18 / 23
18
しおりを挟む
ユナは深呼吸をした。耳の先まで熱い。四人の視線が自分に突き刺さるのを感じる。特にエルの、今にも飛びかかってきそうなほど熱を帯びた瞳が恐ろしかった。
「……ユナさん、落ち着いて報告してくれたまえ。どんな無理難題でも、学術的・政治的観点から解決策を見出すのが私の仕事だ」
バルトロメウス教授が、努めて冷静に促す。ユナはその言葉に背中を押され、震える唇をなんとか開いた。
「……ええ。その、精霊様が仰るには……。聖樹様を元気づけるには、特別な『儀式』が必要だそうです。それも……その……『深い愛で結ばれた男女』が、この樹の根本で……非常に『情熱的』に、睦み合う姿を見せる必要がある……と」
ユナが絞り出した言葉に、その場の空気が凍りついた。沈黙を破ったのは、エルの歓喜に満ちた叫びだった。
「やっぱり! ユナ、それは僕たちのための儀式じゃないか! 聖樹も僕らの愛を認めて、祝福を求めているんだ!」
能天気なエルの声にユナは困惑してしまう。どうしたらそういう思考になるのか分からない。
「エル様! お嬢様にそんな破廉恥なことを……!」
リサが即座にナイフの柄に手をかけ、エルを射殺さんばかりに睨みつける。だが、ヴィクトールがそれを手で制した。
「リサ、落ち着け。……教授、王家の古文書にそのような記述はあったかな?」
「……記録には『聖なる交わりにより、地は芽吹き、樹は歌う』という一節があった。しかし、まさか比喩ではなく物理的な行為を指していたとはねぇ。……だがユナさん、他の聖樹が息絶え、この一本だけが生き残っているのには、何か特別な訳があるのかい?」
教授の分析に、ユナは心の中で(余計な深掘りをしないで!)と叫ぶ。
しかし、教授の言葉がなくても伝えなければならないだろう。精霊の視線も痛く突き刺さってくる。
「……まだ、続きがあります。精霊様曰く、最も効率が良いのは……満月の夜、成人したばかりの男女で……その、女性の方は……『初めて』である必要があるそうです」
ユナが最後の一片を告げると、エルの瞳に宿る「檻」の色が、かつてないほど濃くなった。
「初めて……。ユナ、君の初めてを、国家を救うという大義名分のもと、僕が……この手で……」
エルの吐息が荒くなる。彼は今にも聖樹の前で服を脱ぎ捨てんばかりの勢いだ。
こうなってしまったエルはもはや思考回路迷路である。
「エル、下がりなさい。気味が悪いよ」
ヴィクトールが冷たく突き放す。彼は顎に手を当て、冷徹な思考を巡らせていた。
「……満月の夜、成人したばかりの男女。ここは学園だ。ちょうど卒業の頃に皆成人するし、羽目を外して満月の夜に森の中で初めて交わる男女もいるだろう。それでこの樹だけ辛うじて生き残ったということか。……頷けるな」
「兄上……! 認めてくれる?」
「国を救うためだ。……だが、ユナに拒絶されるようでは、聖樹も満足しまい」
ヴィクトールの視線が、震えるユナに向けられた。彼の瞳の奥には、エルとは違う「品定め」の光が宿っている。
「……待ってください! 私はまだ、そんな、誰かとどうこうなんて決めてません! それに、精霊様は『愛し合う男女』と言いました。私でなくても……」
ユナが言い切る前に、エルがその場に膝をつき、ユナの手を恭しく取った。
「ユナ、時間はまだある。卒業までに、僕が君をその気にさせてみせる。君の心も、体も、すべてが僕を求めるように……。これは王命であり、聖樹の願いであり、僕の魂の渇望なんだ」
(なんでそうなるの? そもそも精霊様が私を名指ししたなんて、一言も言ってないのに。勝手に私を生贄にしようとするのはやめてよ!)
ユナの心の叫びは、自分に都合よく解釈を始めた男たちの熱狂にかき消されていく。
すると、その様子を見ていた精霊が、ユナの耳元でクスクスと笑った。
『いいわね、あの金髪の子。やる気満々じゃない。ねえ、練習がてら今から少し見せてくれない?』
(見せません!!)
