五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第244話:聖域の母たち、そして日々の輝き

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 アキオの町に、冬の終わりを告げる柔らかな春の陽光が降り注ぐ、ある穏やかな一日。町は、新しい仲間たちを迎え入れるための喧騒が一段落し、未来を築くための、力強くも安定した日常のリズムを刻み始めていた。それは、この聖域を内側から支える、アキオの妻たちの、それぞれの「戦い」と「慈愛」に満ちた一日でもあった。

 夜明け前、まだ東の空が白み始めたばかりの中央館の大厨房は、既に温かい湯気と、活気に満ちていた。
「今日の粥は、新しく来た方々や子供たちも食べやすいように、いつもより少し長めに火を入れてくださいな」「こちらのパン生地、もう少し捏ねが足りませんわ。こう、手のひらの付け根で、体重を乗せるように…」「凛様からいただいた在庫表によりますと、乾燥豆の消費が少し早いようです。明日からは、芋の割合を少し増やしましょう」
 その中心で、凛とした、しかしどこまでも優しい声で指示を飛ばしているのは、第一夫人であるアヤネだった。彼女は、この数百人規模の大共同体の胃袋を預かる、若き宰相だ。その差配は見事なもので、膨大な量の食材が、彼女の指揮のもと、町の女性たちの手によって、次々と栄養満点の温かい食事へと変わっていく。彼女は、味見用の小さな匙を手に、大鍋のスープの味を確かめると、満足げに頷いた。この味が、今日も、アキオ様と、この町の皆の力になる。その事実が、彼女を何よりも満たしていた。

 朝食の喧騒が落ち着く頃、シルヴィアは、薬師見習いとして目覚ましい成長を遂げたミコと共に、町の診療所にいた。そこには、新しい環境にまだ慣れないのか、少し顔色の悪い新住民の子供たちが、母親に連れられて数人訪れていた。
「あらあら、少し熱がありますわね。ですが、心配はいりませんよ」
 シルヴィアは、泣き出しそうな子供の前に屈むと、その額にそっと手を当てた。ハイエルフとして覚醒した彼女の鋭敏な感覚は、体温や脈拍だけでなく、その子の魂が発する微かな不安や恐れまでも感じ取ることができる。
「ミコ、この子の咳は、ただの風邪ではありません。心の強張りが、喉に表れているのです。この『安らぎの根』と、『陽光の花弁』を…この比率で調合しなさい。身体だけでなく、魂を温めるのです」
「はい、シルヴィア師匠!」
 ミコは、師の言葉を真剣な眼差しで受け止め、手際よく薬草の調合を始める。シルヴィアは、その成長した弟子の姿に目を細めながら、母親に優しく語りかけた。「この聖域の水と、光、そしてアヤネさんの作る栄養のある食事を摂っていれば、この子はすぐに元気になりますわ。何も、ご心配なさらずに」その、森羅万象の理に通じる賢者のような、しかしどこまでも慈愛に満ちた言葉は、母親の不安を、春の陽光のように優しく溶かしていくのだった。

 昼下がり、町の外れにある広場は、子供たちの元気な歓声と、不思議な、しかし心地よい獣の鳴き声で満ち溢れていた。
「いいか、お前ら! この足跡はウサギだ! こっちの、二つに割れてるのが鹿! この二つを見分けられりゃ、森で腹を空かすことはねえぞ!」
 その中心にいたのは、神狼の血を引くキナと、彼女を母のように慕う三体の聖獣たちだった。キナは、町の子供たち全員の「ボス」として、彼らに森で生きるための知恵を、遊びの形で教えていた。
「そら、やってみせな!」
 キナが鋭く口笛を吹くと、聖獣の一匹が、地面の匂いを丹念に嗅ぎ、やがて茂みの奥に隠された木の実を見つけ出して、得意げに吠える。子供たちから、わっと歓声が上がった。
「すっげー!」「キナ姉ちゃん、あたしもやってみたい!」
「へへっ、いい心構えだ! 森を恐れるな、だが、敬意を払うことを忘れるな。そうすりゃ、森はいつだってお前たちの味方だ!」
 キナは、聖獣の頑丈な背中に一番小さな子を乗せてやりながら、快活に笑った。その姿は、猛々しい狩人であると同時に、全ての命を育む、この聖域の「大地の母」そのもの。彼女の周りには、常に生命の喜びと、力強いエネルギーが満ち溢れていた。

 そして、陽が西に傾き始める頃。生命樹の麓にある、光妃アウロラの庭園は、この世のものとは思えぬほどの、静謐と神聖な気に包まれていた。
 アウロラは、その中心で静かに瞑想している。その膝の上では、双子の御子アキラとアケミが、すやすやと眠っていた。彼らは、眠っている時でさえ、その小さな身体から、穏やかなオーロラ色の光を放っている。アウロラは、ただそこにいるだけで、その存在そのものが、この聖域全体の霊的なバランスを調和させ、浄化しているのだ。彼女の意識は、生命樹を通じて、遠く再生が始まったばかりの廃墟の聖域や、ヴァルト子爵領に芽吹いた若木とも繋がり、森全体の生命の流れを感じ取っている。彼女は、この世界の、そしてアキオの家族の、精神的な守護者であり、未来を照らす光そのものだった。

 夕刻。一日のそれぞれの役割を終えたシルヴィア、アウロラ、アヤネ、キナの四人が、自然と「生命樹の若葉園」の庭に集まってきた。彼女たちは、それぞれの我が子をあやしながら、その日の出来事や、子供たちのささやかな成長について語り合う。
「まあ、アサヒちゃんたら、もう泥だらけになって…カイ兄様を見習っているのかしら」
「うちのそらは、もう聖獣の背中から降りたがらないんだぜ! 全く、誰に似たんだか!」
「フォリアは、最近、ミコが調合する薬草の匂いに、じっと耳を澄ますことが多くなりましたわ」
「アキラとアケミは、どうやら夢の中でもお話しているようです…時々、お互いの額が、淡く光るのです」
 その会話は、どこにでもある、母親たちの、愛情に満ちた何気ない日常。

 仕事を終えたアキオが、その光景を遠くから見つめていた。
 そこには、種族も、立場も、性格も違う、しかし皆が「母親」として、そして「アキオの妻」として、一つの大きな愛で結ばれている、彼が創り上げたかった聖域の、最も美しい日常が広がっていた。アキオは、その温かい光景に、胸の奥から込み上げてくるものを感じながら、ただ静かに、そして満足げに微笑むのだった。
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