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しおりを挟む「よし、これで全部取れたわ。もう大丈夫よ」
ユナが最後の黒い蔦を引き抜くと、ゴーレムの全身から立ち昇っていたどす黒い霧が霧散した。硬質化した樹木の体は本来の瑞々しい深緑色を取り戻し、ゴーレムは満足げに「ゴ、オォ……」と低く鳴いた。
「お嬢様!」
ゴーレムがユナに向けて徐ろに大きな手を上げたため、リサが鋭い声を放ち、即座に暗器を構える。
「大丈夫よ、リサ。ゴーレムから殺気は消えてるわ」
ユナの言葉通り、ゴーレムは巨大な指先で、壊れ物を扱うようにそっとユナの頬を撫でた。
「ユナ、離れるんだ! その木くず、僕のユナに気安く触れるなんて万死に値する!」
エルが抜刀しかけたその腕を、ヴィクトールが力ずくで掴み、教授が呆れたようにたしなめた。
「こらこら、ゴーレムを傷つけては駄目だというのに。ヴィクトール、弟をちゃんと見てなさい」
「はいはい、ごめんね。次期国王にここまで尊大な態度を取れるのは君だけだよ、教授」
「エルフレードくん、落ち着きなさい。ゴーレムは感謝を伝えているだけだよ。それに守護者に敵だと認識されてしまったら、聖樹まで辿り着けない。静かにしてくれたまえ」
「……くっ」
エルは兄に腕を抑え込まれ、教授に正論で封じられ、悔しそうに剣を収めた。
ゴーレムはゆっくりと立ち上がると、膝をついて大きな手のひらを差し出した。まるで「乗りなさい」と誘っているようだ。
「ありがとう」
ユナがひょいと手のひらに座ると、ゴーレムは彼女を肩の上に乗せ、上機嫌で歩き出した。
「お嬢様ーーっ! 待ってください!」
「ユナーー! この泥棒モンスターめ、僕の隣を返せ!!」
「はは、普通に道案内しているだけだよ。ユナさんのことがとびきり気に入ったみたいだけどね」
「教授、感心していないで急ぐよ。置いていかれては困る」
肩の上で快適に揺られるユナに対し、残りの四人は必死だった。リサは驚異的な身のこなしでゴーレムの足元を並走し、エルは嫉妬に燃えながら走り、ヴィクトールと教授は息を切らしながら追いかける。まさにカオスな行軍であった。
やがて一行の前に、巨大な地底湖が現れた。その中央に鎮座しているのが、この国の命の源――『アステリア聖樹』である。その光景にユナは息を呑んだ。
「綺麗……」
神秘的で神々しい威容。だが、教授は顔を顰めた。
「黒い結晶が増えているな……」
「この結晶は何ですか?」
「瘴気が結晶化したものだ。危険だから触れないでね。聖樹は瘴気を吸って浄化してくれているが、最近は元気がなくて浄化しきれなくなっているんだ」
かつては各地にあった分け樹も、今やこの一本を残すのみ。全ての瘴気がこの一本に集約され、聖樹は限界を迎えていた。
「そんな……だから寂しそうなのね」
ユナが結晶のない部分にそっと手を置くと、樹の中から何かが彼女の手を掴んだ。
「っ!?」
驚いて身を引くユナの前で、樹の表面から美しい女性の姿をした精霊が顔を出した。
『私はこの樹の精霊。私の眷属を助けてくれて有難う』
精霊の姿は全員に見えているようだが、声が届いているのはユナだけのようだった。
『私の繁殖方法は、愛し合う人間の結びつきによるものが大きいの。この樹の根本で交わり合うのよ。昔はみんなしてくれたのに、最近はこの儀式が忘れ去られてしまったみたい。私、とっても困っているの』
精霊のあまりにも赤裸々な、そして切実な訴えに、ユナの顔は一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
「ユナさん、その美しい精霊は何と言っているのだね?」
教授が不思議そうに問いかける。エルの期待に満ちた視線、ヴィクトールの冷徹な観察眼、そして主人の異変を察知したリサの鋭い視線がユナに集中した。
「え……あ……それは……その……っ!!」
(言えない! 「私の前で愛し合って」なんて、そんな破廉恥なこと、絶対に言えません!!)
ユナが顔から火が出そうなほど混乱している間も、精霊の独白は止まらない。
『私は元々、地上の日の当たる場所で育ったの。あの頃は良かったわ、みんな陽気で真っ昼間から真っ当に、それこそ盛大に盛り上がったりしたものよ。それなのに、いつしか人間たちは恥ずかしがって、家の中で、しかも夜にしかしてくれなくなって……。私、本当に寂しいわ。昔みたいに、もっと外で堂々とやってほしいの』
精霊は恍惚とした表情で遠い昔を思い出し、頬を染めて話し続けている。ユナは目眩を覚えながらも、震える声で精霊に問い返した。
「……そ、そんな盛大なものは今の時代、難しいと思います。それは、愛し合う男女なら誰でも構わないのですか?」
ユナが虚空に向かって「愛し合う男女」などと口にした瞬間、エルがびくんと肩を揺らした。
「ユナ……今、何て……?」
「静かにしてくれエル、今ユナさんは精霊と交渉中だ」
ヴィクトールが弟を制するが、その彼もまた、ユナの異様な赤ら顔を見て微かに眉を寄せている。
『誰でもいいわけじゃないの。普通の人たちだと、得られる力が少ないわ。昔は数で補えたけれど、今は私一本でしょう? そうね……満月の夜に、成人を迎えた男女が私の幹で致してくれたら最高だわ。それから、女性の方は「初物」がいいわね! それが一番効率よく、私を元気づけてくれるはずよ』
「わ、わかったわ……。伝える、努力はしてみるわ……」
ユナはもはや直視できなくなり、深いため息をつきながら皆の方へ振り向いた。
「ユナ、精霊は何と言ったんだ? 僕にできることなら、どんな過酷な試練でも、どんな儀式でも受ける覚悟はある!」
前のめりになるエル。リサはそんなエルを警戒しつつ、ユナの肩にそっと手を置いた。
「お嬢様、顔色がひどいです。もしや……何か、お嬢様の身を危険にさらすような代償を求められたのですか?」
ユナは、四人の真剣な、あるいは熱っぽい眼差しを浴びながら、頭を抱えた。
(「満月の夜に、初物の男女が聖樹の幹で致せ」だなんて……。しかもそれを、今ここで、このメンバーにどう説明しろっていうの!?)
ユナの視線の先には、自分への執着を隠さないヤンデレ王子と、冷徹な第一王子、そして若き天才教授。
状況は、聖樹の枯死よりもある意味で深刻な局面を迎えていた。
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