気に入ってくれて良かった。……さて、ユナ。少し真面目な話をしようか」
エルの声のトーンが変わった。ユナは食べる手を止め、彼を見つめる。
「君には春から学園に行ってもらうけれど、そこはただの学び舎じゃない。身分や家柄が重視される、厳しい社交場でもあるんだ。今の君の立場は『僕が買い取った平民』……けれど、それでは面白くない。君には、ある『役割』を演じてもらいたいんだ」
「役割……?」
「そう。僕の『専属調合師』であり、かつ『僕が救い出した悲劇の令嬢』――つまり、君には僕の婚約者を演じてもらう」
エルは立ち上がり、ユナの側に歩み寄ると、彼女の細い肩に手を置いた。
「君に金貨三十枚以上の価値があることを、皆に、そしてユナ君自身にも分からせるんだ。君を馬鹿にする奴らが、二度と君の顔を見られないくらい高い場所へ連れて行くよ。……僕の『遊び』に付き合ってもらうよ」
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