ユナは絶望的な気持ちで、青白く光る地底湖を見つめるのだった。
「……ユナさん、落ち着いて報告してくれたまえ。どんな無理難題でも、学術的・政治的観点から解決策を見出すのが私の仕事だ」
バルトロメウス教授が、努めて冷静に促す。ユナはその言葉に背中を押され、震える唇をなんとか開いた。
「……ええ。その、精霊様が仰るには……。聖樹様を元気づけるには、特別な『儀式』が必要だそうです。それも……その……『深い愛で結ばれた男女』が、この樹の根本で……非常に『情熱的』に、睦み合う姿を見せる必要がある……と」
ユナが絞り出した言葉に、その場の空気が凍りついた。沈黙を破ったのは、エルの歓喜に満ちた叫びだった。
「やっぱり! ユナ、それは僕たちのための儀式じゃないか! 聖樹も僕らの愛を認めて、祝福を求めているんだ!」
能天気なエルの声にユナは困惑してしまう。どうしたらそういう思考になるのか分からない。
「エル様! お嬢様にそんな破廉恥なことを……!」
リサが即座にナイフの柄に手をかけ、エルを射殺さんばかりに睨みつける。だが、ヴィクトールがそれを手で制した。
「リサ、落ち着け。……教授、王家の古文書にそのような記述はあったかな?」
「……記録には『聖なる交わりにより、地は芽吹き、樹は歌う』という一節があった。しかし、まさか比喩ではなく物理的な行為を指していたとはねぇ。……だがユナさん、他の聖樹が息絶え、この一本だけが生き残っているのには、何か特別な訳があるのかい?」
教授の分析に、ユナは心の中で(余計な深掘りをしないで!)と叫ぶ。
しかし、教授の言葉がなくても伝えなければならないだろう。精霊の視線も痛く突き刺さってくる。
「……まだ、続きがあります。精霊様曰く、最も効率が良いのは……満月の夜、成人したばかりの男女で……その、女性の方は……『初めて』である必要があるそうです」
ユナが最後の一片を告げると、エルの瞳に宿る「檻」の色が、かつてないほど濃くなった。
「初めて……。ユナ、君の初めてを、国家を救うという大義名分のもと、僕が……この手で……」
エルの吐息が荒くなる。彼は今にも聖樹の前で服を脱ぎ捨てんばかりの勢いだ。
こうなってしまったエルはもはや思考回路迷路である。
「エル、下がりなさい。気味が悪いよ」
ヴィクトールが冷たく突き放す。彼は顎に手を当て、冷徹な思考を巡らせていた。
「……満月の夜、成人したばかりの男女。ここは学園だ。ちょうど卒業の頃に皆成人するし、羽目を外して満月の夜に森の中で初めて交わる男女もいるだろう。それでこの樹だけ辛うじて生き残ったということか。……頷けるな」
「兄上……! 認めてくれる?」
「国を救うためだ。……だが、ユナに拒絶されるようでは、聖樹も満足しまい」
ヴィクトールの視線が、震えるユナに向けられた。彼の瞳の奥には、エルとは違う「品定め」の光が宿っている。
「……待ってください! 私はまだ、そんな、誰かとどうこうなんて決めてません! それに、精霊様は『愛し合う男女』と言いました。私でなくても……」
ユナが言い切る前に、エルがその場に膝をつき、ユナの手を恭しく取った。
「ユナ、時間はまだある。卒業までに、僕が君をその気にさせてみせる。君の心も、体も、すべてが僕を求めるように……。これは王命であり、聖樹の願いであり、僕の魂の渇望なんだ」
(なんでそうなるの? そもそも精霊様が私を名指ししたなんて、一言も言ってないのに。勝手に私を生贄にしようとするのはやめてよ!)
ユナの心の叫びは、自分に都合よく解釈を始めた男たちの熱狂にかき消されていく。
すると、その様子を見ていた精霊が、ユナの耳元でクスクスと笑った。
『いいわね、あの金髪の子。やる気満々じゃない。ねえ、練習がてら今から少し見せてくれない?』
(見せません!!)
ユナは絶望的な気持ちで、青白く光る地底湖を見つめるのだった。
10
あなたにおすすめの小説
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。
三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。
新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。
ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる!
実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。
新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。
しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。
ややヤンデレな心の声!?
それでも――――。
七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。
『俺、失恋で、死んじゃうな……』
自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。
傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される?
【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』
碧眼の小鳥は騎士団長に愛される
狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。
社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。
しかし、そこで会ったのは…?
全編甘々を目指してます。
この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる